3.「・・・そこは遠慮するところでしょう?」
そのモンスターは、簡単に言うと巨大なゴリラのようだった。身長は十メートル近くあり、それに見合った腕や足を持っていた。身体は毛皮でおおわれており、顔と胸・腹のあたりだけは硬そうな黒い皮膚がむき出しになっていた。よく見ると額のあたりには人の頭ほどもある赤い石のようなものがへばりついていた。
それが歩いてきたと思われるその後ろには、倒れたヒューマンや壊れた瓦礫が散乱しており、暴れながら進んできたことをうかがわせた。
和装で額に鉢金と胸当てと言った格好で対峙している衛兵は巡回中だったのか三人ほどしかいなく、本来の対象はヒューマンなど自分とそう変わらない大きさのものを対象とした武装のため、あの巨体のモンスターと戦うには明らかに貧弱なものだった。
「協力するわ。」
「すまん!」
衛兵たちに駆け寄りそう言ったツカサはセリカに指示を出す。
「背後から攻撃を。気を引いて。」
「はいはーい。」
セリカは大きく回り込んで背後に回り、やはり外套を脱ぎ捨て直刀を抜刀し一気に近づき斬りつけた。
ガッ!
「ありゃりゃ、毛皮が硬くて刃が通りませんー。」
ツカサに聞こえるように大きな声で言ったセリカは、いったん離れたようだ。
攻撃を受けたゴリラモンスターは後ろを振り向き怒号を上げる。自分から注意が離れたその隙にツカサはマテリアライズを放つ。
「マテリアライゼーション!」
「アセンブリー」
「コンバージョン」
「ちょっと弱めの、
重ね合わせた手の中の鉄鉱石が、紫電をまとい打ち出された。
街中でもあり、放出タイプのマテリアライズでは他に被害が及ぶこと、さらに被害が大きくなる可能性を考慮し、出力を下げた
初見のモンスターであったため、ダメージが通りやすいと思われる急所である頭を、後頭部を狙っていたのだが、振り返ったことと少し下を向いたためか、
『GUGYAAAAAAAH!』
ゴリラモンスターの絶叫が響き渡った。濛々と煙が立ち込めていたが、煙を風が押し流したそこには頭を押さえたゴリラモンスターの姿が。指の隙間からは焼けこげた顔の表面がのぞいており、額の赤い石にひびが入っているのが見えた。
「セリカ、やっちゃいなさい!」
「手持ちの武器じゃダメージ与えられませんよー。」
「情けないこと言わないの! 強化したげるから。」
とセリカの武器を強化しようと近づこうとしたとき、横合いから声がかかった。
「手助けはいるかね?」
昼に蕎麦屋であったゴツイ身体のエルフ浪人が、大きな刀を肩に背負いゴリラモンスターを見ていた。
それに応えるよう衛兵が
「既に応援を呼ぶように仲間が走っている。暫く持ちこたえたい!」
と言うと、エルフ浪人は
「よしゃ、同じ街の住人として協力しよう。」
背負っていた刀を抜き鞘を足元に落とすと、絶叫していたゴリラモンスターがこちらに怒りに満ちた目を向けたその時、軽く口角を上げ一瞬で接近し
「ぬん!」
両手で持った大きな刀を振り下ろす。ツカサには剣先が見えぬほどの高速で振り下ろした刀は、ゴリラモンスターの右腕を肘の先からあっさりと断っていた。
近づいた時とは比べ物にならないほどゆっくり元の位置まで戻ったエルフ浪人は斬ったばかりの刀を眺め、
「刃毀れはしてねぇな。偉く硬かったが、ありゃなんだ? 見たことねぇな。」
と言う。
「初めて見るモンスターだ。」
「私も初見ね。」
(『私も存じ上げません。』)
「私は元々知りませんー。」
衛兵もツカサもカレンも、そしてこちらに移動してきたセリカも同じ答えだった。
『GAAAAAAAH!』
斬られた右腕をものともせず、エルフ浪人に恨みを晴らすべくゴリラモンスターは腕を振り回しながら近寄ってくる。
「そんな攻撃じゃ通らんぜ?」
大きな刀を手元を上にし剣先を下にすることで、腕による攻撃を勢いもろとも受け流す。
それを見ていたセリカが
「あれは大太刀ですかね? ちょっと太すぎるかなぁ? ただ、多分すごい使い手でしょうねー。」
とツカサにのみ聞こえる声で言う。ツカサは
「詮索は後よ。被害が大きくなるわ。動けなくしたいところね。」
と言うと少し手の位置を下げ火線が上に向くようにしながら、ゴリラモンスターとエルフ浪人の動きを見計らい
「マテリアライゼーション!」
「アセンブリー」
「コンバージョン」
「
やはり出力を下げた
『GUUUUU!』
ツカサとエルフ浪人の強さを本能で感じ取ったのか、後ずさりながら身体の向きを変え、来た道に向かい進もうとしていた。
「おいおい、どこに行く気だよ?」
エルフ浪人はまた一瞬で近づくと、ゴリラモンスターの踵を一閃。アキレス腱(と思われる辺り)を斬られたためか、前のめりに倒れこむ。その拍子に地面でぶつけたのか、額を赤い石が砕け散った。
『GYAAAAA!』
ゴリラモンスターは立ち上がろうと身体を起こすが足の踏ん張りがきかず尻もちをつき、これまでとは違った声を上げる。
『IGENI、GYAERIDAIIIII!!!』
(言葉!? なんでモンスターがしゃべるのよ?)
その時、その驚きを上回る、数十人の和の武装集団が現れた。
金属製の
ツカサもセリカも本でしか観たことの無いような格好の集団を見て
(和装の重装備ってああなのね・・・。)
(戦国時代の戦仕立てですねー。)
と考えていると、一人だけ頭に兜のようなものを被った武将らしきものが声をかけてきて
「後は我らに任せてもらおう。」
「囲め!」
「攻撃開始!」
全員でゴリラモンスターを取り囲み集中攻撃を始めた。
剛毛や硬い皮膚で守られたさすがのゴリラモンスターも、反撃する間も与えられず、全方向からの太い金属の塊である
絶叫も徐々に小さく途切れ途切れになり、それはゴリラモンスターが死ぬまで続いたのであろうか、漸く殴打が止まった。死んだふりをしているのではないかと囲んだままにしていたが、数人がゴリラモンスターの身体に近づき検証し、死亡を確認したようだった。
ツカサたちもこれで自分たちの出る幕はなくなったと攻撃姿勢を崩し、攻撃部隊に囲まれているゴリラモンスターを眺めていたが、攻撃部隊の隙間に一瞬だけゴリラモンスターの頭が見え、額の割れた赤い石があった辺りに埋め込まれ一体化したヒューマンらしきものが見えた気がした。見間違いかとしっかり見直そうとしたときには攻撃部隊の身体が邪魔をして見えなくなっていた。
ゴリラモンスター死亡の報告を受けた武将が少し考えたのち、指示を飛ばした。
「本体も飛び散った肉片も血も全て焼け。」
武装集団はゴリラモンスターの死骸に向け数人同時にマテリアライズを、周りの肉片や血にも個別にマテリアライズを放った。
「「「マテリアライゼーション!」」」
「「「アセンブリー」」」
「「「コンバージョン」」」
「「「
複数の炎の竜巻がモンスターを巻き込み燃やしていくが、余波で脇に建つ家々の屋根に火が移り燃える。
「マテリアライゼーション!」「マテリアライゼーション!」「マテリアライゼーション!」
「アセンブリー」「アセンブリー」「アセンブリー」
「コンバージョン」「コンバージョン」「コンバージョン」
「
マテリアライズを放った者の手から炎が
一応別の者が水のマテリアライズで消火は行ったが、焼けてしまったモノは取り戻せない。
ツカサは
(街中でそんなマテリアライズを・・・。)
と眉間にしわを寄せ見ていると、たまたま視線をこちらに向けた武将が
「なんだその目は! 我らとて街中でとは思わなくもないが、見たことのないモンスターだ、どんな害悪が起こり得るかもわからんのだぞ。」
と言うが、ツカサは気に入らないとばかりツンと顔をそむける。
「貴様、領軍のすることに異を唱えるか!」
「おいおい、そちらは自分のやることに自信を持っているんだろう? だったらそれくらいで目くじら立てるなよ。大人げないぞ?」
「なんだ、貴様もいたのか。やはり警邏隊なぞ役に立たんようだな。見ろ、街の住人にも建物にも被害が及んでいるではないか!」
「なにぃ? 我らはモンスターと戦うことは想定していない。大体警邏だ、大人数で行うモノじゃない。被害が必要以上に大きくならないよう、ここで押さえていたのだ。十分役に立っているわ!」
「ふんっ!」「ふんっ!」
ツカサたちと一緒にいた衛兵は領軍の武将と(仲が悪そうだが)顔見知りだったようで、助け舟を出してくれたようだ。
結局領軍は死骸その他を焼き尽くした後、
「後始末と街の復旧は貴様ら警邏隊に任せたぞ! 費用は殿に願い出るのだな。」
と言い残して去っていったのだった。
衛兵はツカサたちを見て詫びた。
「すまんなみっともないところを見せて。」
「それはいいけど、殿って言った? 誰の事?」
「うん? おぉ、お主らは街の外から来た者か。領主様のことだ。 我らはそれを殿と呼んでいるのだ。」
「へー、ちなみに娘がいたら姫と読んだりしてますー?」
「あぁ、姫は、以前はいた・・・。」
ツカサはセリカを一睨みし、セリカは目をそらし、ちょっとやりすぎたかもしれない、と考えていた。
衛兵は怪我人の救助と瓦礫の処理を仲間に指示していた。指示しているところを見るとそれなりに高い役職なのだろうと思っていると、
「そういえばまともにお礼も言っていなかったな。先ほどは礼を言う。助太刀に感謝する。殿に報告し多少でも報奨が出るよう掛け合おう。」
「気にしないで。安眠を守るためにやったことだもの。」
「私は貰いますー。」
「俺も貰えるもんは貰っておこうかな。」
「・・・そこは遠慮するところでしょう?」
「えー?」
「いや、逆に遠慮しすぎると、相手に気を遣わせるとも言うぜ?」
「そりゃそういった面もあるかも知れないけど・・・、じゃなくて、復旧とかあるんだから遠慮するところでしょう!?」
「じゃぁ一旦貰って、街の収入に貢献するということで、皆で食事等すればいいんではないでしょうかー?」
衛兵そっちのけで、まだもらえるかもはっきりしない報奨で盛り上がる三人を見て、衛兵は
「わっはっはっ、私は領内警邏隊で隊長を務めるモンドだ。万が一報奨が出なければ我ら警邏隊で食事をご馳走しよう。」
そんな約束をしてきた。
「お主らの名を教えてもらえんか?」
「ツカサです。マテリアライザーをしている傭兵です。」
「セリカですー。に・・・ん・・・じゃない、剣士の傭兵です。」
「傭兵をしている剣士のジンだ。」
「女性二人は街の外から来たんだよな? 宿か?」
「あそこにある白い看板がかかっている宿よ。」
「金持ちだな、最高級じゃないか。」
「違うわ、風呂好きなだけよ。」
「ふふ、そういうことにしておこうか。そっちは?」
「俺はこの先の長屋だ。」
「わかった。報奨、もしくはメシの件は後日連絡する。なに、一日二日だ。」
ちょうどお互いの自己紹介も済んだところでジンが問いかける。
「ところで、あんなモンスターがどうやって街に入ってこれたんだ? あの高い外壁をよじ登ってきたのか?」
「我らもすぐそこで偶然出会っただけでな、どこから入ってきたのかまでは見ておらんのだ。」
「他の街じゃ聞いたことないわ。」
「いくら何でも入ってきたら誰かが見つけて騒いでますよねー。」
「うーむ、先にやらなくてはいけないことが多くてな、だがそれも大事なことだな。後ほど部下に命じてあのモンスターの侵入経路を辿らせよう。」
と話したところで、
「そろそろ仕事に戻らねばならん。ではな。」
とモンドは去っていき
「んじゃ私たちも戻ろっか。」
「はいですー。」
「おう、じゃあな。」
ツカサたちも分かれた。
宿に戻った二人はまた風呂に入り(今度はシャワーで済ませた)ようやく就寝となった。
(喋るモンスター、一体化したヒューマン、これは見間違い? でもさっきのは一体・・・?)
眠りにつくまでの時間に先ほどのモンスターについて考えるツカサであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます