ウィル 2-1 死骸漁りレムト


 翌朝。

 異世界ヤルヒボール5.3に到着した日から数えて六日目。

 テンションMAXのニーニヤとともに、ウィルはふたたび甲板に降りた。


 初日には精鋭数名だったという探索組は、百名近くの大所帯に膨れあがっていた。

 なんでも、レムトの持ち帰った石や木材を調べたところ、その有用性が認められ、かなりの高値がつくことがわかったらしい。そのせいで個人、組織を問わず、参加希望者が殺到したというわけだ。


「なるほど。これならひとりやふたり、足手まといが増えたところで大したちがいはないな」

「あまり自分を卑下するものではないよ、ウィル。なんといっても、このボクが信を置いているのだからね。もっと自信を持っていい」

「また適当なことを……」

「やれやれ、困ったものだね。いつになったら素直にボクの言葉を受け容れられるようになるんだろう」

「そんなふうに胡散臭いしゃべりかたをしてるうちは無理だな」

「つれないね」

 まったくこたえたようすもなく、ニーニヤはずんずん人垣をかきわけて進んでいった。


 目指す人物はタラップ近くにいた。

 使い古された革鎧を身につけ、腰には剣、ベルトには用途のちがう数種類のナイフを挿している。

 まだ若く、男前といってもよい顔立ちだったが、異様に鋭い眼光と隙のない身ごなし、短い言葉で次々に指示を出していくようすは、いかにも歴戦のつわものらしい油断のならなさを備えていた。


「あなたが、レムト・リューヒ?」


 相も変わらぬ無遠慮さを発揮してニーニヤが訊ねた。

 男は一瞬、値踏みするようにニーニヤの上に視線を置く。斜めうしろに立っていたウィルの背に、電撃にも似た戦慄が走った。

 どうせ興味を持たれるはずがないと油断していたが、確実にレムトは、ウィルのことも観察していた。

 予断も感情もいっさい差し挟むことなく、ただ対象がいかなる存在であるかを見定める。

 この男のものの見方とは、そういうものなのだと直感的に悟った。

 四肢をこわばらせたまま身震いするウィルに向かって、レムトがかすかにくちびるの端を上げたような気がした。しかしすぐに、彼はニーニヤのほうへ向き直った。


「そういうあんたは〈記録魔ザ・レコーダー〉か。なかなかの美形だな」

「なっ」


 ウィルは思わず身構えた。

 これまでも、初対面でニーニヤを口説きにかかる輩には何度も遭遇した。それだけ彼女の容姿が美しいということは、ウィルも認めるところだ。

 しかし、レムトもそういうタイプだったとは、すこし意外だった。


「おっと、怖い怖い。安心しろ、俺の好みとはちがう。もう何年かしたら、わからんがな」


 レムトは快活に笑った。言葉は野卑だが、そんなに嫌な印象ではない。ニーニヤも、大して気にしているようすはなかった。


「今回は無理を聞いてくれて感謝する」

「べつに、いつものことさ。素人を連れて探索に出るのは」


 弱い生き物が群れるのといっしょだ、と彼は言った。


「敵に襲われたら、誰かが食われているあいだに他の者は逃げのびる。数が多ければ多いほど、危険は分散される理屈だな」

「じょ、冗談ッスよね?」

「いいや。自分の身は自分で守るというのは大原則だ。居住区内でも、そこのところはおなじだろう?」


 ウィルは、自分がとんだ勘違いをしていたことに気づいた。

 なるほど、探索への参加を断らないわけである。たしかに、ここにいるのはレムトたち生粋の探索組のおこぼれに預かろうという連中がほとんどだろうから、いちいち気遣ってやる義理もない。

 彼らにしたところで、そのあたりは心得ているようで、見まわしてみれば、どいつもこいつもいかにも修羅場をいくつも潜り抜けてきましたといった感じの風貌だ。ウィルはあらためて、自分たちの場違いぶりを痛感した。


「死にたくないのなら、俺のうしろにくっついて離れないことだ。自惚れるわけじゃあないが、そこがいちばん安全なはずだからな」

「そ、そッスか……」

「ところで、お前――」


 ふいにレムトがぐっと距離を詰め、顔を覗き込んできたので、ウィルはのけぞった姿勢のまま動けなくなった。


「目の奥に、不安と怯えの色が見えるぞ」

「ウィルはイマイチ自分に自信がないからね。あなたの話を聞いたせいで、端的にいって『ビビッて』いるんだろう」

「いや、そうではないな。これはもっと、深いところに根差したもののようだ」

「んんっ。そうなのか」

「か……勝手な分析してんじゃねェよ!」


 いきなり、なんだ。押しのけようとした手は、予期していたかのようにするりと避けられた。

 悔しさと羞恥に、怒りが加わった。見透かしたようなような物言いで。いったいなにを、わかったつもりで……!

「落ち着きたまえよウィル。それにしても、あなたはなかなかいい目をしているな、レムト・リューヒ。ボクを前にしながらウィルのほうに注目するとは。なかなか興味深い少年だろう? 常々ボクは、彼はもっと評価されてしかるべきだと考えていてね」

「それくらいでなければ、ここまで生き残るのは難しい」

「どういう意味だよ!?」

 微妙に当人を蚊帳の外に置きつつ不敵に笑い合うふたりは、ウィルからすればからかっているとしか思えなかった。

 だいたい評価ってなんの評価だよ。歴戦の死骸漁りスカベンジャーが認めるなにかを、ウィルが持っているとでもいうのか? それも、見ただけでわかるようなものが?

 適当なことを吹かしてんじゃねーぞ噛みついてみせると、レムトは皮肉っぽくくちびるを歪めた。

 それから、物わかりのいい兄貴然とした態度でウィルの肩をぽんぽん叩く。

「いや、すまん。少々ぶしつけ過ぎたな。悪かった」

「……いえ。おれのほうこそ」

 ウィルも口では謝罪したものの、内心釈然としないままだった。たぶん、ごまかされたのだろう。しかし、ここでレムトと衝突してもいいことはない。


「それで。陸のようすはどんなかな?」

 ニーニヤが愉しげな調子で会話を引き継ぎ、なんとなく丸い感じで、その場は収まった。

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