美樹二十歳、返り討ち
「もしも~し、そこの首謀者さん。自分がしでかした事の意味、本当に分かっているのかな?」
微妙に間延びした声で呼びかけた美久に、男達の視線が一斉に集まったと同時に、会場中に配置されていた公社の人間達の視線が、和真達に集まった。
「あぁ? うるせぇぞ! ガキはすっこんでろ!」
「そう言われてもね……。人質に知り合いが何人も取られているし、口を挟まない訳にはいかないんだよ。まあ正直に言えば、そこの僕のフィアンセは、どうでも良いんだけど」
「ちょっと美久! どうでも良いってどういう事よ!?」
「おい! 暴れるな!」
「麗! おとなしくしていなさい!」
彼のすぐ近くで人質の一人となっていた麗が、それを聞いて男の腕の中でもがいた為、そこの一角が緊迫した空気に包まれる。その隙に和真と美樹は目線とさり気ないしぐさで、七人の暴漢達に対応する社員達の分担を決め、彼らは周囲に気取られないように移動を開始した。
「あんたが人質にしている真論は、僕の姪だからね。一応、忠告しておこうと思ったんだ」
「あ? じゃあお前は、あの女の兄弟か?」
「そう。当然その真論は姉の娘に当たるから、十代前半で叔父さんになった時、なかなか微妙な心境だったよ」
「何を当たり前の事を言ってやがる」
肩を竦めながら美久がさり気なく会場を確認すると、一人の暴漢に対して二人、もしくは三人の社員が配置されつつあるのを見て取った為、最後通牒を口にしてみる。
「だから、その子は“姉と加積さんの娘”なんだけど」
「そんな事は分かってる! だから人質にしたんだろうが」
「つまり、“桜査警公社社長夫妻の娘”って事なんだけど」
「しつこいぞ、貴様! それがどうした!?」
相変わらず喚き立てる相手に心底うんざりしたように溜め息を吐いた所で、さり気なく義兄に視線を向けると、準備完了を示す目配せを送ってきた為、美久は仕上げにかかった。
「これだけ言っても、やっぱり理解できなかったか……。やっぱり、残念な頭しか持っていなかったね。まあ、こんな馬鹿な事をやらかす位だから、予想はしていたけど」
「何だと!? このクソガキ!」
「じゃあ真論ちゃん。久しぶりに、叔父さんとじゃんけんしようか」
「うん、じゃんけんするー!」
「はぁ? じゃんけん? お前達、何を言ってる?」
戸惑う男達を完全に無視し、美久は笑顔で真論に呼びかけた。すると抱えられたままの彼女は、自由な両腕を振りながら嬉々として応じる。
「じゃあ、いくよ? せぇ~のっ! さ~いしょ~は、グーッ!」
「グーッ!」
そこで美久が音頭を取って、右手をグーの形で突き出して見せると、真論も勢い良く両手を拳の状態で身体の前に突き出した。その時、美樹が周囲に分からないように、右足のハイヒールを脱いで転がす。
「あ~いこ~で、チョキー!」
「チョキー!」
次に美久がチョキの手を出すと、真論は左腕を前に突き出したまま左手をチョキの形にしたが、何故か右手は左手首に付けてあるブレスレットの、レースの花の根元に差し込んだ。そしてそこに隠してある円盤状の機器の、両側に小さく突き出ている突起を、親指と人差し指で挟み込む。
そこで美樹が左足のハイヒールも脱ぐと、美久が最後の指示を出した。
「さ~いご~は、パーッ!」
「パーッ!」
そして美久が右手を広げて天井に向かって突き出すと、真論も同様に両手を広げて万歳の体勢になった。すると彼女の左手に付けられていたレースの花が、懐中時計の蓋が開くように外れ、その下から現れた円盤状の機器が閃光を放つ。
「う、うわあぁぁっ!」
顔の至近距離でそんな光を受けた男はたまらずに悲鳴を上げ、反射的に顔を覆おうとして真論から手を離した。結果、床に落ちた真論だが、膝を上手く使って音も無く着地すると同時に、そのままころころと前転して一番近くのテーブルの下に転がり込む。
床の近くまでテーブルクロスが掛けられた円形のテーブルで、真論の姿が隠れた所までを見届けた和真は、即座に開場中の部下に対して指示を出した。
「全員、速やかに確保!!」
そしてその号令よりも早く駆け出し、一気に男達と距離を詰めていた美樹は、二カラットのダイヤの指輪を填めた右手の拳を、渾身の力を込めて真論を拘束していた男の顎に叩き込んだ。
「はあぁぁぁっ!」
「ぐげぇあっ!」
「お前も覚悟しろ!」
「え? うわっ!?」
一点集中の攻撃に、男はたまらずに無様に転がり、相方の男も隙を突いて襲撃してきた社員達に拘束される。
「このっ! 汚い手を、ぐわっ!」
「とりゃあぁっ! 誰か! 拘束具!」
「こちらを!」
「サンキュ!」
「真論、そのまま隠れていろ!」
美樹が何とか起きあがろうとした男を膝蹴りで蹴り転がし、後ろ手に捻り上げて手早く縛り上げたところで、早くも会場内の形勢は呆気なく逆転していた。
「麗、目を開けるな!」
「え? あ、はい!」
美久も、真論が男の手から離れると同時に、すぐ側のテーブルにあったフォークを掴み、背後を振り返りながら勢い良くそれを放った。叫ばれた麗が反射的に応じて目を閉じると、一直線に飛来したそれが、彼女を拘束していた男の眉間を直撃する。
「ぐあっ!」
さすがに刺さりはしなかったものの、その痛みに呻いた男が腕を緩めた隙に、すぐ近くに近寄っていた美久の指導役でもある寺田が彼に襲いかかり、麗を彼の腕から奪い取った。
「どけ!」
「ぐほぁっ!」
「人質確保!」
「よし!」
その間に距離をつめた美久は、その男に掴みかかって投げ飛ばした。
「ぐはあぁっ!」
「無駄な抵抗は止めろ!」
そして床に転がったその男の背中に馬乗りになった美久は、器用に片手で自分のネクタイを外すと、男の両手首をそれで手早く縛り上げる。
「手際良いなぁ、美久」
この間、真っ青になって事態の推移を見守っていた和典達に麗を引き渡してから、近付いてきた寺田が呆れ気味に上から声をかけると、一仕事終えた美久は苦笑しながら立ち上がった。
「師匠の指導の賜物です。それに公社のバイトは報酬が良い上、荒事関係で場数を踏ませて貰っていますし」
それを聞いた寺田は、軽く目を見開いた。
「おいおい、お前のバイト先は防犯警備部門じゃなくて、信用調査部門じゃなかったのか?」
「義兄に『実際に社会に出るまでに、色々な経験を踏んでおけ』と言われまして。グレーゾーンの案件に、何回も動員されています」
「本当に容赦ないよな、お前の姉夫婦……」
寺田が美久に同情の眼差しを送りながら、男を引き起こして和真達のところに引きずっていこうとしたところで、怒りで顔を赤くした麗が美久に食ってかかってきた。
「ちょっと美久! 私の事はどうでも良いって、どういう事よ!?」
しかしその抗議を受けた美久は、事も無げに言い返した。
「ああ、さっきの事か。あっさり捕まって人質になるなんて、間抜け過ぎる。これが母さんだったら賊なんか蹴り倒しているし、姉さんだったらそもそも襲いかかられるような隙は作らない」
「何ですって!?」
「全くその通りだな」
「本当に、美子ちゃんの娘だけあって、美樹ちゃんは逞しく育ったわね」
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん! 感心するところじゃないわよね!?」
麗は益々声を荒げたが、和典と照江は納得して頷いただけだった。
「仮にも代議士の妻になるつもりなら、自分の身ぐらい自分で守れるようになっておけ。護身術のインストラクターを付けてやるから」
「結構よ!! 誰があんたなんかと結婚するもんですか!!」
「あ、麗! ちょっと待ちなさい!」
憤然として麗が踵を返し、その後を照江が慌てて追いかける。それを見送った和典は、美久に向かって軽く頭を下げた。
「すまないね、美久君。まだまだ心構えがなっていなくて」
「気にしていませんから。それに気が強い位でないと、代議士の妻は務まりませんよ」
鷹揚に笑って頷いた美久を、和典は惚れ惚れと眺める。
「本当に頼もしいな。これからの倉田の家の事を、宜しく頼むよ」
「任せてください、大叔父さん」
差し出された手を握り返した美久は、将来の代議士の椅子を確固たるものとした。
一方で、七人全員を一カ所に纏め終えた和真は、他に同調する仲間がいないかを出席者を注意深く観察してから、その心配は無いと判断し、未だ隠れている娘に大声で呼びかけた。
「真論、もう出て来て良いぞ!」
「はーい!」
しかし真論が、当初拘束されていた場所からかなり離れたテーブルの下から現れた為、最初に潜り込んだテーブルの下に居るものと思い込んでいた和真や他の面々は、揃って面食らった。
「え? あれ?」
「何であんな離れた所から……」
「てっきり、近くのテーブルに隠れているものと思っていたが」
それは真論が自分の至近距離にいきなり現れた秀明も同様であり、驚きながら彼女に尋ねた。
「真論。お前、どうやってここまで来たんだ?」
「あのね? ピカーッのとき、ストン、コロコロってあのテーブルはいって、ドシャーンのとき、サササッとあのテーブルはいって、ドゴッバキッのとき、このテーブルにシュシュシュッてはいった!」
一つずつテーブルを指差しながら真論が笑顔で説明すると、秀明は一瞬呆気に取られてから、笑顔で彼女を誉める。
「……そうか。気配を消すのも上手になったな」
「うん! ひでのところ、あんしん!」
「よしよし、真論は本当に頭が良いな。ちゃんとじゃんけんも覚えていたしな。頑張ったご褒美に、抱っこしてやるぞ?」
「わ~い、ひで、だっこ~!」
その頃には会場内は平穏を取り戻していたが、暴漢達を集めた一角だけは、不穏な空気が漂っていた。
「さて、取り敢えず全員拘束してみたが、どうする? 警察に突き出すか?」
既に猿ぐつわまで噛まされて、床に転がされている男達を見下ろしながら和真が尋ねると、美樹は不満そうに言い返す。
「はぁ? 桜査警公社の社長就任パーティーで、馬鹿が暴れたって言うわけ? 警察に笑いのネタを提供するような物じゃない」
ある意味犬猿の仲である警察に、連中の処分を委ねるのは確かに不本意だった和真は、再度美樹に意見を求めた。
「でもまさかこのまま、無罪放免ってわけにもいかんだろうが」
「それはそうよね。他に示しがつかないし……。あ、そうだ。いい事を思い出した」
「おい、美樹。どうする気だ?」
そこで急に良い笑顔で頷いた美樹を見て、和真は激しく嫌な予感を覚えたが、彼女はそれを無視して大声を張り上げた。
「陸斗君! ちょっとこっちに来てくれるかな!」
「は~い! よしきお姉ちゃん、何かよう?」
「あ、おい、陸斗! ちょっと待て!」
彼女の呼びかけに陸斗が素直に応じて駆け寄って来たが、和真同様ろくでもない予感を覚えた寺島は、顔色を変えて慌てて息子を制止しようとした。しかしそれは、無駄な努力に終わった。
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