第44話 森の先で起きた魔女誘拐事件


「はあ、何て早い獣だ。あれ、獣の代わりに可愛い女の子がいるな」


「伯爵っ、いきなりスピード出しすぎよ。あとあまり色目使わない」


伯爵はハーネイトの無事な姿を見ながら魔女の方を食い入るように見ていた。そしてそれに気づいたリリーに彼は頬をつねられた。


「つつ、わかったよ。フッ、無事のようだな」


「伯爵、リリー!ああ、どうにかな」


 彼はやれやれだといった感じで伯爵に無事であることを証明した。


「相棒らしくねえな。普通ならあの程度避けられるだろ?」


「術者が直接目の前で詠唱していれば余裕だったが、そうじゃないケースだと防ぎづらい。遠隔型の詠唱術は聞いたことも見たこともなかった。……誰だって調子の悪いときはある」


「それもそうだな、まあそういうことにしとくさ。しかし、おいおい。何女の子泣かせてるんだ?ハーネイト」


 伯爵が少々意地悪なことを言いハーネイトは軽くからかう。それに対して彼はそうじゃないと慌てて反論する。


「ち、ちがうって。話してたらいきなり泣き出してさ。俺が泣かせるわけないだろ?泣かされる側、だし基本」


「そうね、泣かされるなら前にあったわね。本当にあなたの女運のなさは」


「それは言わないでよリリー。何でもこの女の人、妹と母親を何者かに誘拐されたみたいなんだ」


 彼は伯爵とリリーにも事件の概要を説明する。


「本当に?それは、ひどいことをするものね。場所は分かっているのね?」


「そうだな。それとすまないがお嬢さん、名前と職業は?」


「ひぐっ、私は、ドロシー・ステア・ミカエル。ミカエルと呼んで。魔法使いよ。魔女の街ルーフェに住んでるの」


 改めて名前と職業を3人は確認し、ルーフェという言葉を聞いた伯爵はそれに関してあることを思い出した。


 それは今から約一月前、伯爵の腹心であり連絡係のリステリア広報官からとある報告が挙がっていたことである。内容は、魔法使い、しかも治癒魔法の使い手が多い魔女を中心に謎の失踪事件が起きていること。


 その裏に、DGとは違う組織が暗躍してる可能性があるというものであった。またその組織がルーフェの近くの町にある可能性を、部下からの報告書は示唆していた。


「ルーフェ、もしかすると。教団の仕業かもしれないな。確かそのあたりに本部があったはずだ」


「ハルクス龍教団のことか。あの龍ばかり信仰している集団だ。しかしどういうことだ?」


 ハーネイトも風の噂で聞き、独自に調査を進めていたため伯爵の言葉をすぐに理解する。約4年前にできたとされる信仰集団「ハルクス龍教団」は、すべての生きとし生けるあらゆる種類のドラゴンをひたすら崇め、なおかつ他の神々の存在も否定をしない多神・ドラゴン教の集団である。


「部下からの報告で気になったことがあってな。最近魔法使いが行方不明になる案件があったという。そしてその地域がルーフェ及びその付近の街だとよ」


 伯爵の部下であるリステリアたちからの報告と地理的な状況を合わせて分析し、伯爵が早速一つの答えを出す。しかし接点についてまだ考えがまとまっていなかったハーネイトは伯爵の言葉に驚く。


 何よりもハルクス龍教団は非好戦的であり、慈善事業はすれどおとなしい集団であったため、周囲の国家や街も特段注意を払ってはいなかったのである。


「唐突だな。しかし報告が来ているのなら事実なのだろう。藍之進が話した霧の龍の存在と教団の関係と行方不明になる魔法使いたち、何か繋がりがあるかもしれない。それに、私の中に宿っている力の秘密も分かれば……」


「ああ。霧の龍はここ最近具合が悪いみたいだと、あのおっさんから話を聞いた。ハーネイトも聞いたはずだろ?」


 藍之進から以前聞いた会話の内容の中には、迷霧の森が周辺に住み着いた霧の龍の仕業によるもので、霧の濃度から何らかの異変が龍に起きているのではないかと考えており、余裕があれば確認してほしいと言われていたのだ。


「確かに聞いた。霧の龍の産み出す霧の濃度が上がって、人体に有害な状態まで上がっている。その龍に異変が起きていることは……そして」


「龍の異変は、奴らにとっては一大事だ。神様が病気になったものみたいだからな」


 龍教団の崇めるシンボルが病気になれば、そこに属しているものならば誰もがその存在を治そうとするだろう、そう伯爵は指摘した。


「そこで、龍の異変を治せそうな魔法使いとかを見つけては、さらって脅迫でもして治してもらおうと考えてると?治癒魔法使いって、そもそもお前以外にどんな病も治せる奴いねえだろ」


「そもそも私とハーネイトに頼めば91番で治してあげるのに。しかしそう考えると、捕まった魔法使いたちも普通に元気にしてそうね。殺す目的ではなさそう」


 伯爵とリリーの推測を聞き、ミカエルも冷静さを取り戻し、話をする。ただでさえ魔法使いは少ない存在なのに、ましてや治療に特化した人材など数えるほどしかいない。それにしてもやり方が強引だとハーネイトは思い、どうするか考えていた。


「どこでその情報を手に入れたかはともかく、そういう状態なのよ。ルーフェの南西方向にさらに街があるんだけど、そこにハルクス教団の建物があるの。私は薬草の採集をして町の外にいた際に、友達から妹と母が何故かその街にいると聞いて向かったのよ。少し前から2、3人行方不明にはなっていたからもしかしてとは思っていたわ。一体奴ら何を考えているのでしょうね。素直に頼めばいいじゃない」


「それもそうだ。こうなると大体証拠は出揃ったかな。もう伯爵一人でいいんじゃないのかこれ」


 彼は改めて、伯爵の情報網の広さと能力に驚愕する。ハーネイトがやや不本意ながらも危険な存在である伯爵をそばに置いているか。それは伯爵の手綱を握っておきたいのに加え、全世界を網羅するほどの情報の広さを持つからである。そのため今回起きている事件も伯爵自身はよくわかっており、その気になれば伯爵だけでも問題解決できる範疇であった。


 しかし彼の性格がそうさせず、今の状況を楽しんでいる節があるためハーネイトも心のどこかでやきもきしていた。しかし実際のところは彼のこの能力、幾つか制約があり、多用はできないし、何よりもあまり目立つと伯爵本人が怪しまれて動きづらくなるというものがあった。


「へっ、こちらも伊達にハーネイトのやってきたこと見ている訳じゃねえよ。情報収集ならば、俺の方が上だからな。部下に街の様子は見張らせている」


「伯爵の力については否定はできないな。その街までいって、ミカエルの妹と母親を助け出さないとな」


「しかし、相手は並みの魔法使いなら捕らえる術がありそうな相手みたい。大丈夫なの?」


「確かにな、先程のだとハーネイトが捕まりそうだわな」


 先ほどのミスについて2人はハーネイトにそう言う。それに対し彼はこういい、作戦があると説明する。


「言ってくれるね、こうなったら外側からあれ使って結界吹き飛ばす。それならリスクも低いからな」


「あれって?」


「それは、結界吹き飛ばすときに見せる。とりあえず、夜之一領主に報告しないとな」


 ハーネイトが肩の力を抜き、城の方をみる。すると城の方から八紋堀や南雲たちがやって来た。


「ハーネイトさんは無事だな」


「伯爵さんもいる。いないと思ったらそこにいたなんて」


 リシェルはハーネイトが無事であることを確認し、風魔が姿を見せていなかった伯爵の姿を捉える。


「それと、青い服を着た女性もいますね」


「用心せよ。あやつ只ものではない」


エレクトリールはミカエルを確認し、八紋堀は警戒せよと全員に伝える。一応魔法が使える彼は、青衣の女から溢れる魔力に警戒していた。そして全員がようやくハーネイトたちのもとにたどり着いた。


「はあ、はあ、ハーネイト殿、ご無事ですか?」


「はい。それと街の被害もないですよ。しかしびっくりですよね」


 彼は八紋堀に被害の状況を説明する。道路に獣の足跡はあど、すぐに整備できる。建物などへの被害を出さないように気を付けていた彼は辺りを見回してホッとする。


「もしかしてハーネイトさんが食べられちゃうのではないかと心配でした」


「はは、それは大丈夫だって。それよりも仕事の依頼が入った。この人を連れて、城に戻りたい」


「ハーネイト殿、まさかとは言いたいがそやつ、手紙を送った魔女か?」


 その言葉に八紋堀の表情が厳しいものになる。それを見てハーネイトが彼女が置かれている状況を説明する。


「確かにそうですが、八紋堀さん、少し落ち着いて。このミカエルさんは、私に誘拐された家族を助けてほしいとここまで来たのです。粗っぽいし雑な手口ですが」


「申し訳、ありませんでした。ご迷惑をお掛けしてしまって」


 ミカエルはその場で深く反省の礼をした。


「一度報告するため、城に戻りたいが、ミカエル、城で暴れるとかしないでね?さっきの話から奴らが犯人としても殺すために誘拐したとは思えないし、まだ猶予はある」


「はい。ルシエルとビルダーお母様は無事なのは分かっています」


「やれやれ、今回はハーネイトに免じてやるか。しかし、妙な真似をするなよ?彼の信用に傷をつけることはするな」


「はい、わかりました」


 その後、ハーネイトたちはミカエルを連れて城の中に入った。そうするといつもの大広間の部屋で夜之一がじっと座ったまま待っていたのであった。

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