良い子は真似してはいけません

 夕暮れ時の森の中、燃えるような夕日が湖面に反射し、少し肌寒い風が木々を揺らす。

 そんな森の湖畔に魔法陣が現れると、そこに2人の男女が出現する。

 夜を切り裂く暁のような暁色の髪の女性と炎のような赤い髪の少年である。


「ふう…なんとか乗り切りましたね」

「ああ、そうだね。ところでイチヨウ。さっきのはどうやったの?なんで彼らは倒れたの?」


 伸びをする赤髪の少年…一葉に興味津々といった様子で暁色の髪の女性…ヒイラが尋ねる。


「あー、師匠は光過敏性発作ってご存知ですか?」

「んー…?」

「ご存知ないですね。わかりました」


 可愛らしく小首を傾げるヒイラに対して一葉はバッサリとそう言い放つ。


「簡単に言うと激しい光の点滅を見せると目眩や吐き気なんかを起こすっていう病気です。僕が今回使用した魔法は【テラ・エクスプロージョン】【グラン・ライトニング】【アイシクルワールド】」


 一葉が挙げたそれらの魔法はℹ︎O内でも上位の魔法で、さらに言えば最もエフェクトが激しいものだった。

 ついでに言うと、これらは一葉の魔改造の結果として威力がほぼ無い代わりに効果範囲…つまりエフェクトを限界まで広げられているのだ。

 ただでさえエフェクトが激しい魔法のエフェクトを強化し、それらを組み合わせ直視できないほどのエフェクトへと変化させていたのだ。

 昔、あるアニメ番組でこの現象が起きて大きな騒ぎになったりもしたのだ。


「とまあ、こんな具合で意図的に光過敏性発作を起こして相手を無力化するんですよ。いやー、ℹ︎O時代によく使ってたPKの手口なんですけどね。キャラじゃなくてプレイヤー自身を攻撃するってのがミソです」

「…やっぱり君のことは殺しとくべきだったかも…」


 ドヤ顔で解説する一葉を見てヒイラは溜息を吐く。

 そんなヒイラをまあまあとなだめながら一葉は周囲を見渡した。


「ところで師匠。ここは?」

「ああ、ここはさっきいた砦の近くにある森でね。私の拠点のある場所さ」

「ついに師匠がマタギに…」

「違うよ!?…ごほん、まあ見たら驚くと思うよ。さあ、付いて来て」


 ヒイラはそう言うと微笑みを浮かべる。

 その姿はまるで妖精のように美しかった。


  ☆


 森の中を歩くこと約1時間、そろそろ陽が落ち夜の帳が降りようとしている頃にようやくヒイラは巨大な岩の前で立ち止まる。


「着いたぞ」

「師匠…これが拠点ってヤバくないですか?原始人より酷いですよ」


 一葉が岩を指差して呆れたような表情を浮かべると、ヒイラは意味深そうに笑い出す。


「何笑ってるんですか?ついに頭でも沸きましたか?」

「何気に酷いこと言うよね!?…そうじゃなくて、ここからだよ『夜を明ける』」


 どこか聞いたことのあるような文言に一葉が首を傾げていると、突然目の前の岩に綺麗な長方形の亀裂が入ると、前面にせり出し横にスライド。

 人1人が通れるくらいの大きさの穴が出現した。

 中を覗いてみれば、ハシゴによって下に続いているのがわかった。


「それじゃ、私が先に降りるからイチヨウも降りてくるといい」


 ヒイラはそう言い残すと、スルスルとハシゴを降りていってしまう。

 一葉も一瞬悩んだ後、ハシゴを降りていく。

 しばらく降っていると、巨大な空間が現れ、その先に見覚えのある城が建っていた。


「師匠これって…」

「ああ、暁の旅団ギルドホーム『地底夜城』だよ。懐かしいだろう?」


 そう言ってヒイラは悪戯っぽく笑うと、柏手を打つ。

 すると、城門が開かれそこにはズラリと揃いの鎧を着た兵士達が整列していた。


「さあ、行こう」

「ちょっ、は?」


 頭の理解が追いつかないまま、一葉はヒイラの後ろをついていく。

 兵士達の列が途切れた先、一葉達の行く手に禍々しいオーラを放つ鎧を身に纏った1人の首の無い騎士が立っていた。

 彼は、首無し騎士デュラハンのゴルザ、ℹ︎O時代ギルドホームの門番としてヒイラが作成したNPCである。

 ℹ︎Oにはソロプレイヤー救済措置として、1体限定だが自分の相方となるNPCを生み出すシステムが存在していた。

 ゴルザは手に持った首をヒイラに向けると、こう言った。


「お帰りなさいませ、マスター。そちらの御仁は?」

「ん?覚えてないのかい?イチヨウだよ、イチヨウ」

「イチヨウ様…ああ!随分とお変わりになられて…しかし、またこの地底夜城にお戻りになられるとは…是非ともアルムに会ってやってください。きっと喜ぶでしょう」

「師匠。僕は夢でも見てるんですかね?」


 理解不能なことが起こりすぎて軽く混乱している一葉がそう尋ねると、ヒイラは「私も最初はそうだったよ」と苦笑いを浮かべて、それを見たゴルザが無い首を傾げるという不思議な状態になったのであった。


  ☆


「なるほど…そのようなことが…」


 ゴルザに地底夜城の中を案内してもらいながら一葉の身に起こったことを話していた。


「まさか、イチヨウ様が勇者になられるとは…」

「まあ、見た目は完全に魔王とかだけどねー」


 ケラケラとヒイラが茶化すように笑う。

 実際に魔王なんだけどな、と一葉が溜息を吐くと、巨大な扉が見えてきた。

 ミスリルやオリハルコン、アダマンタイトなどで装飾され、莫大な魔力が込められた宝珠を咥えた竜のレリーフが彫られた扉が重厚な音を立てて開く、その先には巨大な空間に吹き抜けになった天井と、そこからぶら下がる魔水晶から放たれる光が、一段高くなったところに設置してある玉座を照らしていた。

 一葉がその美しさに息を飲んでいると、敷かれた赤い絨毯の上を誰かが歩いてくる。

 プラチナブロンドの髪をハーフアップに纏めた、耳の長いエルフの女性がニコリと微笑むと、その青の瞳で一葉を見る。

 一葉の目の前に歩み寄ると、女性は恭しく跪く。


「お久しぶりです、イチヨウ様」

「あ、ああ。そうだね。久しぶりアルム」


 一葉が少しどもりながらそう返すと、アルムはニコリと笑う。

 次の瞬間、アルムの身体が跳ね上がると一葉の顎にアルムの拳が突き刺さる。

 綺麗な弧を描いて宙を舞った一葉は「グエッ」と間抜けな声を上げると、そのまま気絶してしまった。

 そんな一葉を睨みつけると、アルムはビシッと人差し指で一葉を指差す。


「イチヨウ様、なぜ私を捨てたのですか!」

「あー、アルム?イチヨウは気絶してるみたいなんだけど…」


 怒り心頭といった様子のアルムに対して、ヒイラが苦笑いを浮かべながらそう言う。

 その後アルムの顔が羞恥によって真っ赤になったのは、言うまでもあるまい。

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