美樹四歳、子分と下僕の顔合わせ
美樹が和真に無茶ぶりをしてから、約三ヶ月後。事態が更に悪化した為、美樹は従妹弟二人を従えて、暫く面倒を見て貰う事になった加積と桜に向かって、深々と頭を下げた。
「かづみさん、さくらさん。あずみちゃんときよしくんといっしょに、しばらくおせわになります」
「あずみです。こんにちは」
「きよー!」
初対面の
「おう、淳志くん。久しぶりだな。しっかり立てるようになったか。すごいぞ」
「うん!」
「淳志くんに会えて嬉しいわ。安曇ちゃんも、自分のおうちだと思って、ゆっくりしていって頂戴ね?」
「はい、ありがとうです」
そこで美樹は、困り顔で再度頭を下げた。
「ほんとうにごめんなさい。よしえちゃん、きんさくでかけずりまわって、こーたおじさん、がいこくで、よしみちゃん、じこのまきぞえでにゅういん、あつしおじさん、さいばんでさかうらみで、しゅうげきされて、しばらくほてるぐらし。くらたのおおおじさんのとこ、せんきょでもーれついそがしいの」
それを聞いた桜達は、思わず顔を見合わせて溜め息を吐いた。
「本当に、悪い事は重なるものねぇ……。美子さんは難産でやっと退院できたけど、暫くは安静にしていないといけないし」
「一番下の妹さんも、大学に通いながら美子さんと赤ん坊の世話で手一杯だろうしな」
「へいじつ、おせわになるけど、どにち、パパやおじーちゃんいるから、かえるからね」
冷静に述べた美樹を宥めるように、加積と桜が声をかける。
「そんな事は言わずに、ずっとここにいらっしゃい」
「子供は遠慮するものじゃないぞ?」
「うん、ありがとう」
「それで美樹ちゃん。早速だが、和真が調査結果を持って、今日こちらに来る事になっているんだ」
それを聞いた美樹の目が、物騒にキラリと光った。
「あいつのこと、わかった?」
「詳しくは聞いていないが、色々分かったらしいぞ」
「そうなんだ。やっぱりかずまはしごとがはやいね。たのしみ」
そう言ってにこにこ笑った美樹に、安曇が不思議そうに声をかけた。
「よしきちゃん? なに?」
「ゴミをしょぶんするしゅだん、しらべてもらったの」
「ゴミ? しゅだん?」
益々首を傾げた従妹に、美樹は真面目に言い聞かせる。
「おとしあなをほって、つきおとすの」
「あな? どーん、って?」
「そう。あずみちゃん、おぼえておいて。よのなかには、そんざいするだけで、さんそをしょうひする、なまごみがいるの。そんざいじたいが、つみ」
「なまごみ……」
「それをポイすてするのは、よのためひとのため、えころじーよ」
「いらないの、ポイッ?」
「そう」
「うん」
少女二人が真顔でそんな会話をしているうちに、襖の向こうから声がかけられた。
「失礼します。和真様がお出でになりました」
「入れ」
すかさず加積が声をかけると、襖がスルリと開いて、和真が姿を現した。
「失礼します。例の件をご報告に」
「かずま、ごくろうさま! おつかれー!」
「おつかれー!」
「おつー!」
挨拶を遮って室内に響き渡ったかん高い声に、和真は一瞬固まった。
「……どうして子供が増殖しているんですか?」
そのもの凄く嫌そうな顔付きに噴き出しそうになりながら、桜が解説した。
「今、美子さんのすぐ下の妹さんと、美実さんの所が大変な事になっていてね。本当だったら美子さんが面倒を見るところなんだけど、美子さんもそれどころじゃないでしょう? だから暫くうちで、纏めて面倒を見る事になったのよ」
「そうですか……。全員、会長の血筋のお子さんですか……」
あからさまに(ろくでもないガキどもだな)という表情になった和真だったが、子供達は子供達で、新たな登場人物についての議論を始めた。
「あれ、だれ?」
「あずみちゃん。かずまはよしきのげぼく。あいさつして。あずみちゃんは、いちばんめのこぶんだし。さいしょがかんじん」
「うん」
そして和真に向き直った安曇は、淡々と挨拶した。
「げぼくさん。いちのこぶん、あずみです」
「にー!」
「きよくん、にばんめ、こぶんです」
「…………」
和真に向かってぺこりと頭を下げた安曇と、上機嫌で声を上げた淳志に、大人達の物言いたげな視線が集まる。しかしそれを無視して、安曇が美樹の腕を引きつつ尋ねた。
「あのひと、げぼく、どうして?」
「それはね? かくしてるけどかずま、ずっとまえから、よしみちゃんのこと、すきなんだよ」
「…………」
したり顔で美樹が説明した瞬間、加積と桜が和真を無言で見やり、安曇は不思議そうに首を傾げた。
「よしみちゃん、あつしおじさん、けっこん」
「たぶん、かずまがよしみちゃんのこと、しったとき、もうあつしおじさんとつきあってたの。だから『ほかのおとこのおんなにてをだすほど、ふじゆうしてない』とかかっこつけて、しらんぷりしたの」
「かっこ、よくない……」
「まったく、そのとおり。やせがまんは、じこまんぞく」
「…………」
顔を顰めて安曇が呟き、美樹が同意してうんうんと頷く中、大人達は無言を保った。
「それで、よしみちゃんとあつしおじさんのなか、わるくなったとき、これさいわいと、わりこんだけど、よしみちゃんにあっさりふられて」
「かわいそう……」
「…………」
そこで安曇が涙目で視線を向けてきた為、和真の顔が微妙に引き攣った。そこで美樹が、如何にも困ったように肩を竦めてから言い出す。
「だけど、ぜんぜんふっきれなくて。しかたがないから、よしきがげぼくとして、めんどうみるの。ほんけのそーりょーむすめだし、はんぶんよしみちゃんのせいだから、みうちのしりぬぐいをしないと」
「よしきちゃん、すごい……。げぼく、ざんねん……」
そこで安曇が美樹には羨望の眼差しを、和真には如何にも残念なものを見る眼差しを向けてきた為、さすがに和真は声を荒げながら腰を浮かせた。
「おい、そこのくそガキども!」
「和真、子供相手に騒ぎ立てるな」
「そうよ、みっともない」
すかさず夫婦でそんな和真を窘めたが、美樹達のマイペースな話は続いた。
「あずみちゃん、そういうこと、すぐにくちにだしちゃダメ。けーわいおんなって、いわれるよ?」
「わかった。よしきちゃん、おしえて?」
「まかせなさい! こぶんのしどう、ずっとまえから、おやぶんのしごとだからね!」
「きよー!」
「うん、きよしくんも、まとめてめんどうみるからね!」
「うきゃー!」
そうして子供達が楽しく盛り上がっている中、和真はなんとか怒りを抑え込みながら室内へと足を踏み入れ、加積の横に座った。
「……そろそろ調査結果の報告を始めたいのですが」
「おう、そうだったな」
「美樹ちゃん、ちょっとだけ静かにしていて貰えるかしら」
「うん。あずみちゃん、きよしくん。ちょっとだけ、ピシッとしずかにね」
「はい」
「あいっ!」
既に指導は徹底しているらしく、美樹が声をかけると、安曇と淳志はきちんと正座して口を噤んだ。それに半ば呆れながら、和真は書類を取り出しながら報告を始めた。
「結論から申し上げますと、美樹さんの予想通り、調査対象者はろくでもない男でした。盗撮の常習犯です」
「……とーさつ」
そこで顔を顰めてボソッと呟いた美樹の腕を、安曇が軽く引っ張りながら尋ねた。
「とーさつ、なに?」
「こっそりしゃしんをとって、かげでうはうはの、へんたい」
「うはうは?」
「へーたい?」
安曇と淳志が首を傾げたが、和真の報告はそのまま続いた。
「奴が利用していた、盗撮専門の画像投稿サイトの内容を隅々まで確認してみたところ……、会長のお宅にもカメラを設置しているのが分かりまして……。その他にも、児童ポルノ投稿サイトにも……」
「……何だと?」
「和真、本当なの!?」
チラッと美樹に視線を向けながら和真が言葉を濁すと、さすがに加積達が顔色を変えた。それに小さく頷いてから、和真はクリアファイルの中から何枚かの用紙を取り出し、二人に向かって差し出す。
「ネット上に出ていた画像の幾つかを、プリントアウトしてきました。一応、こちらで画像処理をしてきましたが」
「これは……」
「まあぁ! なんて事かしら!?」
それを目にした加積が渋面になり、桜が怒りを露わにする中、美樹が冷静に問いを発した。
「かづみさん、さくらさん。それってよしきのからだ、じゅようがあったんだよね?」
それを聞いた和真は、激しく脱力した。
「美樹さん……、突っ込むところが違いますし、本当に意味が分かって言ってますか?」
「うん。へんたいやろーかくていで、てかげんむようってことだよね?」
「間違ってはいませんが……」
もう余計な事は何も言うまいと、和真が心の中で固く決意していると、美樹が難しい顔で腕組みをしながら考え込んだ。
「さて、どうしよう……。あいつをやっつけるの、かんたんだけど、よしのちゃん、しっかりめをさまさないと、またろくでなしにひっかかる、かのうせいあるし」
「こい、もーもく」
「あずみちゃん、わかってるね。かわいそうだけど、このさいいちど、よしのちゃんに、はでにやけどしてもらおうね」
「ざせつ、はやいはやい、いい」
「そうだよね。としをとってからだと、おはだもこころも、とりかえしつかない」
そんな事を言って、うんうんと真顔で頷き合う幼女二人に、和真は胡乱げな視線を向けた。
「……この子達、本当は何歳ですか?」
「いやはや、末頼もしいな」
「しっかりしてるわね」
そんな風に加積と桜が苦笑する中、美樹が力強く宣言した。
「よし! さくせんかいぎ! どにちはよしのちゃん、おみまいにうちにくるから、ぜったいあいつ、おじーちゃんとパパにゴマすりに、くっついてくる。きよしくん、やつをのーさつして、よしきとあずみちゃんで、よしのちゃんをせんのう!」
「きよくん、おとこのこ。のーさつ、むり」
そこで疑問を呈した安曇に、美樹は笑顔で説明を加える。
「あずみちゃん。すべてのいきもののあかちゃん、まわりのおとなにかわいがられるように、まるくかわいくうまれてくる。それはいでんしにくみこまれた、げんしてきなせいぞんほんのう。ぷりてぃーなきよしくん、まだまだじゅうぶんいける!」
「きよ、やりゅー!」
「たよりにしてるね! じゃあさくらさん、それぜんぶよんで!」
「はいはい、難しい漢字が多いものね」
すかさず淳志も声を上げ、美樹に指名された桜は、手にしていた報告書のろくでもない内容を、所々解説を加えながら音読し始めた。それを呆れ果てながら少しの間眺めた和真は、うんざりした表情で加積にお伺いを立てる。
「俺はもう、公社に戻って良いでしょうか?」
「ああ、わざわざ足を運んで貰ってご苦労だったな」
「それでは失礼しま」
「ところで和真。さっき美樹ちゃんが言っていた内容は本当か?」
安堵しながら頭を下げたところで、さらりとかけられた声に、和真は表情を消しながらゆっくりと頭を上げた。
「……何の事を仰っているのか、分かりかねます」
「そうか。引き止めて悪かったな」
そして含み笑いの加積に見送られて屋敷を出た和真は、盛大に悪態を吐いた。
「全く……、あの子に係わると、本当にろくでもない……」
そして当面の憂さ晴らしとして部下をこき使う事と、秀明から上乗せした調査費用をむしり取る算段を、密かに立て始めた。
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