ジャック・オー・ランタンと悪魔と神聖なる夜

相田 渚

赤い瞳の悪魔

10月31日。


1年の終わりを迎えるこの日は、人間にとっても、人間以外にとっても思う存分騒ぎ倒すことができる愉快な日だ。

死霊も、魔女も、悪魔も、人間界に繰り出し、色んな人間に色んなちょっかいをかける。

31日のお祭り騒ぎが過ぎ去った後に、何人かの人間が命を落としていたり、行方不明になっていたり、何かにとり憑かれたような言動をする人がでてきたりするのは、人ならざる者達のちょっとしたかわいい悪戯だ。


もっとも、人間達も馬鹿ではないようで、最近は顔に仮面をつけて魔女を装ったり対策を練っているようだ。

また、人間にとっては10月31日の次の日、11月1日は何やら聖人を祭る日にあたるようで、前日の31日も「神聖な(hallows)前夜(eve)」として十字架を手に祈りを捧げる者が多い。十字架を手にされると悪魔達は近づけないのだ。


どうにか騙さなきゃなぁと、人間界に降りる道中で死霊や悪魔達がぼやくのは、ここ数年のお馴染みの光景だ。


赤い瞳を持つ悪魔も、今年はどんな悪戯をするか悩んでいる1人である。


彼女に名はない。

力の弱い悪魔は名前がないのが普通だ。

名前がなくとも「おい」とか「赤目の」という呼びかけで事足りるし、そもそも悪魔同士でそんなに頻繁に話しをするわけでもないので、不便に感じないのだ。


名前については不便を感じないが、力や容姿については大いに不満を抱えている。


ありふれた黒髪に、悪魔なら皆背中についている蝙蝠羽、顔もスタイルも悪くはないが人間を一目で魅了し誑かせる姿かというと、そうでもない。

唯一の特徴といえば赤い瞳だけ。

人間にはない特殊な能力と言えば、他の力なき悪魔達と同様、蝙蝠羽で飛ぶことや、他のものに変身したり、ちょっとした魔法を使えるだけだ。しかも十字架の前だと手も足もでない。


サタンやベルフェゴール、ベルゼブブのように強大な力を持っていれば、人間達の対策等、藁に息を吹きかけるようなものだ。いや、力を使わずとも、そのグロテスクな見た目で簡単に恐怖へ陥れることだってできる。

あるいはサキュバスのような美しい見た目をしていたら、人間の男達を労せず連れて帰ることができるだろう。


まぁ、持ってないものをどうこう言ってもしょうがないか。


赤い瞳の悪魔は内心呟き、今年も口八丁と小手先の魔法でどうにか悪戯しようと決意した。


「誰をターゲットにしようかしら」


赤い瞳の悪魔は、力が弱いくせに、悪戯する相手も選り好みする悪魔だった。

純粋な一点の穢れのない魂を汚すことに喜びを見出す悪魔もいるが、力の弱い悪魔だと返り討ちにされる可能性がある。

女子供に手を出すのがセオリーだが、赤い瞳の悪魔は何故だかそういった弱者をターゲットにしたくなかった。己が弱者であるからかもしれないが、そんな彼女を他の悪魔は変わり者だと評した。

よって、赤い瞳の悪魔が遠慮なく悪戯できる相手は「魂の穢れた男」に限定されるのだった。


人間界のある街に降り立った彼女はふよふよと飛びながら、ちょうどいい相手がいないものか探し回った。


仮面をつけた者達が街中に溢れかえり、誰も彼もが陽気に笑い、歌い、踊りあっている。陽が落ちているとは思えないほど、賑やかな様子だ。

ある者はよく食べ、ある者は楽器を奏で、そして多くの者は酒を飲んで、顔を赤くして心地よさげに酔っ払っている。

往々にして酔っ払いとは口が軽いもので、彼らは誰にも頼まれていないのに色んな噂話をペラペラと大声で喋っていた。

赤い瞳の悪魔は人間達に見つからないように姿を隠して街をうろつくだけで、そういった者達から労せず情報を得ることができたのだった。


嫁の愚痴、近所の教会の司祭の説教について、いい酒のある店の情報、隣街の様子等、様々な噂があったが、中でもジャックという男の名前は幾度も会話にのぼった。


曰く、鍛冶屋のジャックは、大層酒とギャンブルが好きな人間。

曰く、ジャックは色んな人々を騙し、お金を巻き上げるペテン師。

曰く、街一番のろくでもない男。


誰の口からも、彼を褒める言葉が一切でない。


これは調度良い相手がいたものだと、1人ほくそ笑んで赤い瞳の悪魔はジャックを探すことにした。

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