Code 142 不安な予感はすぐに訪れる



「久しぶりだな、ゴッテスシティは。思ったより戦火の影響を受けていなくてよかった、のだが……」


とりあえずキースのところに向かうか、そう彼は考えて街の中央外にある一軒のバーに足を運ぼうとする。街中を静かに歩いているが、ハーネイトは何か違和感を感じていた。


「普段なら仕事終わりの人たちが飲み明かすために人通りは多いはずなんだけど、なぜ?夜の賑わいがない」


 このゴッテスシティは、北大陸にある3つの古代都市の一つであり、最も栄えているともいえる街の規模も巨大な近代都市である。街の中央には巨大なコロシアムがあり、その周辺にも幾つものブラッドルなどのスポーツができる競技場が存在し、多くの住民が体を動かしている。

 またこの年は周りを山に囲まれており、資源にも恵まれているため貿易拠点の一つとしても機能している。

 つまり人も多いわけでにぎやかなはずなのだが、前に来た時よりも外を出歩いている人の数が少ない。それに彼は気づいた、


「キースの経営しているバーはこの近く……って、!!! 」


 そうこうしているうちに中央外の通りに到着したハーネイトは、建物と建物の間に誰かがいることを空気で把握し確かめようとする。普段は強すぎるため感覚系の感度を落としているが、こういう時には本来の力まで戻して、何か不審なものがいないかを気配だけで探れるようにしていた。

 そうしてハーネイトが気配の元まで足を運ぶと、彼は絶句した。なんとキースがボロボロの状態で横たわっているのを見つけてしまったからである。すぐに彼の体を抱き寄せ、状態を確認する。息も意識もあるが、外傷が激しく傷口から出血していた。すぐに応急処置を施す。


「だ、大丈夫か?」

「は。ハーネイトちゃんなの……っ?」

「キースさん、どうしたのですか、いったい誰がこんな事を……!」


 キースはしんどそうに、しかし何が起きたのかハーネイトに簡潔に説明した。店に向かい開店準備をしようとした矢先、魔物に不意打ちで攻撃を食らい、背中に一撃をもらったという。

 その話を聞いたハーネイトは奇妙だなと思いつつも、まずはキースを安全な場所まで連れて行かなければと思いどこがいいか脳内を巡らせた。


「ゴッテスシティには専用の事務所がないし、……そうだ、ホミルド先生が前にゴッテスシティで病院を開業すると言っていたな」

「すまない、ねえ、ハーネイト、ちゃん……っ」

「それは気にするな、だが魔法を使ってもダメージが残っている。これは呪いか何かか?」


 ハーネイトはキースを肩に抱きかかえ、前にホミルドの言っていた場所の近くまで短距離の移動魔法を巧みに使い移動した。なぜこのような判断を彼がしたのか、それは大魔法の万里癒風を使ってみたものの、傷自体はほとんど塞ぐことができたが完全に彼の体を治せなかったことが原因である。もしキースが何らかの呪いを受けていれば、大魔法にもそれが影響する。恐らく治癒妨害系の呪いが入っているのだろう。そう考えると今の処置のほかに、解呪も必要になるとハーネイトは判断した。そこで問題となるのが、本来ハーネイトは解呪系の術式が攻撃系大魔法に比べると不得意であったことである。できなくはないが、術式発動に時間がかかるため病院を速やかに探し発見し、開いていることを確認すると中に入る。

 すると受付の若い女性が彼らを見て慌てるも、奥の部屋にいた男を呼ぼうと立ち上がる。


「あ、あなたはハーネイト様、それにその人は……あのキース様?なんてひどいけが、院長、急患です!」

「どうしたどうした、ってハーネイト!」

「ホミルド先生!」


 白衣の老年の男が廊下の奥から出てきた。ハーネイトの顔を見るな否やどうしたかと声をかけ、ハーネイトは事情を説明した。


「どうしたんじゃ一体って、おい、その肩で支えている男を早く寝かせるのだ」

「ああ、わかった」

 

 診察台のある部屋まで運び、キースを寝かせて容体を確認する3人。助手に薬やガーゼなどを持ってこさせる。ハーネイトの応急処置でどうにかなったものの、傷の回復には時間を要するかもしれない。解呪が必要だとホミルドにそう伝えたハーネイトは襲った犯人をどう処分するか考えていた。


「こいつは手ひどくやられておるな。しかも傷口は……。確かにこれは呪いが入っているな」

「明らかに魔獣によるものだ」

「しかしおかしいですわ、この街にそんなものが入り込む余地など」


 ホミルドの助手であるフレイナは話を聞いて違和感を覚えていた。このゴッテスシティは古代都市のひとつであり、強固な防衛装置による街の守りは、大型の魔獣でさえ防ぎきるほどである。それ故に、なぜ魔獣に襲われたような傷がキースの体にあったのか、彼女にとって疑問であった。


「……いや、あの方法なら」

「む、まさかあのはいディーンの生み出した悪魔のアイテムなら、ああ、それならな」

「そうだとしたらこの町が危ない」


 外から侵入するのは至難の業だが、内側から誰かが変身するか転移の力を利用した何かならありえなくない。そして思い当たる節がハーネイトやホミルドにとってあったのである。

 そう、DGとの戦闘で元機士国の研究者、ハイディーンがDGに対し秘かに罠を仕掛けるため開発したアイテム、デモライズカード。これならば街中で突然魔獣が現れたり、人が怪物化したりするのもうなづける話である。


「とりあえずこの男はわしらに任せてくれ。お前は犯人を追うのだ、腐っても魔法探偵じゃろ?」

「ええ……では、キースさんのこと、よろしく頼みます。先生」

「任せておけ、わが弟子よ」


 仮に、そのデモライズカードがすべて回収されておらず、DGの残党勢力やその他犯罪組織などに渡ったとしたら。そう考えるだけでも恐ろしさを感じる。これ以上被害者を増やさないため、ハーネイトはどうするか考えていた。しかしホミルドの一声でとりあえず街中の調査から始めることにした。


「……着いてそうそう、こんなことが……くっ!」


 病院を出るな否や、すぐに彼は仲間たちに連絡した。しばらくすると転送石のある方角から光が走る。すぐにそこに向かうとリシェルが背中に新たな銃を背負いきりりとした目で師匠であるハーネイトを見つめていた。


「師匠、リシェル到着いたしました。思ったより早く呼び出されるとは……」

「リシェルか、無線で事情は聞いただろ?」


 連絡の際に何があったか先に伝えていたものの、リシェルは驚きを隠せなかった。仮にも負傷したキースという人物はリシェルにとって恐ろしい実力の持ち主である。何せ近くで彼の戦う光景を見ていただけのことはある。蹴りだけで魔獣の群れを蹴散らせるなど、ハーネイトの部下たちのほかに存在したのか、そう思うと誰がキースに傷を負わせたのか、口元に手を置いて悩んでいた。


「ええ、キースさんが負傷なされたと」

「ああ、彼があそこまで傷を負うなんて……」

「マスター。我らも到着しましたぞ」

「南雲、風魔、それにその人は」


 二人が話をしていると、次に南雲と風魔、そして見慣れない銀色の頭巾と背中に挿した忍者刀が印象的な若い男が転送石の前に立っていた。


「ハーネイト様、私たちの新しい仲間です」

「今回から新たに加わった拙者の後輩、才蔵です」

「噂に聞いていた。潜入や諜報特化の、本来の忍としての任務に特化した人材だと。うちでいうとサインの仕事だな」


 藍之進から以前話を聞いた、異世界において本来の忍の任務である諜報活動に特化した人材。南雲と風魔は彼の実力を見込んで推薦し、今回連れてきたのであった。


「それで、今回呼ばれた理由は」

「どうもデモライズカードを持った何者かが、この街に潜伏し何かを企んでいる可能性がある。状況証拠から見てそうとしか考えられない。のちにシャムロックたちも到着するが、その前に我らでカードの所持者を速やかに探せ。市街地のため戦闘は極力禁止だ」


 一通り、現在の状況を話したハーネイトは、刀を左手にしっかり握るとすぐに調査に入る。


「では私は町の北部を調査する。各自分かれて何かヒントになるものを探してきて」

「了解しました」

「ああ、行ってくるぜ師匠」


 そうして彼らは散開し、街中での調査が始まった。少しでもデモライズカードに関する手掛かりが見つかればいいがとハーネイトは思っていたが、早速その手掛かりになりそうな場面に遭遇した。


「一体、この街で何が起ころうとしているんだ」

「うぅ……誰か、助けてくれ……痛てえよお」

「おい、大丈夫か?」


 路地裏から声が聞こえてきた。その声の元までハーネイトは慎重に足を進めると、一人の男が呻きながら倒れこんでいるのを確認した。


「これは、デモライズの影響か!手当をしてやる」

「ぐはあ、あの男の言うこと、聞かなきゃ……よか、った……ぐぁ……」

「あの男、だと?」


 ハーネイトはすぐに損耗した男の体を魔法で治療する。デモライズの影響で魔の力が呼び起こされていたのか、やや強めの治療魔法を使っても耐えられるようになっていたためしっかりと治療することができた。

 その間に、男から情報を引き出す。誰かからの指示なり脅迫を受けて、デモライズカードを使って何かを行おうとしたのだろう。そもそもカードはDGの徴収官が主に持っていたものであり、罠であるアイテム。もし一般人にまでいきわたるようなことがあれば、恐ろしいことが容易に思い浮かぶ。


「ああ、金を渡すから、これの、実験台になれと言ってきたんだ」

「これは……!」

「こいつを言われたとおりに使ったら、いつの間にかここで倒れていた……全身がいてえ、何があったんだ」


男はまだ苦悶の表情を浮かべていた。適性のあるものでも変身にはおそらく多大な苦痛を伴うだろう。しかもこの男は魔の素養がない。よく耐えたなとハーネイトは思わず感心していた。しかしそれどころではない。


「記憶がないのか……とりあえず、洗いざらいはいてもらうから」

「俺は、マーティン。ある会社の社員だ。あそこにある、ルゴスコーポレートってところのな。最近できたばかりで他にも研究員とかを募集、していた」


 聞いたことのない会社名だ、そう思いながらハーネイトは更に聞き出す。


「はあ、はあ、俺はあくまで組織の下っ端だ。……ウディスという男からカードを渡され、街中で使えと。で使ったら、このざまだ。……知っていたら使うことはなかった、ぜ。自力で、剥がしたんだが……ぐっ」

「そりゃそうだろう。……とりあえず近くの病院に運ぶから」


 ハーネイトはマーティンを肩に担ぎ、ホミルドのいる病院まで運ぶ。ホミルドは驚くもすぐに対応に当たり、看護師たちを呼ぶと彼を空いていた病室まで運んで寝かせた。ハーネイトは男の治療を依頼してから再度街中を調査する。そういえばいやに静かな夜だ。もっとこの町は賑やかなはずなのに、ハーネイトはそう思いながら夜風に少し身を震わせながら上着のポケットに手を入れて歩く。


「やれやれ、いったいこの街で何が起ころうとしているのだ。……ルゴスコーポレート、話によれば生体系の研究をしているらしいが……確かに、ブラッドルは比較的安全な競技ではあるがけがをする選手も少なくない。ケガを治すための道具を作るというならば設立申請も通りやすいはずだ。……本当に人手が足りない。ここまで調査できていれば……」


 マーティンから話を聞いた以外で有力な情報を手に入れられなかったハーネイトはいったん調査を切り上げ、南雲たちに連絡を取ろうとした。


「ともかく、一旦南雲たちと合流しよう」


 そうして約30分後、街の広場にハーネイトやリシェルたちが集まっていた。それぞれ集めた情報を共有するため話をする。


「師匠、こんなものが落ちていましたぜ。これはあのカードですよね」

「こちらは聞き込みである会社が怪しいことを行っているとの情報を手に入れました」

「マスター、ルゴスコーポーレートという会社が怪しいカードの製造をしているようでござる。リシェルの言っていた場所がおそらく製造現場なのでは?」


 リシェルは街の北側でいやな感覚を覚えた建物と、その建物に向かう道中で拾った既に使用済みのデモライズカードを見つけたことを話す。

 また南雲と風魔はあの会社の名前を出し、諜報で得た結果をまとめて話す。

 

「そうか、こちらでも同様の情報を入手した。彼らはデモライズカードを用いて何かを企んでいる。まだ実験段階のようだが、量産されては始末に負えん」

「ということは、あの会社に攻め入るんすか?」

「いや、まずは私がどんな会社か見てこよう。もしかすると別に情報を手に入れられそうだ」


 とりあえず、マーティンの所属している会社が怪しすぎる。リシェルの言った施設も気になるが、ここはまず穏便に仕掛けるか、そうハーネイトは考え、ひとまず全員を解散させた。明日の朝、その会社を訪問しようと考えハーネイトはバイザーカーニアの施設に立ち寄る。実はゴッテスシティにBKの本部があり、ハーネイトはたまに訪れていた。建物の入り口にいる門番に挨拶をし、重たいドアを片手で開けるとハーネイトは目の前にある階段を上り、かつて仮の事務所として使っていた部屋に足を踏み入れる。

 そこにいたのは腕を組みため息をしながら外の景色を見ていたロイ首領であった。

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