【お題】釣り

のぞみと希の航海日誌《Ship's log》 (現代ファンタジー、作者:finfen.)


「あー。いーい天気だねー。」

「にゃー。」


 ぼくの名前はマレシ。


 一見

 何の変哲もない白猫だけれど

 こう見えて、齢450歳を超えるネコマタだ。


 ほら。

 しっぽの先っちょが、何気なくふたつに割れてるでしょ?

 化け猫の証だ。

 ちゃんと大妖怪なんだよー。

 この辺じゃぁ、海の守り神として、崇められてもいるんだ。


 っていうか

 なんとなーく長生きしてたら知らない間に妖怪になっちゃっただけなので、あまりその自覚はないんだけどね。


 人間の世界では遥か室町時代あたりから、ぼくはいろんな場所を転々としながら、放浪の旅をしてきた。


 ひとっところに落ち着くのが嫌いなんだよ。

 だいたい人間なんて汚いヤツばっかだし。

 いちいち信じてたらバカを見るだけ。

 永い年月で痛いほどに学んだよ。


 とにかく僕は、どこに落ち着くことも、誰に心を預けるわけでもなく、あちこちを旅してずーっと探してるんだよね。


 何をって?

 ご主人様をだよ。

 ぼくはご主人様との約束をずーっとずーっと守りつづけてるんだ。


 彼女が遺した、最後の約束を。


 あぁそうだね。とにかくこの子だ。

 そんな中、彼女に出逢った。


 名前はのぞみ。

 いわゆるホームレスみたいだね。


 歳は20歳。両親は16の時に他界しているらしい。

 親戚も身寄りもなく、天涯孤独。

 それからは何もかもを捨てて、釣竿とバックパックひとつ背負って、身体ひとつで生きてきたそうな。


 なんでそんなに詳しいのかって?

 彼女が道すがら延々とぼくに話してたからだよ。


 まったくおかしな娘なんだ。

 見ず知らずの行きずり猫に、あれやこれや身の上を語って聞かせる。

 それも、けっこうハードな内容なんだよ?

 それを、にこにこと嬉しそうに。


 …ほんとに嬉しいのかな? 頭ちょっとおかしいのかな?

 出逢った時も、目が合ったとたん満面の笑顔で強引にぎゅぅぅって抱きしめられて、そのまま拉致されちゃったし。


 なんせぼくは、こののほほんとした空気感にすっかりやられてしまって、あれ以来ずっと、なし崩し的に同行を強いられている。

 もう1ヶ月になるなぁ。

 向かってる方向が一緒なのもあって、なーんか離れられずにいる。


 今は、尾道。

 僕の故郷の島までもう少し。

 ご主人様との想い出がいっぱいつまった場所。

 それをこの不思議な雰囲気を持った美少女と一緒に旅してる。


 似てる…のかな? 雰囲気が。

 なんだか隣にいて構えることは一切ないよね。

 顔も瞳の色もぜんぜん違うんだけどなぁ。綺麗だけど。


「なぁにー? 私の顔ジロジロ見ちゃって。…なんかついてるー?」


 ごしごしと手で顔を拭く彼女。

 あぁぁ。その手が汚いんだってば。薄汚れた顔が余計に黒くなっちゃった。

 もったいない。せっかくそんなに綺麗なのに。


「にゃぁにゃ!(顔を洗いなよ)」

「えー。お風呂は今夜入るもん。めんどくさーい。」


 ………いつも思ってたけど、猫語分かってんのかな…?


 ぼくは当然、人間語は理解してるし、実は話せたりする。

 なんだったら英語と呼ばれる外国語もしゃべれるんだ。

 しゃべったら当然のように驚かれるし、大変な騒ぎになるので絶対にしゃべったりはしないけどね。

 でも、驚いたことに

 彼女はいつも、ぼくの言葉にちゃんとした返事をするんだよ。

 今度一回ちゃんと聞いてみよう。


「お腹すいたねー。私、サンマ食べたい!」

「にゃにゃにゃにゃぁ?(瀬戸内じゃぁ釣れないからね?)」

「ふーんだ。はい。ヒットー♪」

「にゃにゃぁ?!(嘘でしょ?!)」  

「アジでしたー。丸アジー。」

「にゃにゃぁ。(よかった。)」

「次こそサンマだー。お腹すいたー!えいっ!」


 いや。どんだけ遠投しようとムリだよ。

 フカセ仕掛けは合ってるとは思うけどさ。たぶん。


 ───────────!!


 突然遠くのほうから爆発音が響いた。

 海の向こうのほう。

 ぼくらの居る漁業組合前の漁港も、にわかに騒がしくなってきた。


「事故だってよ‼」

「石油運搬船と旅客船の衝突だ!」

「全漁連は出せる船を全部回せ‼」

「早く乗員乗客を非難させろ!引火する前に急げ‼」


 漁業組合の人たちが、バタバタと走り回る。

 しかし、みんな夜中のうちに漁に出てしまっているので、残っている漁船は少なく、ここからはものの数隻が出れたくらいだった。


「伯方と三原の海上保安庁もスクランブルかけてるらしいけど、消火船が足りないらしい。タンクに引火したらどうしようもないな。」


 この辺りの島を繋いでいる旅客船なら、乗客乗員合わせて100人くらいだろうか。まぁ、車も合わせれば150人くらいは居るだろう。

 ほんと、引火してないのなら急がないと。


「にゃぁぁ?(大変そうだね?)」


 のぞみに振り返って話しかけると、彼女は黙って爆発音のしたほうをじっと見ていた。

 ん?

 瞳の色が…?

 彼女の黒かった瞳の色が、紅く変わった?!えっ?!


「マレシ?行くよ。」

「えっ?!行くよって?!」


 思わず普通にしゃべってしまった。

 けど、なんで? なんでぼくの名前を?


 困惑してドロドロで、もぅ思わず二本足で立ってわたわたと焦ってるぼくにのぞみは、その強い意思の宿った紅い瞳で微笑んで、もう一度言った。


「行くよ?マレシ。 あなたも渡れるんでしょ? ついて来なさい。積もった話はあとにしましょう。」

「えっ?!はっ はいっ!」


 なんだかDNAレベルで彼女の声には逆らえず、思わず返事をしてしまった。

 そして彼女は海に向かうと、思いきり息を吸い込んで叫んだ。


「海に住まう海の子供たちよ! 私は日本唯一の海賊にして、世界最大最強の村上水軍の最後の長、希子きこ! 村上希子の名において命じます! 私と私の従者、マレシを彼の地へと運びなさい!」


 希子?! ご主人様?!

 ほんとに?!


 驚いて見上げる彼女の瞳は、確かに希子の瞳の色。少し異国の血が混じった紅く美しい色。

 有無を言わさないような、強い意思のかたまり。それがぼくのご主人様、村上水軍最後の頭領。村上希子だ。

 間違いない。目の前に居るのは、正真正銘の希子だ。

 ぼくが、450年もの間待ち続けた、最愛のひと。


 涙で目が霞む。

 今すぐその豊かな胸に飛び込みたい。

 思いきり助走をつけて、彼女に飛び込む。


 ─じゃっぱーん!


 希子に避けられたぼくは、派手な音を立てて海に落ちた。


「ぷはっ!なんで避けるんだよ?!感動の再会なんだよ?450年ぶりなんだよ?!」


 ネコかきをしながら希子に文句を言うと、彼女は高らかに笑って言った。


「なーにしてんのマレシ? 話は後だって言ったじゃない。ほら迎えが来たから行くわよ?早く上がりなさい。」

「……ドSなところはちっとも変わってないんだね。懐かしいよ。」


 仕方なく海面からジャンプで彼女の肩に飛び乗る。


「それで?これからどうするの?」


 希子の耳元に聞くと、彼女はぼくを乗せたまま、海へ飛び降りた。


「わわっ!何っ?!えっ?海面に立ってる?!いっ イルカの背中っ?!」


 慌てるぼくの頭を撫でて、イルカの背中に立った彼女は笑って、強い瞳で言った。


「ふふふ。海が私を傷つけるわけがないじゃないの。みんな助けるよ。 海も絶対に汚させない。私の海で哀しい涙は流させない。」


 有無を言わさないその口調。絶対的な安心感。

 ぼくは嬉しくなって叫んだ。


「いいよ希子!思う存分にやっちゃえ‼」


 そしてぼくたちはイルカの大群と共に、現場へと向かった。


 ***


 現場は酷い有り様だった。

 旅客船の真横に小型の石油運搬船が突き刺さっている。

 この辺は島の間も狭く、海流も川よりも速いため、突き刺さったままどんどん流されてしまっている。

 小さな爆発音も聞こえる。石油に引火するのも時間の問題だろう。

 まだ海保も、他の漁船たちも来ていない。


「助けて!誰か。お父さんがっ!お母さんがっ!」


 二階客室から女の子が泣きながら海に向かって叫んでる。

 希子がすぐに反応して、イルカの背を飛ぶように走り、客船に飛び乗る。


「どうしたの?お父さんお母さんが落ちたんだね?」


 泣きながら何度もうなずく女の子の前にぼくをおろして、希子は海に向かって叫んだ。


「さぁ海の子供たち!この付近に流されている人間を残らず助けなさい!生きていても死んでいてもよ?急げ!!」


 希子の声にイルカたちが一斉に散らばった。

 それを見届けてから、希子は女の子に向かって微笑んで言った。


「もう大丈夫だからね。そのネコさんと、安全な場所で待っていて?お姉ちゃんとネコさんがみんな助けるよ。わかった?」

「…うん。ありがとうお姉ちゃん。お願いします。」


 女の子が深々とお辞儀して言ったのを見て、希子がくしゃくしゃっと女の子の頭を撫でた。


「いいのお礼は。マレシ?女の子を下のカーゲートまで下ろしたら、船内に残ったみんなをそこに誘導しなさい。急ぐよ!」


 弾かれたように走り出す希子。

 ぼくも急いで女の子に声をかけて誘導する。


「こっちだよ!ついておいで!」


 女の子は驚きはしたものの、黙ってついてきてくれた。


 ***


「希子!間違いない。乗員乗客これでぜんぶだ!」

「ありがとう!こっちも集めたわ!」


 石油運搬船のほうで乗員を甲板へ誘導していた希子が、甲板から叫んで、こちらに飛んできた。


「でも、生きてる救命ボートは四隻だよ?みんな乗れない。どうするの?」


 ボートの定員は20名。ギリギリ乗っても30名が限度だろう。

 あとの30人ほどが乗れない。でも急がないと引火してしまう。


 希子を見上げると、笑っていた。

 すごく綺麗な、ぼくの大好きだった太陽のような笑顔。

 ぼくは大きく嘆息をして言った。


「君が笑ってるなら、ぼくたちは絶対に勝てるんだ。そうだったよね?」

「ふふふ。私たちは負けないよ?だって、世界最強の海賊なんだから。」


 そう言って希子は、また海に向かって叫んだ。


「海の子供たちよ! 私たちを陸地へと運んで!お願い!」


 その声に呼応して、海面がみるみる盛り上がり、茶色の陸地が出来上がる。

 よく見るとアカエイの群れだ。

 アカエイたちが身を寄せあって、海面に巨大な陸地を作っている。

 乗員乗客たちが驚いている。ムリもない。こんなのムチャクチャだ。

 だけど、希子らしい。


 ぼくは込み上げてくる笑いを隠せずに、クスクス笑いながら、乗員乗客たちを誘導してアカエイの陸地に乗せる。


 まだ不安そうにしている女の子と乗員乗客たちに、今回のこの、希子がしたムチャクチャな救出劇の補足の意味で、説明した。


「えーと。ぼくの名前はマレシ。この辺りでは、白神(髪)《しらがみ》さまって言われて祀られてる、化け猫だよ。怪我人はいるみたいだけど、みんな無事でよかったよ。そんで、とりあえず、ここで起きた事は、絶対に公にはしないで欲しいんだ。じゃないと、ぼくたちが生きていけないからね? 君たちは無事に助けるよ。だけど、絶対に言わないで。わかった?」


 乗員乗客たちにざわめきが走った。

 が、さっきの女の子がぼくの前に来て、大きな声で言った。


「わかったよ猫さん。猫さんとお姉ちゃんの事は絶対に内緒にする。お父さんとお母さんを助けてくれたんだもの。約束するね!」


 乗員乗客たちから大きな拍手が起こり、みんな口々に約束するって言ってくれた。


 希子がぼくにウィンクをした。


 ***


 結局

 乗員乗客を無事に近くの島へ届け、ぼくたちはまた尾道の漁港へ。

 何事もなかったように、またこうしてウキを見つめている。


「マレシ? あなた、少し太ったんじゃない?」

「450年ぶりの再会の言葉がそれですか?! すっごいあちこち探して歩いたんですけどねっ!筋肉だよ!」


 希子は笑って竿を置いて、ぼくを抱き上げた。


「…こんな化け猫になってでも私を探してくれたんだものね。私の最後のいいつけを守って。必ずあなたに逢いに帰るから待っていてって、その言葉を守っていてくれたのね。辛かったでしょうね?淋しかったでしょうね?ごめんなさい。こんなに時間がかかってしまった。本当にありがとう。」


 もう、その言葉に涙が止まらなくなってしまった。


 逢いたかった。逢いたかった。逢いたかったんだよ希子。

 ただ、君に逢いたかっただけなんだよ。君に逢いたい。それだけでぼくは生きて来れたんだよ。こうしてまた君の胸の中に抱かれてる、それだけでぼくは何も要らない。世界でいちばん幸せな猫だよ。


 涙で言葉にならないけれど、彼女のやさしい手は、ちゃんとそれを分かって撫でてくれてる。

 胸の中で、あったかい希子の言葉を聞いていた。


「…のぞみは、不思議な子なの。すんなり前世の私を受け入れて、でも、自身を失わない。とても賢くて、強い子よ。これからもずっと助けてあげてね? 私も必要な時は、ちゃんと出てくるから。もう、どこにも行かないから。」


 ぼくは言葉なくうなずいて、彼女を見上げる。

 希子の紅い瞳がだんだんと薄れていき、しだいにのぞみの黒い瞳に変わる。

 

 そして、のぞみは言った。


「サンマ、食べたいね。」


 ぼくは笑って言った。


「あぁ。ぼくも食べたいな。任せるよ。」


 のぞみは立ち上がると、海に向かって叫んだ。


「サンマー! 脂の乗った美味しいとこー!」


 すると、海面に突然、無数のナブラが湧いた。


「よっしヒットー!山盛りサンマ食べさせてあげるわー!」


 ぼくは黙って、のぞみのバックパックから焼き網を取り出した。

 信じられないことに、今日は瀬戸内サンマの踊り食いらしい。


 そしてぼくはまた永い旅に出る。


 君の最後の時まで

 ぼくはまた一緒に居てあげる。

 君さえ居れば、ぼくは神にも負けはしない。


 だって

 ぼくらは世界最強の海賊なんだから。

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