異世界クラス転移したけど自分だけ教室に取り残されたファンタジー
ゴッドさん
第一発見者
「ひゃっ! 何これ!」
「ゆ、床が光ってるぞ!」
「うわあああああああああ!」
茖讀高等学校の教室3年D組。
その日の1時限目のことである。
突如、授業中だった生徒及び担任教師の足元に光る謎の魔方陣が出現。未知の出来事に狼狽する生徒たち。彼らは何もできぬまま、周囲を見回すばかり。
刹那、魔方陣の発光は彼らを飲み込み、異世界召喚を行った術者の元へ転送させたのであった。
* * *
その5分後。
「おはようございまーす」
俺は腰を曲げながら教室へ顔を出した。
「あの、ちょっと寝坊しちゃって……」
しかし、誰もいない。
ガランとした教室。
隣の部屋で発せられる、教師が問題文を読み上げる声だけがそこに響いていた。
「あれ、この時間は移動教室だったかな?」
俺は荷物を自分の席に下ろし、黒板横に掲示されている予定表を凝視する。
保体なら体育館、化学なら実験室というように、ここの高校では授業によって場所を変えることがほとんどだ。
しかし、本日火曜日の1時限目は現代文。この教室で行われる授業のはずだ。朝のホームルームから担任教師がそのまま教室に残って講義を始める。
だとすると、ここにクラスメイトと担任がいないのはおかしい。現代文で講義部屋を移動するとは考えにくい。
いや、もしかすると今日だけ変則日程だったかもしれない。「もしかすると木曜日の授業表かな」と思ったが、年間予定表にそんな記載もない。
「みんな、どこに行っちゃったんだよ……」
壁に掛けられている時計の秒針が進む音。
やけにうるさく聞こえる。
俺は教室に独り席に佇み、今現在ここで起こっていることを普段使わない脳で考察した。
「まさか、学級閉鎖?」
俺は思い付いた。
最近そういうウイルス流行の話は聞かないが、ここのクラスメイトだけ集中的にインフルエンザが感染したのかもしれない。
多くの生徒から欠席の報告を受けた担任が授業を中断し、すでに登校していた生徒を帰宅させたのだろうか。
「でも、おかしいよなぁ……」
俺は教室の様子を見渡した。
教室後方のロッカーに、鞄が入れっぱなしになっている。それも、クラスメイトほぼ全員分。
そして、黒板に書きかけの問題文。
教卓や生徒机の上に開かれた教科書とノート。
つまり、ここの教室ではさっきまで授業が行われていたのだ。しかも、クラスメイトが自分以外ほぼ出席した状態で。
俺1人いない程度で学級閉鎖になるはずがない。
仮に学級閉鎖で生徒を帰らせたとしても、ロッカーに鞄を残したまま教室を去るだろうか。
明らかに不自然な点が多すぎる。
「みんな、消えちゃったのか?」
その状況は、クラスメイトが授業中に忽然と消えたことを示していた。
こんなことがあるだろうか。
他の教室は普段通り授業をしているというのに、自分のクラスだけが消えている。
そんな不可解なことがあって堪るか。
俺はさらに思考を回らせる。
「わ、分かったぞ! これはサプライズだ!」
俺は椅子から立ち上がり、ロッカー横にある掃除用具入れの前へツカツカと歩いた。
「みんな、俺を驚かそうったって無駄だぞ?」
きっと、みんなは俺の誕生日を祝うため、サプライズでどこかに待機しているんだ。俺の不安が頂点に達したところで俺を驚かせ、その後にバースデーケーキが出てくる。
そんなハッピーな考えが、俺の頭に浮かんだ。
「ここに誰か隠れてるんだろ!」
バン!
俺は掃除用具入れの扉を思いっ切り開けた。
そこにあったのは箒や塵取りだけだった。
「……」
俺は扉をそっと閉める。
隣の授業で先生が喋る声が、虚しく自分の耳を過ぎていった。
今思い返しても、サプライズはさすがにないと思う。
そもそも、俺の誕生日は3カ月後だ。祝ってくれる訳がない。
このとき、俺はパニックになっていたのだ。
人の気配が全くない教室。
先程まで誰かがいた痕跡。
そんな普通でない状況が、俺の焦燥感を駆り立てた。
これは夢なのか。
自分だけがおかしいのか。
誰も説明してくれない。
「みんな、どこにいるんだよ……」
幼稚園から付き合いのある阿佐美ちゃん。
やたらと俺に絡んでくる悪友の敬太。
成績優秀だが超運動音痴な鞠子ちゃん。
後輩を食っている噂がある生徒会長の恭生氏。
俺の片想いの相手であり、クラスのアイドル、莉緒さん。
みんな、みんな、どこに行っちゃったんだよ。
2限目になってもクラスメイトは俺の前に姿を現すことはなかった。
俺は職員室に出向いて教頭先生にこの異常事態を伝えたことで、学校中に騒動が知られることになる。
* * *
あれから数ヶ月が経った。
まだクラスメイトは発見されていない。警察も調査を続けているが、何一つ手掛かりもない。
あの日を境に、俺の生活は激変した。
事件の第一発見者として警察やマスコミに追い回される日々。オカルト雑誌の取材なんかが殺到する。かなりうるさい。
学校では強制的に別のクラスに編入されて単位を取得するも、周囲の目は冷たく、家に引き篭るようになった。
今日も自室のベッドで時間を潰す。
床に散らばったままの教科書。
勉強する気が起きない。本来なら受験勉強で忙しい時期だが、教科書を捲ったり、ノートへ書き記したりする手が止まってしまう。
俺の心の中に、黒いモヤモヤが渦巻いた。
俺は、あのクラスに居心地の良さを感じていたのだ。俺はみんなが好きだった。個性豊かで、自分を飽きさせないあの場所に戻りたい。
「みんな、どこにいるんだよ!」
俺はベッドを殴った。
みんなの安否を確認したい。
みんなを教室へ連れ戻したい。
そんな願望が心へ募っていく。
そのとき――
「床が……光ってる?」
紫の不気味な光を放つ床。
その光は急速に勢いを増し、俺の寝室全体を包み込む。
自分が宙に浮き、体の感覚が変化していくのが分かった。自分の体が不思議なエネルギーで満たされていくような……。
そして俺の部屋が光で完全に見えなくなる直前、どこかからみんなの助けを呼ぶ声が聞こえた気がした。
* * *
「ここまでだ、異世界人の戦士どもよ」
「くっ……!」
暗夜に支配された城の中。
その最上階にある玉座の間では、独りの少女と巨躯を持つ異形が戦闘を繰り広げていた。
少女の名前は莉緒。
この世界に召喚された戦士の1人である。
「確かにこのワタシを倒せば、この世界にかけた呪いは消滅して貴様らは元の世界に帰れるだろう!」
少女と対する巨躯は彼女を蹴り飛ばし、不敵に笑う。莉緒との力の差は歴然だった。彼女は大した抵抗もできぬまま弄ばれている。
「だが、それは無理な話! 今までよく戦ってきたと褒めてはやるが、ここで終わりだ、女勇者の莉緒よ」
「アタシは……ここで負けられないの! みんなを、元の世界に戻すまでは!」
「威勢だけは素晴らしいな。だが、そんなボロボロの体で何ができると言うのだ?」
莉緒の体は傷だらけだった。息は上がり、目の前の強敵と戦える体力はもう残っていない。握る剣も刃先が折れかけている。
彼女の足元には倒れたクラスメイトたち。莉緒を支えるために寄り添い、一緒に戦ってきた仲間だ。しかし、敵の猛烈な攻撃に命の灯火が消えつつある。
「これで終わりだぁ! 莉緒おおおおっ!」
強大な敵、骸獣王ジェノバゼルが放つ渾身の一撃。闇の魔力を帯びた巨大な剣が莉緒の体へと振り下ろされる。
「だめ、もう動けない……ごめん、みんな」
全身の痛みで彼女は動くことが叶わず、涙が零れた。
ずっと戦ってきたことが無駄になってしまうのか。
自分は死をこのまま受け入れるしかないのか。
しかし、剣が彼女に到達する直前――
ガギィィィン!
「え……」
「ば、バカな! あの一撃を防いだだと!?」
ジェノバゼルの剣は莉緒の手前で弾かれ、軌道が大きく変化する。予想外の出来事に異形は狼狽し、高く跳躍して後ずさった。
「だ、誰なんだ、貴様は!」
神々しい剣を片手に、よろめく莉緒を抱き支える影。
温かい手の感触に、莉緒は彼の顔を見つめる。
「ど、どうしてあなたが……」
「ごめん、遅刻した」
「だってあなたは、あの授業に欠席して……この世界には召喚されなかったはず!」
莉緒の言葉を「そんなことを聞くのは無粋だ」と言わんばかりに軽く笑い飛ばす青年。
余裕に溢れた彼の表情に、莉緒はどこか安らぎを感じた。
「あとは任せて、莉緒」
「うん、お願い。みんなを守って……」
緊張の糸が解れたのか意識を失った彼女を、俺は床にそっと寝かせた。心身ともに限界だったのだろう。
「おのれ、まだ異世界人の仲間がいたのかッ!」
俺の前で、黒い異形が獣のように叫ぶ。
どうやらこいつを倒せば元の世界に帰れるらしい。俺は持っていた剣の刃先をヤツへ向けた。
「英雄は遅れて現れる、ってことをこれからお前に教えてやるよ、化け物」
「ほざけェ! まだワタシは本気を見せていない!」
むくむくと甲殻の役割を果たす筋肉が隆起していく。骸のような体格が変化し、骸獣王ジェノバゼルは本当の姿を現した。闇のオーラが増幅し、彼の剣に再び強大な魔力が宿る。
「人間風情が! 行くぞおおおお!」
「うらああああああ!」
俺たちの剣が激しくぶつかり合う。
闇のオーラを退け、鋼を砕く剣。
その刃は肉体の奥深くまで到達する。
「仲間を返してもらうぞ、化け物」
「こ、このワタシがァァァッ!」
玉座の間は凄まじい閃光に包まれ、俺たちは飲み込まれていった。
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