7.「私はこの世界を視る者。人間のためにならない《《モノ》》は、躊躇も、容赦も、慈悲もなく、消しさります。」

 混乱に陥っていたガレラデだったが、急に目を覚ましたかのように


「はっ! まだ、カードは残っていた!」


そういうと懐から出したボタンのついた小さな箱のようなものを手に取り、


「ライトよ、お前には食事の時に、凶暴化し意のままに操ることができるようになるモノを与えていたのだ。さぁ、世界の窓ごと、同じ顔をしたその女共を殺してしまえ!」


と言いながら、ボタンを押した。


「グガッ!?」


 ライトが急に頭を押さえ苦しみだした。

 ライトは獣人であった。ヒューマンより力も強く機敏性に優れ、身体能力は高い。だがあくまでそれだけにすぎないはずなのだが、今ライトに表れている変化はツカサの知るものではなかった。

 顔が犬やオオカミのようになっていた。身体が一回り大きくなり着ているものは破れ、背に負った剣は拵え事落ち、身体中から硬そうな毛が生えてきていた。手は指が太くなり爪が伸び鋭くなっていた。


 ツカサは驚きながらも隣のカレンに心の中で問いかけた。


(この世界の住人をああして変化させることは可能なの?)

(『この世界の技術では不可能です。我々の世界ならば可能です。』)

(・・・そう、ガレラデにもう一つ聞くことができた訳ね・・・。)


 そして・・・


「オレ・・・ノ・・・テキ!」


ツカサ脇のカレンに爪を振るう。反応が遅れ、カレンの身体が引き裂かれ、淡い光と共に消える。


「防刃機能を編み込んでるジャケットごと!? くっ、目を覚ましなさい、ライト!!!」


 ライトは答えることなく濁った眼をツカサに向け攻撃を加えようとしたが、ツカサはすぐさま外套を自分とライトの間に目隠しのように広げ、短刀グラディウスを抜き、


「シッ!」


こちらに伸びてきていた腕を切りつける。


ガッ!


硬い毛皮に阻まれ刃が通らないのを見るとマテリアライズによる短刀強化を行う。


高周波振動膜ヴァイロ・スキン!」


 ライトは外套をつかみ投げ捨て、続けて攻撃のために腕を振り下したがツカサは身を躱し、下ろし切った腕をマテリアライズで強化した青く輝くグラディウスで再度切りつける。


「フッ!」


ザシュッ!


 今度は毛皮に阻まれることなく刃が通ったが、力不足のためか、腕に傷をつける程度であった。


『離れよ!』


 ザクを押さえていた方のカレンがツカサの元に移動しながら、ブラスターから熱線を放つ。

 ライトは避け飛び、ブラスターを脅威と感じたのか、次弾を狙わせないよう、床・壁・天井を利用して素早く動き回る。

 カレンは右手でブラスターを持ったまま左手でエネルギーソードを構え、遠近の攻撃・防御態勢を整えたが、四方を跳ね回りながらたまに攻撃してくるライトの動きについていけず、致命傷こそ避けてはいるが、傷が増すばかりだった。

 一瞬ツカサを見たカレンは身体の力を抜き、それを隙と見たライトがカレンに襲い掛かる。

 ライトの左腕がカレンの脇腹を突き刺す。と同時にカレンの左手のエネルギーソードがライトの腹部に突き刺さる。しかし凶暴化した影響か動きを止めることなく、右腕がカレンの頭を狙う。首をひねって避けたが避けきれず、首に致命傷を負う。残る力を振り絞り右手のブラスターでライトの頭を打ちぬく。

 ライトはビクンと身体を痙攣させ、仰向けに倒れていった。

 カレンはツカサに


『できれば無力化を、と思ったのですが、申し訳ありません。』


というと淡く光り、消えていった。ツカサは、倒れたライトを見ていた。グラディウスからマテリアライズによる輝きは失せ、ただたたずんでいた。


 それを好機と見たザクが襲い掛かった。回り込み側面から攻撃されたツカサは反応しきれず、双剣で腹部をえぐられ崩れ落ちた。ザクはすぐにガレラデのもとに戻っていた。


「フハハハハ! ザクよ、よくやった!」


 勝ち誇るガレラデが


「形勢逆転とはこのことだな。世界の窓と繋がりがあったようだがな。我が味方になれば、その命も長らえたものを。」


死にゆくツカサに憐みの言葉を投げかけたが、それを受け応える声があった。


「馬鹿言わないで頂戴。世界にあだなす者の味方をするわけないでしょう。」


倒れたツカサが淡く光り、徐々に透けていくのにあわせ、その脇に幻のようにが現れた。


「なっ、なんだとっ! どういうことだ!!!」

「貴方が知る必要はないわ。」


 ツカサは驚愕するガレラデの言葉を切り捨て、同様に驚愕し動くことができないザクに視線を移し


「やるじゃない、雑魚だと思っていたわ。お詫びに貴方が今まで見たことないものを経験させてあげる。対価は貴方の命でね。」


と微笑みながら告げるとマテリアライズを放った。


分子結合破壊球ディスインテグレータ


 ツカサの前に親指ほどの白い光の球が現れザクに向かう。ザクも慌てて逃げるが、白い球は逃げるザクを追いかけ、距離を縮めていく。どこに逃げても追いかけてくる白い球にザクは覚悟を決め剣を向け切りかかったが、剣先が触れたそばから灰色となって砕け散る様に消えていく。見たことのない現象に恐怖を感じたザクは、崩壊していく剣を離し、振り返って逃げようとしたが既に遅く、白い球はザクの胸の中に消えていった。


「あ・・・ぁ・・・」


 ザクは叫び声をあげもせず、ただ茫然とした顔で、胸から広がっていく灰色となって砕け散る自分の身体を見ていた。


「痛みはないでしょう?」


 かけられた言葉に反応することもなく・・・ザクは消えていった。

 ツカサはガレラデに視線を向ける。


「ひぃっ! せっ、世界の窓よ、あやつを倒せ!」

『管理者権限によりこの端末は凍結されています。コマンドは無効です。』

「世界の窓よ、あやつを殺せ!」

『コマンドは無効です。』

「世界の窓よ、私を守れ!」

『コマンドは無効です。』


 ガレラデは半狂乱になり達成されない要求を繰り返す。

 ツカサはあたかもゴミでも見るような冷たい瞳でガレラデに問いかける。


指輪リングのことを誰に聞いたの? コンソール世界の窓のことを誰に聞いたの? ライトを凶暴化させ操ったモノは誰からもらったの? 教えて?」

「お、教えたら見逃してくれるかっ!?」

「・・・考えてあげても良くてよ?」

「あ、アプリルのうちの商館に男がやってきて、巨万の富を得られるかもしれない方法があると、砂漠の岩山の一角に、この世界のすべてに触れる技があると、この世界を思い通りにできる術があると、その使い方も教えてもらったのだ。何かの時に強力な手ごまを増やす方法があると。名は”---”!? なんだ? ”---”!!! 何故言うことができない? 違うのだ、言おうとしているのだが言えないのだ!」


 ツカサは


(行動制御が埋め込まれているようね、これ以上は無理か・・・。いいわ、ヤツらがかかわった証跡は見つけた。辿りついて見せるわ。)


と考えつつも、


「考えたけど、やっぱりダメね。貴方は禁忌を犯した。貴方の罪は三つ。

 一つ、”世界の窓というカレンへのアクセスを知ってしまった”こと。貴方たちは知ってはいけないことなの。

 二つ、”貴方たちに教えていない『支配』をしようとした”こと。今のこの世界に支配者はいらないの。いてはいけないの。

 三つ、”世界最強の武器を手に入れようとした”こと。それはに害をなしかねない、見過ごせないの。

 もう一つあったわ。”凶暴化させ操るモノを使った”こと。これも見過ごせない。

 だから・・・排除します。」


ガレラデを断罪した。


「この世界に住まうヒューマン同士、いえ、他の種族も含め同士で争う分には放置するわ。ただし、内容や手段が最終的にに害を及ぼすようなものなら、話は別よ。」

「アジン・・・ニンゲン・・・? 貴様は何なんだ? 何者なのだ!?」

「今の私の実体のことなら、貴方と同じヒューマン、亜人よ? 中身は人間だけどね。さっき聞いたわね? 死んだ私がなぜまた現れたのかと。私たち人間には、このヒューマンの身体を作り出せるのよ? そこに私の記憶をコピーして・・・と言ってもわからないか、私がそこに入るの。だから死んでもすぐに再生できるわけ。」


 ツカサは本来の冷徹な監視者になっていた。監視者としての立場の言葉を連ねる。


「ここは創られた世界。私たち人間が住みやすい世界を作るために、貴方たち亜人は私たち人間によって用意されたモノ。」

「この世界はね、箱庭なの。星一つまるごとの・・・ね。人間が移り住むために、貴方たちに整えさせようとしたの。」

「もちろん共存できるわ。事実していたんだもの。」

「ちょっと訳あって人間が動けなくなってね。貴方たちに自由を与えたの。」

「私たち人間が活動をし始めるまでは、自由にしていてもいいの。」

量子コンピューターカレンは、最優先で人間を守るの。でもその次くらいに、亜人を、この世界を守ってくれているのよ。」

「でもね、。」

「そろそろ終わりにしましょう。」


 ガレラデを消してしまうと死んだことが確認されなく街で騒ぎになりかねないことを考慮し、ザクを消し去ったものとは違うマテリアライズでガレラデの命を奪ったのだった。


 ツカサはガレラデ一味の焼死を演出することにした。ザクは消してしまったが、ガレラデとグフの亡骸があればよいだろうと考えた。この世界では死因までは厳密には調査しない。(という以前にそこまでの技術力がない) 焼死に見せかければ大丈夫であろうとの判断でそのままとした。ただ、ライトの亡骸がそこに存在してはまずいと考え消しさった。


 広間を出て、屋敷の玄関に向かう。途中、通路に立ち尽くす召使たちを見つけた。大きな声や争う音が聞こえ、本来なら逃げだしたかったであろうが、職務に忠実だったためか、ガタガタ震えながらもその場で待機していたのであろう。


「残って居たの、偉いのね。でも残念だわ。」

「わっ、私たち、何も見ていません! 何も聞いていません!!!」


 召使たちに言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。


「ここに、この時に、存在してしまった者が、何かを見てしまったかもしれない。何かを聞いてしまったかもしれない。」

「記憶は消せるわ。でも何かの拍子に思い出すかもしれない。事実、マテリアライザーの流派の中には、私たちの世界の科学技術の結果をマテリアライズで実現していた者がいたもの。」

「私はカレンほど甘くはないわ。危険の芽は摘んでおくの。」

「私はこの世界で生きる貴方たち亜人が好きよ? この世界が好きよ? でもそれは人間のためになると言う条件の範囲内でのこと。」

「私はこの世界を視る者。人間のためにならないは、躊躇も、容赦も、慈悲もなく、消しさります。」

「たっ、たすけ・・・」

「さようなら。」


 そしてガレラデの屋敷に命あるものは居なくなった。


 ツカサは燃え残しができないように念入りに屋敷に火を放った。


(カレン、私が屋敷に入った後に出たものは?)

(『ゼロです。』)

(そう、ではこれで終わりね・・・。)


 言葉が途切れ、一瞬ツカサの心にぼさぼさ頭の獣人の顔が思い浮かぶ。だが、頭を振り、かき消した。


(切り替えましょう。ヤツらが、遂に動いたわ。

 これまでずっと隠れていたのに、何故今になって動き始めたのか、目的は何なのかはわからない。

 どんな些細なことでも良い、唆した男が現れたアプリルでの、そこまでの、そしてそこからの足跡を、探して。)

(『畏まりました。』)


「私も動こう。」


 ツカサはアプリルに向けて歩き始めた。


(第一話 終)

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