ぼくらのdogmaなんだぜ
鯖みそ
ぼくらのdogmaなんだぜ
驚いたことに!本当に驚いたことに、2099年に、ある老いた科学者が言った。それも多くの聴衆を魅了してやまない、華やかな霊廟の祭壇に立って。
僕は、その光景をブラウン管で観ていたんだ。
「偶数は、偶数は、子供を産みます」
瞬間に凍りついた。そして、防波堤が決壊した。それも致命的に。
笑ってしまったよ。僕は。腹を抱えて、溢れるばかりの哄笑を抑えきれずに。
そうなんだよ、子供を産むんだよ。偶数は。気づくの、遅すぎたよ。本当に遅すぎたよ。
笑って、笑って、でも、どうしてかな。
涙が、止まることを、知らないんだぜ。
なんでだろう、お前ってやつは。そんなに発見したのが嬉しいのかい。おい、聞いてるのかよ。
「僕らだけが、やっと僕ら自身で、赦せるようになるんだ」
そういって、やつは僕の頬を絶えず濡らした。恐ろしいよ、僕はお前のことが。
「お願いだよ、もう少しこのままで」
僕の肌を暖かい風が、優しく撫でては、頬は冷たく、それでも心臓が息を吹き返したように、ばくん、ばくん、と歓喜に打ち震えていた。僕は古びた、軋む檜のチェアーに凭れきって、静かに泣いた。
そう、12万年ぶりに泣いたんだ。
人類が生まれて、神をつくり、農耕し、死を弔い、クニをつくり、人を愛し、子供を伝えたのは、このためだった。
ぜんぶ、ぜぇんぶ、救われるためだったのさ。
両膝に蹲って寝ていた、雄の三毛猫が笑う。ニコッと、健康そうな桃色の歯茎をみせて。
無茶しやがって、こいつめ。雄の三毛猫、『エミリ・ブロンテ』は性染色体異常における、X染色体の重複によって、クラインフェルターである。
気にすんなよ、とお茶目に破顔してみせる彼だが、年頃の牝を見て、発情して、ことに至れない、というのは些か不条理に思えてならなかった。
お前の考えてること、分かるぜ。といって『エミリ・ブロンテ』は詩を暗誦しはじめたんだ。
「………No coward soul is mine, No trembler in the worlds storm-troubled sphere: I see heavens glories shine, and faith shine equal, arming me from fear.」
お前の靈は、霊魂は、臆病ではなんかないのさ。
世界が、僕たちが
変わっていないさ、少なくとも放射能の海に晒された僕らの世界は、何にも、昔と変わっちゃいないのだから。
「偶数が、子供を産むってなると、それは二倍体だな」
こくり、と首肯する『エミリ・ブロンテ』
「三倍体は産まないってことだろう」
「確かに、不捻性だが」
『エミリ・ブロンテ』は言葉を紡ぐ。
「確かに生きている魂なのさ」
僕は何も答えられなかった。
子供が無邪気そうに、笑って問いかけるのだろうか。
「お母さん!僕の残りのnは、もう一対のゲノムは相補的に繋いでくれた?」
僕らはもう、何にも笑えなかった。
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