第35話 忍里の学長・藍之進龍之輔
ハーネイトは里の光景に驚いていた。そこにいる人たちは荷物を運んだり会話をしていたりと、魔力の濃い霧の中でも多くの住民が平然と生活を営んでいたからである。
自身もシャックスの矢を受けてだいぶ慣れてはきたが、彼らはよくこの厳しい環境の中にいられるなと思いつつ、民たちの生活の様子を観察していた。
「こんなところにも街があるのね。驚いたわ」
「これが隠れ里ってものか。確かに中々見つからないものだな。伯爵の能力でもない限り探し出すのは難しい」
「確かにそうだが、それでもこうして来てみると、違った雰囲気を感じるぜ。しかし湿気のせいか、纏っている眷属(けんぞく)の動きが鈍る」
「ここは長年忍者を輩出、派遣してきた唯一の拠点、霧隠里ですよ。あの中央にある建物がハーネイト殿の宿です」
二人は先ほどから気になっていた建造物に改めて視線を向ける。周りの建造物よりも明らかに大きく、また中央の塔には巨大な時計盤が設置されていた。
「巨大かつ、この地域にそぐわない建造物、なんだあれは」
「あれは、忍育成専門学校、通称「シノセン」です」
「あれが学校とはな。しかも周りは木造屋敷が立ち並ぶのに、コンクラト;(コンクリートのここでの呼び名)で出来てるな」
伯爵の指摘する通り、里のやや南側にある巨大な建築物は里の中にある、他の木造の建築物とは大分作りが異なっている施設が存在していたのであった。しかもかなり大きく、立派なつくりをしていた。どのように資材を集めたのかも不思議に思っていた。
「そうです。この学校は、今回ハーネイトを呼んだ依頼主の藍之進様がお建てになられました」
「そうか、しかし霧がなければ目立つな、この建物は。風魔よ、案内してほしい。その人のところに」
「かしこまりました、ハーネイト様」
風魔がハーネイトらを案内し、数分歩くと建物の入り口についた。
「こう近くで見ても、立派な施設だ」
「ここなら安心して休めそうね」
「ハーネイト様?今から案内しますので藍之進様のところまで来ていただけますか?」
「分かった。向かおうか」
ハーネイトは風魔の後ろについていく。そして彼は施設内をゆっくり見ながら風魔と話をしていた。
「それじゃそこのお二人さんは此方へ。ゆっくりしていってくれよ」
「おう。頼むぜ。んじゃ後でなハーネイト」
ハーネイトと伯爵は別行動を取り、ハーネイトは建物の4階まで風魔と足を運んだ。そして大きな木製の扉の前に来ると、風魔は扉をノックした。
「藍之進様、風魔です。ハーネイト様をお連れしました」
「うむ。通してよいぞ」
中年の男の声と同時に、部屋の扉がギギギと音を立てながら、ゆっくりと開き部屋の中が見えてきた。
ハーネイトは風魔に案内され部屋に入るとそこにあった大きなソファーに座り待たされた。すると部屋の奥から、威圧感のある雰囲気を醸し出す、大柄で白髪白髭の男性が現れた。年は40代後半のように見え、よく手入れされた髪や髭、黒地に金のラインが目立つ和服を着た男である。
「お主が噂に聞く解決屋、ハーネイトか」
「はい、確かにそうですが」
目の前に立つ大男は握手を求めた。それに応えハーネイトは立ち上がり、そっと握手をした。
「私はこの里を治める者にして、忍専門学校の学長でもある藍之進龍之輔(あいのしんりゅうのすけ)である!わざわざ遠路遥々から来てくださるとは、嬉しい限りですな」
「は、はあ。よろしくです藍之進さん。しかし話によれば私の他に解決屋が現れてから忍の活動に影響が出ているという話を聞きました」
こうハーネイトが言葉を返すのは、自身が行っている仕事がどのくらい似たようなことをしている組織に影響を与えているのかが気になったためであるという。彼は仕事に関し、できるだけ競合するところがないように、それなりに気を使っていたという、
彼自身も数多くの幅広い業種の仕事や依頼を引き受けているが、例えば暗殺については引き受けない。魔獣や機械兵と違い、どうも人相手だと思うようにいかないという。これも彼の出生に関わることである。また社会裏の仕事をしている人たちを刺激しないようにと言う彼の考えでもあった。
それから、実態が今までよくわからなかった彼らの仕事ぶりについて、ハーネイトは内心関心を寄せていたものの、警戒はしていた。
「確かにハーネイト殿の仰る通り、という所もありますかな、ははは。それでも今回そなたの力を借りたいのだ。話だけでもまずは聞いてほしい」
「分かりました。話を聞きましょう、こちらも、同じようなものです」
ハーネイトはやや複雑な表情を浮かべながら再度ソファーに座る。そして、風魔が茶を机の上に置く。
「お茶をどうぞ、ハーネイト様」
「すまない、ありがとう風魔」
「おやおや、すっかり仲良さそうではないか。では、本題に入ろう。一つはハーネイト殿に我が里の忍者を雇ってほしいのだ」
いきなりの彼の言葉に、ハーネイトはやや呆れた顔をする。開口一番に忍者を雇ってほしいと言われ、何が目的なのか探りを入れようとする。
「はあ、それはどういうことでしょう」
「解決屋という存在と、今の忍を比較して、こうも違いが生じているということについて話をまずはしよう」
笑いながらそう言う藍之進の思惑が分からず、ハーネイトは黙って話を聞き続ける。
彼によれば、解決屋という存在は彼や学校の生徒たち、世界中の多くの人の支えになっている事実がある。それに対し忍の世界はそれとは逆のものであり、穢れ仕事も少なくなく、日陰者と揶揄(やゆ)されることも少なくないという実情について、しばらく藍之進は話した。
この世界における忍者というのは、地球から転移現象でやってきた日本の戦国時代前後を中心に影で暗躍していた忍者たちと、この世界の古代人を祖先に持つ人たちであり、古来より受け継がれてきた忍法の数々と、古代人の創金術(イジェネート)能力を合わせもった人が多くを占めていた。
この学校も、その先祖が培ってきた技術を忘れず、転移により二度と帰れなくなった先祖たちへの敬意と本来の故郷である地球を忘れないという思いから設立されたものである。
この里の子供は、10歳から6年間ここで修業や学業に励み、卒業後は諜報や暗殺など本来の忍者としての任務に就くことになる。この「シノセン」の生徒数は現在263名、教師45名、設立から50年以上は立つといわれている。ちょうどできた時期にこの星で戦乱が起きており、その時代に必要に迫られ、そうした施設と機関を設立したという。
これらのことをハーネイトに説明しつつ、藍之進は改めて彼にお願いをした。
「そこで、解決屋の原初にして最強と謳われるハーネイト殿に、うちの忍たちを指導していただきたいのだ」
「もともと私は一匹狼で動いていましたし、どうもそうしてほしい理由と意図がよく分からないのです。逆にこちらから雇ってみたいと話をしていたので、出ばなをくじかれた感があります」
「それは、済まなかったな。まあ、今回こちらがなぜそういう話をするのか話を聞いてほしいのう」
その言葉に藍之進は忍者たちの事情を説明する。彼もそれを聴いてそれなりに把握した。暗く、評価されづらい裏の仕事よりも、誰かから感謝されやすく、やりがいのある解決屋の仕事に魅力を感じる若者がこの忍の里でも少なくないということも理解した。
「そうなのですね。周りからはそういう認識をされているということか」
「どうしたのだ、ハーネイト殿」
「いや、自身の行ってきたことは正直自己満足の域を出ないと言いますかね、あまり褒められたようなものじゃないのにと思ってます。そもそも、私はあの血海を生み出した怪物の血を浴びても何ともない化け物ですし、私の活動は罪を償うようなものですから……」
彼は率直に、心の中で思っていたことを藍之進に話す。自分はあの凄惨な事件を1人生き残り、泣きながら周囲の村を守るため事件が発生した村を魔法で焼いた。そのことがずっと尾を引きずっていたのであった。生き残ったからには、何か誰かのために、尽くしていかないといけない。その想いと助けられなかった後悔と無念が、彼の救済活動の源泉である。
「何を言いますか、お主がいなければ7回も世界は崩壊し、戦争で多くの人が失われた。血海を消しながら怪物を倒し続けてきた話も、知っておる。そもそも、人の本質も他の生き物の本質も変わらないと思うがね」
「それは、はい」
「誰もが生き延びるたびに毎日必死に動いている。ましてやこの世界は過酷だ。外の世界から多種多様な魔物や悪魔などがやってくる。それを撃退し、素材を利用して多くの命を助け、都市や経済の活性化を促したのもハーネイト殿のおかげだ。昔何がそなたの身に起きたかはわからぬが、その行動は皆にとっては最高の幸せなのだよ。誇りを持て、魔法探偵にして解決屋よ」
藍之進の言葉に、ハーネイトは考え込んでいた。その言葉にすべてがすぐ納得できるようなものではなかったものの、確かに事実は事実であるし、そういう考え方もあるのだなと理解はできた。
「確かに、一理ありますね」
「まだ納得していない表情であるな?事情はいろいろあるだろうが、わしはお主の活躍を聞いて安心しておる。しかしそれを妬み入らぬことをいう輩も少なくないだろう。ましては他と違う力を秘めているようだからのう。それは古代人の多くが生まれてすぐに埋め込まれた力でもあるが……」
「古代人に、そのような秘密が?それが私の中に?」
「ああ、あるぞ。凄まじい、しかも6つも宿している。相当な改造を受けて生まれてきたのは分かるが、しかし誰が……。だが、その力あってお主は多くの命を救える。恐れてばかりでは、前に進めないぞ若者よ。時に開き直るのも手だ
藍之進の言葉は深みを感じ、ハーネイトの心に少し響く。不安になったり、怖くなった時こそ堂々としていれば、悪い気も退けられる。そう思った彼は思念にふけっていた。
しかも彼は自身の中に何か力が埋まっていることを教えてくれた。ハーネイトはそれを聞き、それがあのフューゲルの言う力なのかと思うと、複雑な感じになるが古代人なら大体それを持っていると言うことも知ることができ、どこかほっとしていたのであった。
「開き直るか、考えたこともなかった。もう少しいろいろ分かってくれば、そうして吹っ切れることもできるかもしれない」
「そうか、まあ時間が解決するときもある。焦らないのも大切だろうな」
藍之進は一通りハーネイトに助言をし、話の話題を切り替えた。彼もハーネイトの感覚のズレに対し違和感を持っていたのである。
妙に謙虚と言うか、活躍のすごさに反比例する自身のなさの表れが雰囲気として出ている状態を感じ取り、彼なりにアドバイスをしてみたのであった。
「それとな、もう一つ教え子らを雇ってほしい理由がある」
藍之進はハーネイトに対し先ほどと違った雰囲気で話を更に切り出したのであった。その彼の気迫は、悲しみと怒りが融合したものであり、ハーネイトの表情もそれに呼応し真剣になった。
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