Code90 エレクトリールの苦悩と侵略魔将軍・Dカイザー
「起きていたのか。エレクトリール」
「はい」
「何かあったのか?」
「実は故郷から通信が届きました」
ハーネイトの問いに、彼女は笑顔でそう答えた。しかしどこか浮かない表情も見せていた。
「そうなのか。通信できたんだね。それでなにかあったのか? 」
「はい。襲ってきたDGの軍勢は、故郷にいるみんなと宇宙警察なるDGを追う集団により壊滅し、こちらの勝利と私の部下から連絡が来ました」
エレクトリールの口から発せられた言葉にハーネイトは驚きながら目の色を変える。
「勝ったのか。あいつらに。あいつの言っていたことは本当だったのか。驚きだな」
「あいつ? しかし、複雑な気分です……」
「なにか言いたげなことがあるのか?話なら、いくらでも聞こう。リシェル、アーディンたちを部屋に案内してくれ」
「了解しました。ではお先に失礼します。兄貴たち、こっちだよ」
リシェルはアーディンらをハーネイトの拠点の部屋に案内するためエレベーターに乗り込んだ。
「さて、と。伯爵とリリーはなぜここに?」
「別にいいじゃねえか」
「構いませんよ」
エレクトリールは優しく、そのままでいいとハーネイトに言った。伯爵もリリーも、彼女の表情を見て心配していたのであった。
「ならいいのだが」
「ええ。…私は、みんなを守るためにすべてを捨てて、軍人になりました。しかし今回の一件では私だけあれを守るため逃げ出しました。そしてそれでもみんなが戦っていたことや、指揮官がいないのに勝ったことについて、複雑な感情を抱いています。そして戻ってきてほしいと言われてもどんな顔をして戻ればいいのかわからないのです」
彼女の表情が話を進めるたびに段々暗くなっていく。ハーネイトもそれをすぐに察して言葉を返す。
「立場、か。軍人ならではの悩みか」
「確かに、同じ立場なら帰りづらいな。昔のことを思い出す」
「昔のこと? 」
「ああ。だがあんたの故郷には平和が戻った。それは嬉しいことだし素直に祝ってもバチは当たらないだろう」
伯爵はエレクトリールの心情を察して祝うこと自体に罪はないと助言をする。それに比べ自身など、兄から疎まれ、人の世界で喜びと悲しみを知った挙句、失意のうちに故郷に戻ると街が火に包まれていた。すべてを失った辛さとは違う、エレクトリールたちの勝利。どこかうらやむように、けれど彼は純粋に祝っていた。
「その通りだな。もし帰りたいなら、私は止めない。シャムロックならばあの船を直せるだろう。あいつの腕は確かだ。エレクトリール、どうした」
「どうして、どうしてそんなことをいうのですか? 」
ハーネイトはいつでも帰れると言うも、エレクトリールの表情は険しく、凍てつくような雰囲気を感じていた。
「えっ、故郷にいる仲間たちや親に会いたくはないのか? 」
「私は!既に親からは勘当されています。ずっと、孤独だった。だからこそ、みんなと、みんなといたい!もう一人にしないで……」
「エレクトリール。そう、か。わかった。だがいつでも準備はできているからな」
アポロネスから聞いたエレクトリールの話を思い出し、失言をしたなとハーネイトは反省した。そしてハーネイトは、昔のことを思い出しながら、エレクトリールも孤独という不安の中生きてきたのだなと気持ちを共感していた。
「ぐすっ、私は、貴方のことが大好きで……。少しだけ嫌いです」
「それは、どういう意味だ。」
「ハーネイトさんは優しいし、色んな人や物を受け入れる器の広さがあります。それが私にとっては嬉しかった。だけど、一つだけ嫌いなところがあります。あれだけの力と人望がありながら、どこか距離をまだとっているような振る舞いをしたり、人を惑わせたりするところです。あなたのことを好きな人は、他にもたくさんいますでしょう。でも、気持ちに気づいてもらえないのは、とても悲しいです」
ハーネイトはエレクトリールの言葉の意図がいまいち読めていなかった。これは彼がそう言った経験に乏しい面があったからと言える。そして、女性関係について彼はあまりいい思いをしてこなかったために、どこか無意識に距離を取る癖があった。
「何を、言っているのだ。エレクトリール」
「私は貴方のことが好き、だから何があっても死んでほしくない。貴方のような強い人なら、私の前から突然いなくなることなんて、ないでしょう?私にはもう、ハーネイトさんしか見えない。これほど誰かを好きになったのは、初めて、なのです」
エレクトリールの思いが言葉となり、それが幾つもハーネイトに突き刺さる。しかしハーネイトはエレクトリールをまだ男だと認識していた。しかしエレクトリールは女性である。この認識のずれが、二人を苦しめることになっていた。
「人としての好き、なのか? 」
ハーネイトのその言葉に、エレクトリールは睨み付けるようにハーネイトの顔を見ていた。それは違う、と表情で示したかったからである。
そのころ、ハーネイトたちに助けられたフューゲルは南大陸に南下し、上司であるDカイザーのもとにいた。一見何の変哲もない岩山だが、その中は入り組んだ迷路のような要塞と化しており、その上層部にあるとある部屋でフューゲルは、父親でもあるカイザーに報告をした。そして一通り報告を聞いたDカイザーは、少し肩を落としながらフューゲルに話しかけた。
「やれやれ、やりすぎも困るな。フューゲルよ」
「しかし必要な情報は集めましたし、あなたの言っていたフォレガノ総長にはじきに会えると思います。ハーネイトの居場所も再度把握しました」
「それはそうなのだがなあ。ふむ。ジルバッドを殺したあの魔法使いの居場所を掴んでいても、あまりに強力な結界のせいで侵略魔ですら侵入できん。内部がどうなっているのかすら不明だ」
フューゲルが侵略魔であることは以前説明したが、この見るからに悪の総帥のような、黒マントに身を包み紫色の角を頭部から3本生やした悪魔、Dカイザーはその上に立つ存在であった。彼は人にあらず。しかし人の心をジルバッドから得た。そしてかつての上司であり行方不明になっていたフォレガノの行方を追い天神界に彼らを連れて行き、そこで生まれて半年ほどのハーネイトを連れ帰ってきたのである。しかし正確には、もっと複雑な過程がそこにはあった。
「そう、ですね。彼の内なる力なしにあれの突破はできないでしょう」
「やれやれ、近いうちにハーネイトに会うしかないな。しかし運命というものは恐ろしい。他の世界を侵略しに来たのに、今では他の世界のために動いているとはな。シルクハインの言葉は嘘には聞こえなかった。そうなれば、女神に対抗できるのはハーネイト、お前だけなんだ。女神を倒すためには、女神から直接作られた存在でなければ、な。それと邪神、か」
アクシミデロ星にいるわずかな侵略魔たちは、未来に高い確率で起こりうる災厄を感じ、それに対抗するため動き出していたのである。
そしてDカイザーは、ヴィダール・ティクス神話にあった、例の女神の妹について考えていた。
伝承では女神ソラが父と母を封印した際に、助けようとしたのが空の妹、ヴァルナーであった。しかしそれ以降彼女の記述はない。それがどうしても頭から離れられずにいたのであった。
そして、天神界で感じたソラの波動と、今この世界で感じ取っている、波動の感じこそ似ているがわずかに違う気を比べながら感じ、もしかすると相当危険な状態ではないかと彼は推測していたのであった。
その一方で、白い男ことオーダインはある山の頂から地上を見下ろしていた。
「うーん、いい感じ。しかし物足りない。ハーネイトと一度手合わせしたいな。弟がこの世界で何を見つけ、何を得て、何を力にしたか。全力で感じたい」
彼はそう考えながら、仰向けに寝転がり空を眺めていた。雲は風に乗り早く流れ、時折強風が山を通り過ぎていく。自然を満喫しながら彼は、あることを考えていた。
「天神界を作り出すきっかけとなった伝承上の女神、それが実在する神だった。それが私たちの最大の不幸。彼女を止めなければ、何もかもが終わる。人間界だけを消すなどと言っていたようだが、そんなことをすれば他の世界もすべて消えてしまい、女神は孤独となる。なぜ私たちが先に気づいたのだろうか。本当に」
オーダインもまた、侵略魔たちと同じ未来の危機を感じていたのである。そしてそれは、ハーネイト、そして伯爵が長い長い戦いに巻き込まれるという未来を確約しているものであった。
「それにしても、拠点はほとんど潰したはず。なのに勢いが衰えない。謎だな」
そう彼は考えつつ、短いひと眠りに入った。早く会いたい気持ちを少し抑え、今は力をためてからそう決戦に備えるため、彼は精神を研ぎ澄ませていたのであった。
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