第27話 夜之一からの依頼・技術者失踪事件調査


「構いませんが、何かあったのですか?わざわざここまで呼び出して」


夜之一の表情を見て、ハーネイトはすぐに仕事人の表情になった。


「ハーネイトよ、鍛冶屋の鉄蔵は覚えておるか?」


「ええ、覚えていますよ。彼の作った道具類は非常に丈夫で、私も高く評価しています。しかしその素振り、もしかしてその鉄蔵に何かあったのですか?」


 ハーネイトは、かつて小道具を作ってもらった鉄蔵のことを聞く。何でも、半月ほどから連絡が取れず、家族からも捜索願が出ている状態だと、夜乃一王はハーネイトに説明する。


 すると。鉄蔵の家の近くにこのようなものが落ちていたと言い、夜之一は彼にカードのようなものを見せた。


「これは、魔法の紋様、魔脈と、何らかの魔物の絵柄か。これが落ちていたと」


「ああ。なにか心当たりはあるか?」


「以前これから放たれる邪悪な気を、敵の戦闘員から感じました。このカードを調べることで鉄蔵の元にたどり着ける可能性はある。調査しましょう。一旦カードを私に預けてくれますか?」


「分かった。では頼んだぞ。報酬の方を用意しておこう。しかし、尋ねたいことがある」


「はい、なんでしょうか?」


 夜之一の声のトーンが低くなり、ハーネイトもやや声の調子を下げつつ返事をする。


「ハーネイトよ、お前は人間は好きか?」


「は、はい、それはそうですよ」


 いきなりの質問に言葉をやや詰まらせながらも肯定の返事を返す。


「本当に、そうか?あれだけ1人が気楽だと言っていたお主がな」


「それは、確かにそういうときもありましたよ。……本当は、一人ですべて片付けたいと思っていますし、私をあのような戦いに半ば強制的に駆り出させた人たちは、正直……」


 不意に本音を出すハーネイト。彼自身長い旅をしてきた中でいいことばかりではなく、時に恐れられひどい仕打ちを受けたことが何回もある。


 彼の体には人知を超える秘密が隠されているものの、心自体は人そのものであり、それを超える者はない。


 また感性についても普通の人よりも純粋で少し傷つきやすいところがあった。周りから英雄として期待される半面、ある事件の生き残りという事実から恐れられ嫌われたこともあった彼の心はずっと限界な状態のままであった。それを見抜いた夜之一は気になって質問したのである。


「すぐには解決できないこともある、か。前々から人間離れした力を持っているとは感じていたが、それなりに苦労もあっただろう。そうではないのか?」


「……そう、ですね」


 少し黙り込んで、そう答えるハーネイト。それに夜之一が優しく言葉をかける。


「私はな、お主にもっと好きにやってほしいと思っているのだ。それと、自身のことももっと誇りに持って、堂々とな」


 夜之一は薄々ハーネイトが、何か人とは別の存在ではないかと感じていた。以前彼が日之国にいた際、魔獣退治や八紋堀との剣術試合の際に、ハーネイトの強力な能力を幾つも見ていた。


 しかしその力について威張ることもなく、逆にどこか自身の力に怯え不安がっている表情をその目で見ていた。それとその動作や技術などを普段巧妙にそう悟られないようにしている点も見抜いていた。


 だからこそ、気楽にやってくれと言葉をかける。自分の信じた道を進めばいいとハーネイトにそういった。


「好きに、ですか。それで嫌われたら?」


「そのときはそのときだ。あまり考えていても進まないときはある。それに私はハーネイトが人の道に外れたようなことは決してしないと信じているからな。それだけは伝えておく」


 彼なりに言葉を選びつつ、ハーネイトを信じているから嫌いになることはないとそう伝えた。


「ありがとう、ございます。自分なりに答え、考えてみます」


 まだ表情は暗いものの、彼は顔をあげ夜之一の顔を見る。


「すぐには見つからないかもしれぬが、この先何かわかることがあればよいな。そうだったな、このカードだ。仕事の方をよろしく頼む」


 ハーネイトはカードを受けとる。そして夜之一は書庫の中に入る。ハーネイトはその後肩にかけていたコートをふわっと羽織り、刀を腰につけると城の外にでて早速鉄蔵の家に向かう。


「あのカード、妖気というか邪悪な気配をを放っていたが、やはりただものではない。何か裏があると見てよいな」


 そう考えながら、10分ほどでハーネイトは鉄蔵の家についた。家の中に人気はなく、もぬけの殻のようだった。そして入ろうとした時家の奥から緑色のガスがこちらに向かって襲ってきたのだ。


「さて、うっ、な、何だ。ガスかこれ。やれやれ、これで眠らせて運んだのかね。吹きすさべ、斬衝!」


 ハーネイトはすかさず外に出た。鉄蔵の家の中には、まだ残留したガスが残っており、危うく吸い込むところであった。別にガスを吸い込んでも、ハーネイトに毒の類は固有能力により問題はない。だが彼は一応警戒して回避行動をとった。そしてガスを魔法で除去することにした。


「しかし、内部を見た限り荒らされた形跡はなく、おそらく鉄蔵はガスで眠らされ、誰かの手により連れていかれた。ということになるな。問題は誰が何のためにだが」


 ハーネイトは内部を確認した後家の周囲を見て回る。1つの証拠も逃さないように、自身に探知能力を引き上げる魔法をかけてから地面、壁、空をくまなく確認する。


 すると、玄関先の周辺で見慣れない装飾品を見つけた。拾って見ると、小さく八頭の葉組 波伴遠雷 と書いてあった。


「思いっきり証拠品がある。敵さんも間抜けとしか言いようがないぞ。つまり行方不明事件と八頭の葉組について関係性がありそうなのは確かだ。しかし、先ほどから、何だこの嫌な気は」


 ハーネイトは次に聞き込みを行った。鉄蔵の向かいにある家の住民に話を聞く。半月前に何か不審な人物を見たかと、住民たちに聞いて回る。


 それによると、約10日前に八頭ノ葉組の籠が鉄蔵の家の近くに来たという。しかも落ちていた装飾品を見せると住民の1人が答え、それは八頭の葉の組員を証明する代物であることが分かった。


「ハーネイト殿、八頭ノ葉組には、どうかお気を付けなされ。最近のやつらは以前よりも過激さが増しておる。それと、八頭ノ葉を追っているものが、この区の外れに居ります。珍しい2階建ての建物なので、見ればすぐに分かります。尋ねてみてはいかがでしょうか?」


「どうもありがとうございます。気を付けておきます」


 ハーネイトは更に、先ほど話をした住民に教えてもらった家を訪ねる。すると一人の男が現れた。


「誰だ」


 男は威圧するように部屋の奥からゆっくり出る。彼の名前は吉田川修造という。日之国の特殊部隊「影陽」の諜報部員であり逆だった茶色の髪と、着崩した薄茶色の着物が特徴のやや老けた男である。


「ハーネイトです。久しぶりですね。住民の方から八頭ノ葉組について詳しいと聞き訪ねてきました」


「おお、ハーネイトか。久しぶりだな!風の噂に聞く、解決屋になったと。一杯飲みながら話をしたいところだが。その時間はなさそうだな」


 吉田川はハーネイトの顔と声を聞いて表情を柔らかくした。


「そうです。実は夜之一領主からの依頼で」


 ハーネイトは一連の流れを吉田川に説明した。


「そういうことか、しかし密偵のことがなぜ住民に」


「確かにそうですね。しかし、それで吉田川のいる場所が分かりました」


「まあいい、おかげで強力な助っ人が来てくれたのだから、気にしないでおく。しかし、誘拐事件と八頭の葉に一連の関係があるとはな。確かにこの町内で2人行方が分からんのだ。鉄蔵の他にもな」


 吉田川は、改めて事件の詳細をハーネイトに教えた。それについて、誘拐された人に関する共通項が何かないか、ハーネイトは確認する。


「その人たちに、何らかの共通項はありますか?同じ職業とか、趣味とか」


「確か一人は元カラクリ兵器工場の幹部、もう一人は輸送用カラクリで働いていたという。御用警察も動いているがまだ見つからないらしい」


「二人ともカラクリ、鉄蔵は鍛冶屋。機械系の工学に詳しい人ばかりだな」


「一体何を企んでいるのか。しかしカラクリ、カラクリ…あっ!」


 吉田川の表情が固まる。何かを思い出したようだ。


「どうした?」


「今から一ヶ月ほど前に、私が見つけ出した彼らの秘密拠点と思われる場所に、大型の機械が運び込まれたと。しかも話によれば古い戦闘用カラクリらしい」


「つまり、やつらは誘拐した技術屋集団の手で、古いカラクリを直して何かやる予定かもしれない」


「だからカラクリを直せそうなやつらを誘拐した、ということか」


「ありえるな。しかも戦闘用のカラクリか。さらに、夜乃一王から聞いたが、八頭ノ葉は今の政府の体制に不満があるという。それに謎のカード。怪しい要素が満載だ」


「ん?カードだと?いま持っているか」


 ハーネイトは吉田川にカードを一旦渡す。


「お主、これはあかんやつだ。どこで手にいれた?」


「手に入れたも何も、依頼を引き受けた際に夜之一領主から預かったものだ。此れの調査も平行してやろうとおもったら、このような事態になった」


「そうか、私も人伝の話だが、このカードという代物は、人を魔物に変える物らしい。潜入捜査の時に、見慣れない茶髪の軍服の男と八頭の葉の幹部らしき人物が話をしたのを聞いた。報告しようとした矢先にハーネイトが来たからまだ伝えてないぞ」


「話が本当なら、かなり嫌な話だな。仮にその茶髪の男がDGだとすると、日之国も危ないかもしれん」


「ああ。そうだ、今日は八頭の葉組は会合がある日だ。夜に隠れ家に強襲を仕掛ける。それまでに急送便で事の次第を夜之一様に伝える。ハーネイトも出来れば仲間を呼んだ方がいい。飛倉から話は聞いた」


 そういうと、吉田川は手紙を急いで書く。それを見てハーネイトも、携帯端末でリシェルに連絡を取る。


「はい、ハーネイトさん。夜之一様から話を聞いていましたが、いま何処にいますか?」


 リシェルは先ほど起きたのか、眠たそうな声でハーネイトにそう言う。


「かしこまった話し方しなくてもよいぞ。今依頼を受けて調査中なんだが、夜之一様直属の密偵と会ってその家にいる。そして誘拐された人たちがいる可能性のある建物を特定した」


「そうですか、私たちも向かいましょうか」


「南門方面に物見櫓があるはずだ、そこで上から監視を頼む。場所は発煙弾で知らせる」


「分かった。突入するなら連絡を先にお願いします。支援は任せといてください」


「ああ。では所定の場所に」


「分かった」


 ハーネイトは電話を切った。電話を受けたリシェルは、エレクトリールに声をかける。


「エレクトリール、話は聞いているか?」


「はい、ハーネイトさんの声が聞こえました。南門の櫓に向かいましょう。夜之一さんに言ってきます」


エレクトリールが夜之一に内容を伝えるため部屋を出ると、リシェルは銃を担いで城門まで向かう。そして仕事中の夜之一に、エレクトリールはハーネイトからの連絡を伝えた。


「分かった。実は密偵からもたった今速達の手紙が来てな、恐らく狙いは私のいる城だろう。運び込まれたとされる兵器は恐らく、対城用の可能性が高い。ハーネイトとお主らで、奴等の謀略を阻止しろ。こちらも有事に備え召集をかけるが時間がかかるゆえ、お主らが頼みの綱だ」


「分かりました。南門の櫓まで向かう必要がありますが、使用して構いませんか?」


「それは問題ない。ここから歩いて10分ほどのところにある。それと八紋堀、案内をしてあげてくれ」


 夜之一は八問堀に声をかけ、案内をするように指示する。


「はっ、ではエレクトリール殿。私についてきてください」


「分かりました。案内をお願いします。リシェルさんは既に城門の方に向かっています」


エレクトリールと八紋堀は部屋を出て、城門で待っているリシェルと合流後、櫓に向かった。一方で、ハーネイトと吉田川は八頭の葉の隠れ家の近くまで来ていた。


「あれが、奴等の隠れ家です。すごく、でかいですね」


吉田川は町外れの古く頑丈な建物に指さす。その建物はまるで工場のようで、煙突がいくつもある。その先端からは弱弱しく、灰色の煙が煙突からもくもくと風にたなびいていた。


「あれか、確かに中で機械を動かす音がする。建物の外観に反している感じといったところか」


 ハーネイトは聴覚などを魔法で強化し、建物の中の音を探っていた。


「そこまでもう分かるのか。頼もしいな。では、様子をうかがいながら、18刻丁度に突入だ」


「ああ。こちらも発煙弾で仲間に知らせる」


二人は建物の影に隠れながら、隠れ家を見張っていた。暫く監視していると、数名が辺りを気にしながら建物の中に入るのを確認した。


「粗方人が入ったみたいだな。行くか」


ハーネイトはポケットからペンを取り出すと、ピンを抜いて隠れ家の壁に投げ飛ばし突き刺す。すると、1分ほどして、ペンから赤い煙が静かに、モクモクと立ち上がる。


「発煙弾か。これなら仲間たちも場所が分かるだろう。いいものだな。では行こう」


二人は素早く隠れ家まで近づき、正面入り口にいた二人を背後から襲い気絶させる。


「まずはよし、では入る」


そうして彼らは建物の中に素早く入っていくのであった。そして二人は慎重に、しかし足早に建物内を進む。建物の中は薄暗く、物が乱雑に散らかっていた。


「不気味な感じがするな。見た目の割に、人の数が少ない。それに奥から機械音が断続的に響いている。音も大分近い。あの階段を下ればいける」


「わかった。あの階段だな?おっと、敵さんのお出ましだ」


走っている二人の前に突然部屋から数十もの、八頭の葉組員が現れた。全員が刀を構えすでに臨戦態勢である。


「なにもんや貴様ら!勝手に入った奴はぶっ殺す」


「もしや嗅ぎ付けられたか?」


「ここを知られたからには、生きて出られると思うな!」


厳つい形相の侍たちが全員、一斉に二人に襲いかかる。しかしそこは百戦錬磨の解決屋、ハーネイトは余裕な表情だった。


 ハーネイトはその場で軽く構え、腰に備えた藍染叢雲の束を軽く握り、目にもとまらぬ居合い一閃でまとめて切り払う。吉田川もワイヤーつき十手を巧みに操り数人を捕らえ、手早く気絶させる。


「なかなかの腕前だ」


「お主もな」


 そうして邪魔をする敵を排除したあと、階段を音を立てずに降りながら敵の幹部がいると思われる部屋に突撃したのであった。

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