第2話 負傷した異星人の若者・エレクトリール
事務所のドアから数回ノック音が聞こえてきた。それは何度も急ぐように、けれどどこか力なくコン、コンとリビングまで響き、眠りに入ろうとしていたハーネイトの耳内にそれは侵入する。
「ん……。来客、か。はあ、折角ゆっくり眠れると思ったが、来客なら仕方ない。お客様には笑顔で対応しないと」
疲れた表情を見せつつも、彼はソファーから勢いよく立ち上がって部屋を出る。どんな時でも笑顔を絶やさなければ、大体はうまくいく。
それを今までの経験から理解していたハーネイトは顔をイメージしつつ、警戒されないような表情を作っていた。
「はい、今開けますよ……っ! 」
そう気持ちを切り替えつつ、ノックの主に声をかけながら階段を素早く降りて、事務所のドアをゆっくり開けた。
そこには、傷だらけの中性的な容姿の人間が呼吸を荒くしながら手と膝を地面について辛そうにしていた。そしてすぐに地面に倒れてしまったのであった。
「おい、どうした。何があったのだ?……全身傷だらけではないか。と、とにかく家の中に入れないと。私に掴まれるか? 」
すぐさまハーネイトはその若者の体をよく見る。状態は思わしくない。早くに治療しなければ死んでしまうほどに打撲や火傷がひどい状態であった。
若者の身に着けていた服は所々破けて酷いやけどを負った皮膚がそこから見える。若者が来ていた装具は、不思議な一体型の、白を基調に紺色と黄色のラインが体の縁に沿って入った見た目が美しいタイツスーツでありこの星ではお目にかかれない作りであったため彼は不審に思った。
そもそも街の住民ではないことは一目見て分かっていたものの、改めて観察すると何者なのだろうか、疑問が次から次に浮かんでくる。しかし今はそれどころではないと彼は考えた。
ハーネイトが声をかけ、しかし応答のない彼を抱きかかえる。そのまま彼を背負うと、魔法で素早く玄関の扉を閉めて階段を上り、リビングまで担ぎ上げる。そして先ほど寝ていたソファーに若者を寝かせてから傷の手当てを始める。
「傷が多いが、浅いのが幸いか。しかし火傷がひどい。まるで爆発に巻き込まれたようだ。速やかに手当てと消毒か。いや、大魔法を使用した方が早いが……耐性があるかどうか」
彼は冷静にそう判断し、寝かせた彼の胸にある宝石を置いてから三行句の魔法を素早く唱えていく。今から彼が行おうとしているものは、優秀である魔法使いの証とされる「大魔法(アルティメタムマジック)」の詠唱である。
「魔を使いし咎人の定め、されど力無きもの、魔に全てを奪われる」
この世界に住む魔法使いは、幾つこの大魔法を行使できるかで位が決まる。110あるというこの大魔法は、すべて習得し行使できた人にその人固有の魔法を導くともいわれていた。
また、東大陸では医師や病院のある街が少なく、代わりに魔法使いが住民の傷や病気を治す役割を果たしていた。彼もその一人であり、魔法協会より正式な治療許可証を持っている。
というか、彼こそが魔法による身体、精神に関する治療術を構築し確立した、魔法医療術の祖である。彼はある事件により、同じような思いをする人がいなくなるようにと医者としての勉強し、それに魔法術を合わせることで多くの命を救済してきた実績がある。
また、実は一応事務所の入り口には病院を示すマークも表示している。
ハーネイトは、大魔法の考案者であり父であり、師匠であるジルバッドから魔法の極意を教えられ、
それを確実に行使できる存在である。師匠の死後、ずっと大魔法に関して研究と鍛錬を続けてきたこの男は、現在存在する魔法使いの中で最も最強と言われる存在である。
すると彼は91号の大魔法、あらゆる傷も病気も吹き払う風「万里癒風(ばんりりょうふう)」の詠唱をしっかり念じながら行った。
「石の反応が出ているから素養はあるものの、耐えきれるかどうかは天に任せるほかない。万象満たす 慈悲の世界風 癒しの風道界を渡りて 全ての傷病を祓いたまえ!大魔法・91の号、万里癒風(ばんりりょうふう)」
そうして詠唱が終わると、突然若者の体が新緑の風に包まれ、瞬く間に風が当たった箇所から火傷や切り傷が癒えていく。
それから若者は、生命の危機を脱するどころか、完全にけがや服の破損も治してしまったのであった。
現在110番まである大魔法の中で、90から99番台の大魔法は回復と補助系であり、そのどれもが通常用いられる魔法とは一線を越える力を持つという。そうして傷がいえた彼は意識を取り戻し、ゆっくりと目を覚ました。
「……どうにか、魔法に耐えきる体だったか。色々と運が良かったな、本当に」
「うう……。ここは、どこ、ですか……っ」
「目が覚めたみたいだな。そのまま寝ていたまえ。暖かい飲み物を用意しよう。体も冷えているようだ」
若者は意識を取り戻し、自身が負ったはずの傷が全くなくなっていることに気付く。ハーネイトは彼に声を掛けながら、近くにある湯沸し器からお湯をカップに注ぎ、彼に温かいコルフェ(コーヒー)を作ってあげた。
「おっと、甘い方がいいか?」
「は、はい。あ、あの、見ず知らずの私を助けてくださって、有難うございます」
若者は今置かれている状況がまだ理解できずも、目の前にいる濃緑の髪の男が助けたのだと確信し、ソファーから飛び起きるとハーネイトに一礼した。
「気にするな。魔法は人のため、世のためだ。それよりも、その前にお互い名乗らなければ。私はハーネイト・ルシルクルフ・レーヴァテイン。ハーネイトでいい。君は?」
「私はエレクトリール・フリッド・フラッガと言います。この惑星の外側からやって来ました」
彼は高く響く声でエレクトリールと自身を名乗った。そして自身がこの星の外から来た存在であることを彼に明かした。
「え、星の外から?そうなるとそれは異星、宇宙人と呼ばれる存在か。少し待て、とてもそうには見えない。言葉も……なぜ通じ合える? 冗談の類、ではないのか?」
彼は目の前に立つ、10代後半に見える幼くも見える人がこの星の人間でないことに驚いて、言葉が一瞬止まった。
それもそのはず、彼の肉体、容姿は至ってこの星に住む人間と何ら変わらなかった。顔つきや体のラインは中性的ではあるものの、どう見てもそのフォルムは人間にしか見えなかったからである。
今までハーネイトは、異星人について異形の存在ではないかと考えていた。今まで読んだ書籍からそういうものだと思い、もしもこの星に来たらどうしようかと思っていた。
そういった理由でいきなり別の星から来たといわれても彼は全く実感が湧かず、ハーネイトは今思ったことに関して疑問を口に出した。
「そうですか、しかし私はこの星から41レスア(23万キロ)ほど離れたテコリトル星の出身です」
ハーネイトの言葉にエレクトリールはそう返し、別の星から来たことを強調する。聞いたことのない単位と流ちょうな日之国の言葉の喋り方がますます興味と疑問を増大させる。
ハーネイトは彼の言葉に少し驚きながら、かなり甘めのコーヒーを口に含み、間をおいて味わいながら喉に流し込むと更に質問をした。
「テコリトル星か……って!伝承にも、遺跡から手に入れた情報にもあった異星の侵略者と呼ばれていた者の故郷……!あの、まさかと思うけど、昔のように侵略しに来たわけじゃないよね……? 」
「違います、よ。あれは遥か昔の話ですから」
エレクトリールはハーネイトの言葉にそれはないと断言し、彼の見せる表情にどこか見惚れていた。
ハーネイトもその中で、確かに侵略しに来たのならばもっと押し寄せてくるだろうし、その可能性は低いと考え少し笑った。
「それもそうだな。それで外から来た宇宙人というのはひとまず置いといてだ、エレクトリールはどうしてひどい傷を負っていたのか?答えられる範囲で構わない。……それにしても外から来たなら、探知能力で分かるはずなんだけどなあ。ああ、疲れているの忘れていた……」
エレクトリールは彼のその言葉を聞き、若干の不安を感じながら体を震わせつつその質問に答えた。
「ええ。実は私の故郷が謎の敵性存在に襲われて……大王様からこれを守って逃げろと、そして敵に追われながらこの星に逃げてきました。あと言葉、確かに通じますねえへへ。もしかしてハーネイトさんも異世界の言葉について詳しいのですか? 」
「まあ、な。ここにもよく異世界から人が飛んでくるし、その人たちの力で一度消えかかった文明が息を吹き返した。そして異界の言葉はこの星でもよく根付いているのだ。だから、異世界の人たちには感謝している」
互いに違う星の人なのに、普通に会話できているのはこの世界で起きる転移現象と、このアクシミデロにおける5国協定によるものであった。
転移現象はこの世界においてどの星でも起こりうるものであり、たまたまその言葉を話せる人たちが飛ばされてきて、そこで生活をする中で元からいた人たちと交流し、互いにないものを獲得するという活動が活発であった。
また5国協定とはこの星上に存在する5つの巨大国同士が取り決めた独占技術や文化、言語に関する取り決めである。
言語に関して優先権を持つ国が、異世界から来た日系人が作り上げた国「日之国」であり、多くの場所で元々その地に多くいた異世界人、日本系の人が主に使う日本語を用いるようにとの通達を出していたため、ハーネイトもその影響を受けていた。
彼はそのほかに魔法を習う際にドイツ語、フランス語、英語、古代バガルタ語、ハプトラ文字など多くの文字や言葉に精通しており読み書きも普通にできる人物であった。
最も大陸ごとに教育水準が異なっており、この星に元々伝わる言葉すら読み書きができない人も少なくない。ハーネイトはその文明及び教育格差の是正を行うために、稼いだ金を使い各地で学校を開き教員の養成も仕事の間にしていたという。
「そうなのですね、どこでもそういったものがあるのですか。どちらにせよ良かったです。ええと、これがその守れと言われたアイテムです」
そういいながら、エレクトリールはいきなり手元に青白く光る正八角形の結晶と、怪しく、鈍く光るグリップのようなものを7本取り出しハーネイトに見せる。
それを見て、ハーネイトは結晶体の方に触れようとしたが、体全体で感じる嫌な感覚を身に覚え、瞬時に指を止めて腕を体の方に引き込んだ。
「何だ、今邪悪な何かが体を駆け巡った感じだ。気分が悪くなりそうだ」
「大王様はこれを幾多の魂が封じられた結晶と言っておられました。こんなに小さいのに、測ることができないほどの質量と気を感じます」
エレクトリールは静かに、机の上に結晶を置いた。時折覗かせる妖光は、見るものすべてを引き込みそうなほどの魅力に満ちていた。
ハーネイトは先述したとおり魔法の使い手。魔法を行使する際に魔法使いは「魔粒子(まりゅうし)」と呼ばれるエネルギーを感じそれを形にすることで魔法を発動できるという。
この目の前にある結晶から、その魔粒子と似た、しかし何か違うような力の波動を肌で感じ取ったハーネイトはじっとそれを見つめていた。
「とにかく、これがただの鉱石、結晶ではないことは確かだ。この背筋からぞわっとする感じ、怖くなるな。それとそのグリップみたいな部品は?」
今度は銃の持ち手に見える物体を彼は手に取り、冷静に角度を変えつつ観察する。
「持ち手の部分が怪しく光るのが気になる。まるでオーロラのよう。美しくて引き込まれそうな色だ」
彼はその持ち手だけの道具を見続けていた。虹色のオーロラのような、紫を基調とした光を見ていると、以前この街に来た時、海を見た感覚と似たものをこの道具からも感じ、ひたすらじっと見続けていた。
「大丈夫ですか?それは、使用者の思う様に、別の空間に存在する武器を呼び出し使える、イマージュウエポンといいます」
「思うままにか、面白いな。この星には、私が発見及び調査した古代文明を含めても、今の調査段階では存在しない技術だろう。しかし何だこの懐かしい感覚は」
「そうですか。私もこれを使用しています。しかしこの技術は秘匿中の秘匿。だから結晶と共に持ち出しました。私の一族はこの技術の管理を任されていましたから。しかし懐かしい……?」
エレクトリールはこの道具をイマージュウエポンと呼び、あらゆる武器を召喚できる機能を備えていると説明する。
その話を聞きながら今まで旅をしてきた中でそのような道具は見たことはないと言う。そしてエレクトリールもハーネイトの発言に疑問を抱く。
「それはすごいな。確かに使い手によってはこの道具は非常に危険だ。突然多種多様な武器を呼び出せるというのは戦いで有利だろう。それにこの光、ずっと見ていたい」
ハーネイトのその言葉に、エレクトリールは驚いた顔をする。そして心の中で推測をする。
「この光を懐かしいと?もしかすると、ハーネイトさんは次元力を行使できる可能性があるかもしれない。しかしなぜ?」
エレクトリールは、光を感じてそれが好きであると理解したこの男について、自身と同じ力が使える可能性を考えていた。だがそれは、彼の出生と関係がありこの先彼の身に起こる不思議で危険な現象とつながっていくことを誰も把握していなかった。
「大丈夫かい?これ、良ければしばらく一本貸してほしいな。何かを思い出せそうなんだ」
「そうですか、別にいいですが、大事にしてくださいよ? 」
「少しだけ、だ。済まない」
エレクトリールは返事をし、物欲しそうにしていたハーネイトにそのグリップを一本預けることにした。
握った感触から、その時ハーネイトはかつてとある遺跡で発掘した剣を思い出し脳内でふとイメージした。すると突然彼は胸を押さえ苦しみだし、胸に何か紋章のような物がわずかに数秒、浮き上がったのをエレクトリールは目撃した。
「痛たた、胸がズキズキするんだけどこれ!前にもあったけど」
「もしかして、そのイマージュトリガーと貴方の体が、共鳴したのでしょうか。そうなると……まさか、大王の言っていたことは本当に?」
エレクトリールは動揺しつつも、彼の様子を見てどうにか大丈夫そうだと感じあることを思い出していた。
それは、恩人でもある大王が言っていた、未来にて世界を統べる者の特徴と彼が似ていたからである。
「本当に済まないな。さて、その結晶はどうしようか」
「これだけは私も長時間持つのは厳しいです。ですが重要なアイテムですしどこかに置いておくのもあれです。どうしましょうか」
エレクトリールの言葉にハーネイトは、その結晶に触れて念じる。するとそれはすぐにその場から消えて、イメージしなおすことで再度召喚した。
「何で?私ですら保管が容易でなかったそれをいとも簡単に。本当にあなたこの星の人ですか?」
エレクトリールは目の前で起きたことに思わず声を上げてハーネイトに質問する。
「うん?実はそれすらよくわからなくてね……。ある事件に巻き込まれて、そう思えなくなってる。まあとにかく、この物体はあまり触れていてはこちらも危険だ。今はこれでいい、ほら、取り出しは自由だ」
彼は自身の力の謎や出生が分からなかった。生まれた年も、誕生日も、分からないことだらけ。それが彼を大いに苦しめていた。
ジルバッドのことを父として見ているものの、心の中では漠然とした否定感が師匠の亡き後からずっと渦巻いていた。
確かに魔法のすべては引き継いだ。しかしそれ以外に持っている能力についてその出所がわからないものがあった。
今からもう10年以上も前に起きた、この星を襲った悪夢。それに対抗し一番前で戦っていた彼は、ある不思議な力を持っていた。
それは敵の血を浴びても何ともなく、血の影響を受けた存在を見破り一方的に倒せる力である。
しかしそれを、彼は受け入れることがどこかできずに生き続けてきた。今でこそ同じような人が何人もおり、仲間としているけれどそのせいで辛い思いをし続けてきた彼には、重く辛い鎖でしかなかった。
そのことについて言葉を選びつつハーネイトはエレクトリールに説明した。
「そうなのですね。それは、はい。……申し訳ございませんでした。そのイマージュウェポンと先ほどの反応、もしかするとあなたの言う力の源が何か分かるかもしれませんよ?それと石の管理、お願いできますか?」
「謝ることはないさ。ああ、これか。いいだろう。それとありがとう、エレクトリール。しかし、今後の身の振り方はどうするのだ?しばらく故郷へは帰れないだろう?」
「そうです、ね。宇宙船は大破しています。回収はしてありますし、部品があればどうにかなるのですが。私は、星を襲ったやつらの正体を暴いて、倒し、元の星に戻さなければならない。戻る手段を探して早くどうなっているか確認したいのです」
エレクトリールは壊れた宇宙船を治して、故郷に戻りたいという意思を伝えた。しかし彼には個人的な理由もありこの星でしばらく身を隠したいとも考えていた。それはこのハーネイトという男がすごく気になっており、彼の次元力や魔法について興味を持ったからでもあった。
「そうだな、そうするしかないよね。こっちもどうしたら帰れるか調べるよ。解決屋の名に懸けてな。パーツは、日之国に行けばどうにかなるだろうし治すだけなら部下に任せればいい。設計図があれば創金術でも使えば……さあどうするかってのああああっ!すごい衝撃だぞ、何が起きた! 」
「うわわっ! 」
彼がエレクトリールに帰る方法を探すのを手伝うといった矢先、ハーネイトの事務所に突然衝撃が走ったのであった。
立っていたハーネイトは一瞬よろめき、エレクトリールが勢いよく地面に倒れこむ。今までなかったことにハーネイトは驚くも、すぐにただ事でないことは察した。
そう、彼の事務所に招かれざる存在が来襲していたのであった。
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