図書館住まいの知識喰らい
花炭 白
終焉と奇跡の書
第1話 奇跡の書
遠くから歓声が聞こえる。
今日は王立記念日で、王城前の広場で国王がスピーチをしているのだ。現国王の支持率は高く、民衆の人気を集めているので、この歓声も当たり前だと言えるだろう。
本来、王立施設の職員である俺は演説を見物しなければならないのだが、正直めんどくさい。
「おいミオ、手が止まっているぞ。せっかくスピーチをズル休みしたんだ、その分働たまえ」
「はい、すみません...」
このいかにも仕事が出来そうという風貌の美人は俺の同僚、シオリさんだ。といっても、歳は彼女が8つも上である。ちなみに俺、ミオ=アレクセイは20歳。
「でもシオリさん、正直古代文明の言葉って種類多すぎて翻訳する気になれないんですけど」
「君はこの職に就いておいてなんてことを...」
俺達がいるのは、この国、ラグニール王国の王立図書館の研究室。俺とシオリさんはここで司書をしている。といっても、仕事は6000年前に滅んだ文明の研究だ。
6000年前、地球には現代のこの文明にも引けを取らないほど発展した文明があったらしい。科学というものに関して優れた技術力を持ち、旧文明歴21世紀には驚くべき成長を遂げたという。
しかし、この文明は同じく旧文明歴21世紀に滅んだ。“核”という広範囲殲滅兵器の大量使用により生命が絶滅したのだ。それらの文明が存在していた“旧大陸”は、今我々が生活している“新大陸”の周りを取り囲むように位置しており、荒廃した旧大陸には“獣竜族”とその被造物たちが暮らしている。
世界の滅亡後、
最初の頃は種族間のいざこざが絶えなかったらしいが、今は平和と言っていいだろう。種族同士での交流もさかんに行われているし、差別意識というのも緩和された。その要因の一つともなっているのが、3種族のパワーバランスの均衡だろう。獣竜族の圧倒的火力、霊魔族が操る霊力・呪術、そして人族が所有する“文明再構築システム”、これら三勢力が互いを牽制しあい、いつしか敵対意識は薄れていった。
この人族が所有している“文明再構築システム”とは、世界規模の滅亡が起きた時自動発動し、滅亡前の状態の文明を再構築、その後生命体の滅亡時の記憶を消去するシステムだ。要するに世界滅亡プロセスを無かったことに出来るらしい。
人族はこのシステムの存在を後ろ盾に、他種族と対等な関係を維持している。
他種族に比べ脆弱な人族に贈られた神からの救済措置だろう。
この文明再構築システムは既に4度起動しているというログが残っている。
ちなみ
「どれ見せてみな、どこの記録が分からないんだ」
シオリさんは作業が滞っている俺に助け舟を出してくれた。
「はい、ここなんですけど...」
「ああ、この文はだな........」
この国の学問機関はグレードⅠからグレードⅤまであり7歳から21歳まで、3歳刻みで進学する。俺はいくつか飛び級をし、一昨年グレードⅤを卒業、その後この職に就いた。グレードⅢ・Ⅳ・Ⅴの時に、旧大陸で使われていた基礎言語、いくつかの現代の他国語を習得したのだが、亜人語、亜獣語、精霊文字はシオリさんに教えてもらっていて、今も勉強中だ。
シオリさんは司書として優秀だ。旧大陸で使われていた言語は今の人語とは比べ物にならないほど多いのだが、シオリさんは10種類ほど会得している。さらにエルフや獣人、悪魔が用いる3種類ほどの亜人語、獣竜族が話す亜獣語、精霊が文字や媒体そのものに意味を乗せ用いる独自体系の精霊文字さえ扱うことが出来る。特に精霊文字は、文字そのものが読めても意味がわからないのが常であり習得が最も困難と言われているのだが...。恐るべき人である。
「なるほど、ていうかこんなの初見じゃ絶対わかりませんよ」
「そうか?」
「そうですよ、シオリさんって魔法適性ないのに精霊文字読めたり、超人すぎ」
「ないものねだりをしてもしょうがないからね、その分を努力で補っただけだよ」
今更ながら、この世界には魔法が存在する。しかしそれらを使うことが出来るものは非常に少なく、使いものになるのはさらに少ない。人族でいうと、魔法適性があるものは全人口の10%未満、さらにそれらを使いこなせるのは全魔法適合者の1%未満という。例外として人族に分類されているエルフは魔法適性率90%以上だが、エルフ自体の個体数が非常に少ない。
“魔法”というのは人族だけが用いるもので、霊魔族が使うのは“霊力”、“呪術”と明確に区別されている。ちなみに俺も魔法不適合者だ。
「努力でどうにかなるものなんですかね...」
「まあ私の場合は、魔導書のおかげかもな」
「魔導書...ね」
「おいおい、冗談だぞ?」
「わかってますよ」
魔導書。グリモワールとも呼ばれるそれは、
魔導書はこの世界に10冊しかない。読んだものにそれぞれの魔導書が持つ力が付与され、誰かが力を手に入れるとその本は失効する。ただし誰もが力を手に入れられる訳ではない。その人の欲望がその魔導書にあった場合のみ力が与えられる。本が人を選ぶのだ。
我がラグニール王国は現在、4冊の魔導書を所有している。
『
『
そしてシオリさん、この人も魔導書の力を与えられた一人だ。
魔導書の名は『
魔導書について補足しておくと、現在確認されているものの中で2冊が、種族間及び国家間の条約で禁書扱いになっている。
一つは『
現在人族内で存在が確認されている魔導書は6冊、所有しているのはその内4冊で、さらに失効していないのは2冊だけとなる。
種族間及び国家間の条約でそれぞれが所有している魔導書の開示義務が発生しているが、どこもそれを守っていないのが現状だ。
「いいですねえ、そういう類まれな能力というものを俺も持ってみたいものです」
「いいことばかりではないよ。有事の時に派遣されたり、力の秘匿で窮屈な生活をしたりで、ね」
「そういうものですか」
「てか、話を逸らさずに作業に取り組め」
「ちっ、バレたか」
再び作業に取り掛かった。結局その日のノルマが終わったのは夜の11時だった。
「なんだ、今日もここに泊まるのか」
「ええ、ここが一番落ち着くんですよ」
俺は一週間のほとんどをこの図書館で過ごしている。
うちの家は代々商人をしていて、長男である俺は家督を継ぐことになっていたのだが、異常なまでの本好き、というか知識欲が理由で幼い頃から司書を目指していた。もちろん父親は大反対、司書が、採用試験の難度の割に不安定な職であることも、家の者が反対した原因の一つだろう。結局親の反対を押し切り司書になった俺は勘当されてしまったのだが...。まあ妹がいて良かったよ、うちが潰れずに済むし。
「よかったらうちに来るか?」
「えっ?!いいんですか」
「...冗談だ」
「俺の期待を返してください」
「君は一体何に期待していたんだ。というかレディーの家に遠慮なく上がりこもうとするとは思わなかったよ」
「シオリさんが提案したんじゃないですか。それに美人の家にお邪魔できるのなら願ったり叶ったりなんでね」
「なっ...び、美人...」
この人はこういう時本気で照れるからかわいい。ギャップと相まって。
「まあ俺はいつも通りここに泊まります。戸締りはちゃんとしておくのでご安心を」
「ふむ、まあわかった」
その後シオリさんを見送った俺は研究室に戻り、寝る支度をした。
今思えば、ここ日は近くの宿にでも泊まれば良かった。けれどこの後自分の身に何が起きるのか、この時は知る由もなかった。
何時くらいだろうか、深夜俺は物音を聞いた。階は研究室がある3階。司書室、研究室、そして機密文書の保管庫しかないフロアなので一般人がいるはずがない。
そもそもこんな時間だ、図書館の出入口は施錠してあるので外部から侵入できないはずだ。
俺はこの異常事態の真相を確かめるべく、研究室を出た。
(ったく、この時間はここ、俺しかいないんだから。面倒事の責任は俺が被るんだっつーの)
音がしているのは保管庫の中だった。といっても文書の数はとても多く“保管室”と言ったのが正しいのかも。
保管庫に入ると、さっきまで聞こえていた音はやんだ。するとある一角で本が荒らされているのを見つける。
「なんだこれ...」
何か嫌な予感がする。
すると本棚を隔てた右の方で何かが通り過ぎるのを横目で捉える。
すぐにそこへ向かう。誰もいない。
ふと足元を見ると何か光るものが落ちていた。
「なんだこれ.....いや、これって....」
見覚えがある。これは元老院の
「なんでこれがここに...」
次の瞬間、背中に違和感を感じた。
「....え」
そして激痛が全身を襲う。
思わずその場に倒れる。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、いや熱い、痛い痛い痛い熱い熱い痛い痛い熱い痛い熱い熱い)
今まで感じたことのない痛みに吐き気を催す。意識が遠のいていく。
――どのくらいたっただろう。1時間?、30分?、いやもしかしたら30秒もたってない?
とにかく痛みはもうない。あるのは痺れ、いやそれももう感じなくなったな。
意識ももう少しで完全に消失するのだろう。
なんでこんな目にあったんだ?“あいつら”は誰なんだ、ま、どうでもいっか。
消えゆく意識の中で、俺は自分の傍らに立っている女性に気づく。
「ぁ.......」
「おいおい大丈夫か?」
(そんな訳ない)
「......ミオ、お前、まだ死にたくないだろ?」
(当然だ)
「じゃあそこに転がっている本でも読め」
(シオリさんは何を言っているんだ、早く助けを.....)
「なんだ?、もうそんな気力もないのかい?......じゃあ、ほら」
シオリさんは一冊の本を手に取ると自分で中身を見ないように表紙をめくり、倒れている俺の眼前にそれを持ってくる。
その時、朦朧とした視界の中で、俺は本の題名を目にした。
痛みで幻でも見ているのか、そう思った。
――その本の表紙には『
その後間もなく、僕の意識は途絶えた。
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