5.「ちょっと、変な目で見ないでよ。」

 そこは森とまでは言えない、しかし木々が鬱蒼と茂る林の中の道だった。わざとそうしてあるのか、真っすぐではない【S】の字のように曲がりくねった道の先にあり、見通せない場所に、その館はあった。そこだけ無理やり切り開いたようで、木々から十メートルくらい離れたところに蔦などが巻き付いた金属製の柵があり、その中に立つ館を四角く囲うように設置されている。柵の内側には人の背丈ほどもある雑草が生い茂る中に古ぼけた洋館が建っており、どう贔屓目に見ても暫く使われてなさそうな感じであった。


 ツカサは建物を見て一言、


「・・・洋館なのね。」


と言った。それに答えるように


「そうですねー。他の街の文化も取り入れているんですかねー? まぁ和だけにしなきゃならない理由もないですしねー。」


セリカは言うと半分空いた状態で壊れている門に身体を滑り込ませ、石畳をすたすたと歩いていく。


「大丈夫ですよー。さっき全員出ていったようで、軽く覗きましたけど、今は誰もいません。」


というと堂々と玄関から建物の中に入っていき、ツカサとジンも続いて入った。

 セリカは入ってすぐのロビーできょろきょろ辺りを見回しながら、


「私が見た時は、数人がここから荷物を持ち出していたんですがー、問題はそれらをどこから持ち出したのかがわからないんですよねー。」


と言い立ち止まる。

 この洋館は中央に玄関があり、入るとすぐロビーとなっていた。そこは一階の左右の部屋へつながる廊下と二階に上がる階段があり、一階左手には暖炉がある出窓のついた居間と書斎、使用人の待機部屋があり、一階右手には台所、トイレ、洗面所、脱衣所、風呂、使用人たちの部屋が数室あった。二階に上がると右手には二階の半分を占める、この洋館で最も広い部屋があり、左手には住人たちの部屋が複数あった。

 セリカは洋館の構造を話し、一通り確認したがどこから持ち出したのかわからないという。


「持ち出した荷物は具体的にどういうモノだったの?」

「えーとですねー、大半が束ねた紙の束で、あとは大きな重そうな袋が三つ、です。」

「机や椅子、照明器具とかは?」

「なかったですねー。引っ越しじゃなく慌てて夜逃げしているみたいでした。」

「そう・・・。この建物の中に机や椅子のあった部屋は?」

「二階にありましたね。」

「そこに人がいた形跡は?」

「それがないんですよー。数人の足跡はありましたが、常用していた感じじゃなかったですー。」

「じゃ、この建物にはわね。」


 ツカサは各部屋を順に見て回った。


(外から見た感じと中の部屋の大きさや作りからして、隠し部屋があるようには見えないわね。となると・・・)


 居間に戻り床や壁を見て回り、次に書斎に移動し同様に見て回っていたが、書斎の隅で足を止めた。

 セリカとジンを見ながら、つま先で床を小突きつつ言う。


「多分ここなんだけど・・・。」

「どれ。」


 ジンは大太刀の鞘で、自分が立っている書斎の中央の床を同じように小突き、次にツカサの示した隅の床を小突く。


「ふむ、音の感じが違うか? ちょいと下がってな。」


 二人を下がらせると、居合の雰囲気で抜刀し床を数回斬りつけ納刀すると、再び鞘で隅の床を小突いた。すると三角形に斬られた床が抜け落ち、下に階段が見えるようになった。


「当たりだな。」


と言うと階段を蓋している残りの床を力任せに取り除いた。



 セリカ、ツカサ、ジンの順で三人は地下への階段を下っていくと、金属製の扉が一つあった。どうやら鍵はかかっていないようだった。

 セリカは扉を開けて中に入るとそこは紙が散らかっている書斎と同じくらいの大きさ部屋だった。


「ここですねー。必要最低限のモノだけ持ち出したんでしょうが、よほど慌ててたんですねー。」


 周りを見渡すと壁に沿って事務机が二つと空の本棚が一つあった。落ちている紙を見てみたがただのメモのようで計算式の一部が書かれているだけだった。

 ツカサは事務机に近づき引き出しを確認してみたが、こちらも特に何もなかった。


「ここで何を・・・。」


 そう言いながら再び周りを見渡していたが、に散らかった紙があるのを見つけた。壁と本棚の隙間を見ると妙に広い。


「後ろの何かを隠した感じね。」


 本棚を横に押し動かすと、その後ろからもう一つ金属の扉が現れた。


「今度は何があるんでしょー。」


 セリカは扉を開けた。そこは化学実験を行う部屋のようだった。

 今いた部屋の二倍ほどの広さで、中央に直径一メートルはある空っぽのガラスの筒が四つ立っていた。覗き込むと底に水のような透明なものが残っており、それで満たされていたと考えられた。入り口付近には引き出しの無い机が二つあり、上には空の試験管やフラスコが置いてあった。部屋の奥には小さなシンクと蛇口があり、そこで洗ったりできたものと思われた。


「あー、ジン。」


 ツカサはジンの方に向き直ると、表情を落とし話を続ける。


「私のミスがきっかけだけど、貴方は知ってしまった。本来であれば貴方を放置できません。引け目もあることだし、貴方に選択肢を提示します。私たちの協力者になって貰えないかしら?

 なってくれるのなら、この世界に住む者には知りえないことが体験できます。

 嫌なら、貴方の記憶を、私とセリカに会った以降のこの件に関連する全ての記憶を消します。」


 ジンはぞっとする薄笑いを浮かべ


「俺をたった二人で、いや同じ顔のヤツらも合わせりゃ七人か? で、何とかできると? 俺は刀を握って二十年、自らを高めることだけに注力してきた。そうそう遅れは取らねぇと思うぜ?」


とそこまで言うと表情を変え、


「だがか、それには興味がある。お前さんらと一緒に居りゃ腕を振るう機会も増えそうだ。良いぜ、協力しようじゃねぇか。」


ツカサに握手を求めるようにを差し出してきた。


「左手に大太刀の鞘を持って、右手で抜刀してましたよねー? その手を差し出すということは、私たちに対して戦意が無いことを態度で示しているわけですねー? ツカサさん、大丈夫そうですよー?」


と知識を披露するセリカ。表情を戻したツカサはその右手を自らの右手で掴み握手を交わす。


「これからよろしくね。」

「ああ。」


 次いでセリカが


「私もー。」


とジンと握手を交わした。


「早速だけど、本当にこれから見聞きすることは他言無用ね。カレン、来て。」


 ツカサが言うとすぐに階段を下りてくる足音と共に外套を手に持った五人の忍者姿のカレンが現れた。カレンは三人に見つからない程度の距離を保って着いて来ていたのだった。

 カレンたちを見たジンは彼女たちを上から下まで眺めると、


「近くで見ると全く同じ顔だな。背格好も差はなさそうだし、どういう関係だ? こっちのほうが艶があるが・・・。」

「ちょっと、変な目で見ないでよ。」

「別にお前さんを見てるわけじゃねぇじゃねぇか。」

「でも嫌なのっ!」


ほんのり顔が赤くなったツカサにそう言われ、ジンはなんだそりゃと言った感じでツカサを見る。

 ツカサはジンを放っておいてカレンに調査の指示を出し始めた。


「ほほーう。」(キラーン!)


 セリカはツツツとジンの近くに行き、小声で


「詳しくはまた話しますけどー、ツカサさんとカレンたちは全く同じなんです。同じ身体を持っています。

 カレンはじっと見ても嫌がりません。カレンなら見放題です。だからカレンの身体を見るということは、イコールツカサさんの身体を見ているのと同じなわけです!」

「はぁ?」

「じっくり、ねっとり、カレンの身体を見てもいいですよー?」

「よく分からんが、別人だろう?」

「中身が違うだけです。あ、カレンたち五人は同じです。」

「???」

「ま、ま、せっかく着せたエロチックな忍者服ですし、目の保養をしてくださいです。」


言うだけいうと調査に参加し始めた。手持無沙汰なジンは言われるがままカレンたちを眺めていた。



 ツカサとカレンは同じボディだが、カレンには複数のセンサーや特異な機能が埋め込まれている。それらの機能を利用し、この部屋で行われていた行為を調査したのだった。

 カレンからツカサたちに調査結果が報告された。


『この地下室では人体実験が行われていた模様です。』

「人体実験?」

「ヒューマンを切ったり縫ったりですかー?」

『そういう系統ではありません。前室の散乱したメモ、この部屋の器具、試験管・フラスコに付着していた成分、シンクに付着していた成分等から推測されるのは、化学(ばけがく)ジャンルの生物実験です。ヒューマンに限らず亜人に何らかの成分を与えることで、特定の能力を強化する・・・そういったものと推測されます。』

「以前獣人が何かを飲んだか食べたかしたことで、身体が一回り大きくなり猛獣と化したモノを見たわ。でも昨夜見たモノは一回りなんてレベルじゃなかった。」

『それは獣人の、もともと持っていた獣の部分を強化したもので、こちらは亜人に外部から別の要因を与えることで生体構造を大幅に変化させるといったもの、です。

 亜人にモンスターの要因を適用し身体構造が大きく変化することで新たなモンスターが生まれると考えられます。昨夜の未知のモンスターはここで生まれたと考えるのが妥当です。街中で突然現れたとしか思えない状況から言って、変化は与えた時ではなく、時間の経過か何らかのトリガーを与えることで変化するもののようです。』

「その手の変化で亜人部分が残るものなの?」

『モンスターと亜人を融合させるほどの成果を得られたとしても、それを外部からコントロールするところまではかなり難しいと思われます。変化後の身体をコントロールするために、脳を残すような何らかの研究成果があれば、あとは亜人をコントロールするだけとなり、可能かと。』


 そこまで話した時、ジンが疑問をぶつけてきた。


「カレンと言ったな? お前たちもあの場に来て、見ていたのか? お前さんたちの気配はかなり独特だから分からんわけはないと思うんだが・・・?」

『私はあの場には行っておりません。ツカサ様の視覚情報から得たモノです。』

「???」

「それはおいおい説明するわ。」


 ツカサはそれを後回しにし、これからのことを話そうとした、その時だった。


『この館の入り口付近に武装集団が二十名ほどいるようです。』


 カレンのセンサーで感知したようだ。


『一名でも外に残しておけばもっと早く分かったのですが・・・。』

「呼んだのは私だから仕方ないわ。こんなことをしでかしたヤツらが動き出したのかもね。黒幕がわかるといいんだけど・・・。」

「上に上がりましょー。」


 セリカはツカサ、ジン、カレンたちにそう言うと、上の書斎向けて歩き出した。

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