第63話 城に辿り着くも


 そんな中場面はハーネイトたちの方に戻る。


 伯爵はウルグサスの背中から勢いよく飛び降りると、風に乗るように滑空しつつ地面に降りていく。それに続いて巨大な塊と化して落下するユミロたちの姿が見える。


「早く城まで向かわなければ」


「伯爵!着地地点をよく見て!」


 リリーの言葉に反応しおり立つ予定の地点を目視で確認すると、魔獣の群れを捉える。


「うじゃうじゃいやがる!っせえ!邪魔をするな!」


「震えろ、フルンディンガー!」


「ぬん、斬空撃!」


「行くわよ、桃色之刃衝(ロザード・エスパーディア)! 」


 伯爵はそういいハーネイトを抱きかかえた左手はそのままに、右手を紫の霧状に変化させ、それを勢い良く伸ばし触手のように形成し魔獣の群れをなぎ倒し、触れたものすべてを分解しつくす。


 それに合わせユミロたち3人も息を合わせ、残りの魔獣たちを各自が得意な技をもって吹き飛ばし伯爵の進む道を作ったのであった。


「ちっ、リリー!更にスピード上げるぞ!」


「うおおおお!」


 更に伯爵は両足を霧にしてそれを噴射し、迷霧の森を激しく突っ切るとわずか数分で日之国の西門まで辿りついた。それに合わせユミロも速度をいきなり上げてその巨体で木々をなぎ倒すように全力で伯爵の後を追いかけていた。


「ここまでくればあと少しだ。しかし、あってすぐに違和感を覚えたが、俺とお前の生みの親は、同じか……道理でな」


 ハーネイトを左脇に抱え、城まで一気に飛翔する伯爵はその中で彼をどう治そうか考えていた。


「こいつは普通の人間とは作りが違いすぎる。それと炉心について自分も調べとくか」


「仕方ないわね。ハーネイト、耐えるのよ!死んだら殺してあげるから。勝手に向こうに行くなんて私は許さないわ」


「おっかねえこと言うな。……なにがなんでも俺が治してやる」


 リリーが恐ろしいことをボソッと口にした。それだけハーネイトに死んでほしくないという彼女の思いでもあった。


 言葉自体はとても恐ろしいもので、伯爵はリリーを落ち着かせるようにそう言い、ただただ前を見て猛スピードで街中を飛んでいた。


 更に数分後、天日城の城門まで到着し急いで城内に入る2人。その姿を見た田所は声を掛けようとするも伯爵に抱えられているハーネイトの姿を見て事情を察する。


 「ハーネイト様、一体何が。おい村井、至急人を集めろ、医者を呼んで来い!4階の大広間に急げ!それにあの巨人はっ!」


「ユミロ、少し耐えて。リフトウインド!」


 田所は近くにいた村井と言う男に声をかける。そしてユミロが建物内に入る前にリリーは彼の体重を通常の人間と同じにするリフトウインドと言う通常魔法をかけた。


 屋内の天井までの高さはぎりぎりユミロが通れるほどであったが問題はその自重であったため、リリーが気を利かせたのであった。それによりサイズが小さくなったユミロはリリエットとシャックスを地面に降ろしてから伯爵とリリーと共に城内を駆けあがる。


「はい!今医者を呼んでまいります」


「頼むぞ、ハーネイト様の身に何かがあったかもしれん」


 そう指示を出し、田所自身も4階に駆け足で階段を上った。


「今まで一度も倒れることがなかった彼が、なぜ」


 彼は動揺しつつも、まずはハーネイトの治療が優先だと頭を切り替えて階段を4段抜かしで駆け上る。


 その頃、事態に気付いていない南雲や夜之一たちはまだ話をしていた。


「いつ戻ってくるのかな、兄貴は」


「予定では今日か明日には戻ってくるだろう」


「そうしたらいよいよ本格的に遊撃隊の活動が始まるわね」


「一人の男の元にこうも同士が集うとは」


 そう話しているダグニスと八紋堀、そしてミカエルとルズイーク。しかしその平穏も突然終わりを迎える。


「はあ、はあ、お前らそこを退け! 」


「貴方は誰、ってハーネイト様!それに巨人と、知らない人が」


「わわ、ユミロさん!それに知らない二人の人間……って、ええ?」


「ハーネイト、一大事。意識がないっ!」 


 ミレイシアが伯爵に抱えられているハーネイトを見てすぐさま駆け寄り状態を確認した。


「ハーネイト様!私の声が聞こえますか?」


 ミレイシアの応答にも堪えられないほど彼は衰弱していた。わずかに目は開いているものの、意識はほとんどない状態であった。


「貸しなさい、すぐに寝かせて確認しないと」


「分かった。お前らぼさっとしていないで準備しろ!」


 目の前で一体何が起きているのか、その事実を頭で理解するのにほとんどの人が6秒以上かかっていた。それほどにハーネイトが倒れることが異常事態であり、普段ありえないことだったのである。


「ハーネイト様、お気を確かに!」


「この時が来たか。あの力が孫の中で完全に目覚めようとしておる。わしもあったからのう」


 ミロクとシャムロックはすぐに気づき、ミレイシアとともに伯爵から急いでハーネイトを抱きかかえて受け取ると、近くにあった敷布団にそっと彼を寝かせる。


「患者はどこですか?村井から話を聞いて駆け付けました」


 そう声が部屋の外からして、急いで部屋に入ってくる白衣のメガネをかけた女性。彼女は寝かされているハーネイトの姿を見た。


 この女性は城に常勤する医者であり、日之国一の名医と称される紅花三十音という。以前ハーネイトが日之国を訪れ、八紋堀と試合をした後に顔を合わせ、話をしてもらった彼女は彼の顔を見る。


「……これは。もしかして古代人が持つ力というあれですかミロク様」


「そうじゃな。久しいのうお主も」


 三十音は脈や呼吸を確認し、触診する。今までこのような状態になったのを彼女は見たことがなく、彼女自身も内心かなり動揺していた。


 実は彼女にとっても彼は恩人であり、だからこそどうにかしたいと必死で診察をする。


「この硬い物体は何かしら。しかし衰弱が激しいのは目に見えて明らかよ。ねえ、誰か彼の側にいた人は?」


 三十音はハーネイトの胸や腕などを触る。そして胸骨に当たる部分に何か機械の装置が埋め込まれているのを確認した。そして首を動かし周囲を確認する。


「俺だ、俺がその時側にいた」


「私たちも、です」


「そうです。彼は龍の治療の後急に具合が悪くなりました。急に体の力が抜けたように見えましたが」


 三十音の言葉に伯爵がすぐに答える。そして三十音の側に来て当時の状況を詳しく説明する。そしてシャックスも伯爵の説明を補う形で詳細に説明を述べた。


「そうなると、彼は力の使い過ぎで倒れたということになるわね。というかどんな治療法よそれは。本当に彼には驚かされるわね。元居た世界ではまずありえないわ。いや、ここでもそうよね」


 伯爵とユミロ、シャックスから話を聞き、龍の治療で、ハーネイトが能力を使い無事な部分を病変に張り付けて上書きするという常人では不可能な治療法を多用した結果、龍の力を制御できておらず体に相当な負荷状態を起こしているということは理解した三十音は、真顔でハーネイトの顔を見ながらも手を動かしていた。


「分かってはくれたか。たぶん、あれのスイッチが完全に入っていないのが、か」


「スイッチ?その前に貴方の名前は?」


 三十音の質問に、伯爵が低い声で自身の名前と紹介をする。


「俺の名前はサルモネラ・エンテリカ・ヴァルドラウン。長いから伯爵と呼んでくれ」 


「伯爵さんね。確かに名前長いけど、しかしサルモネラ?」


「なんだ、どうかしたのか?」


 三十音は伯爵の顔や頭に生えている角をまじまじと見つめる。彼女は今から13年ほど前に地球からこの星に漂流しており、地球にいた時も医師として活躍していた。つまり地球人の中でも現代人であり、21の時にアクシミデロに来ている。そのためサルモネラと言う名前を聞いた彼女は何故彼が微生物、しかも食中毒の原因菌の一つ、サルモネラの名前を名乗っているのかが気になったのである。もちろん角や顔つき、雰囲気もそうであった。


「い、いえ。しかし不思議な名前と、ご立派な角ですね」


「あ、まあ、まあな。それよりもハーネイトの状態は理解しただろ?」


 伯爵は三十音の言葉にまごつきつつも答える。それを見てミカエルが話しかけた。


「ねえ伯爵、あなた微生物で何でもできちゃう王様なのでしょう?あのときのようにハーネイトを治せないの?」


「そうだった、師匠の相棒さんなら何かわかるかもしれないぜ」


「何か知っているのでしたら教えてください。微力ながら私たちも手伝いますよ」


 ミカエルはハーネイトがオプタナスと戦った後のことに触れる。微生物を癒しの力に変える能力を目の当たりにした彼女ならではの言葉である。しかしそのワードは、今この場にいる他の人たちにとっては疑念と恐怖を感じさせる言葉であり、隠しておかなければならない情報でもあった。

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