粗品ですが

和泉眞弓

ヘアワックス

 20年続けた縮毛矯正を、思うところありやめてみた。


 縮毛矯正は癖毛縮れ毛持ちの救世主だ。髪に挿したアメピンが重力にしたがって床に落ちる、風に髪が束単位でなく一本二本単位でなびく。

 ひとたび癖毛持ちがその感動を知ってしまえば、たとえ一回三万かかろうと、おいそれとやめられるものではない。

 縮毛矯正のはしりは、覚えているかぎりではMr.ハビットという名称だった。三万円ぐらいしただろうか。今は随分と廉価になった。それでも相場は一万円ぐらいだろう。


 季節のかわりめごと、3〜4ヶ月に1回は縮毛矯正をかけていた。


 こう書くと、知らない人は美容意識が高いように見えるかもしれない。

 断じて違う。

 美容意識が高い女性は毎朝のヘアアレンジやセットが、歯磨き洗面の流れで組み込まれている。縮毛矯正はブラシで梳かすぐらいで良い。同じストレートで飽きるしアレンジもできないが、もとよりそういう手間をかけないですむように縮毛矯正をするのだ。少なくともわたしはズボラなので、季節ごとに縮毛矯正を欠かさずかけてきた。


 やめたのは、やめてみたかったからだ。

 こう書くと身もふたもないが、20年続けた縮毛矯正をやめるというのは、人生初の経験になる。


 あたりまえだが、縮毛矯正をやめた結果、癖毛が立ち上がり、育ち、今はうねりの真っ只中にいる。状態としては直線の矯正部分がまだ残り真ん中にうねりがある、という、飲み口を直立させてN字状になっている曲がるストローのようである。なにごとにつけ、ものごとの中途というのはかっこ悪い。


 化粧室は、女性の顔が横並びに鏡に映る。

 弊をおそれずに言えば、貴重な比較対照の機会である。断っておくけれど、優越感を味わったり前向きな対抗意識を燃やすために比較対照するのではない。相対化して、自分を思い知り、ズボラに流れ過ぎないための比較対照である。


 化粧室で、あることに気づいた。


 他の綺麗な女性にくらべて、アホ毛が立ちすぎている。

 明らかに、みすぼらしく見え、垢抜けない。


 アホ毛とは?という方のために説明すると、ある程度以上髪の長さがある人に生じる現象である。一般に、髪と空気との境界をなす曲線から、1本単位で短めの髪がぴょんぴょんと飛び出していることを言う。


 やめてみなければわからなかったことだ。

 縮毛矯正していた頃は、たぶんアホ毛はそれほど立たなかったのだ。


 相対化して自分のアホ毛にすっかりショックを受けたわたしは、応急処置として手持ちのヘアワックスでおさえてみることにした。

 癖毛を生かす髪型をめざし始めた頃に、仄かなあこがれと期待からヘアワックスを買ったのだが、商品に貼ってある外国人女性のステッカー写真のような毛束感がどうしても出せなかった。アラフォーにしてヘアワックスを使いはじめたから、技量が未熟なのだろう、と、買ったまま放置していた。


 毛束をつくるためではなく、ただアホ毛をおさえるために、ヘアワックスを使ってみた。


 あら。

 毛束にはならないけど、きれいにもならないけど。そもそものベースとして、「まともになった」。


 ヘアワックスは毛束感を出す用途で使うものだと思っていたが、もっと前段階の目的でも使うものだったようだ。畑作で言えば鍬を刈り取りに使うことを考える前に、まず土起こしに使うようなものだ。この例えもどうかと思うけれど。

 あたりまえ過ぎて、広告にあらわしていないだけだったのだろう。アホ毛が立たないとわざわざ書くのは、ファンデーションの広告にまず顔の産毛を剃りましょう、と書くようなことなのかもしれない。


 はてさて、女のお洒落には、自明の理が多すぎる。


 ちなみに20年間の縮毛矯正代を計算してみた。

 1千万円は超えないけれど、近い数字になりそうだ。

 われながら、涙ぐましい。

 朝に楽をした対価だから、何も残っていない。直毛に生まれていたら、10年早く家を買えたのかも。

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