第115話 師匠の背中


 ヴァリーが刀を抜くと、周りにいた役人のやつらも戦闘準備に即座に入る。


「おいおい……お前も命知らずのバカか?」


 先程からずっと話していた役人の男が懐から杖を抜いて、油断なくヴァリーを睨みながら喋る。


「お前は我らがダリウスを捕まえた時の手際を見てないからこんなバカなことが出来るのだ。この片足のジジイなど数秒で捕まえたぞ」

「片足……? っ! ダリウス、お前……!」


 役人の言葉に倒れているダリウスを改めてしっかり見ると、長ズボンを履いていたから見え辛かったが、右足がズボンから見えない。

 太もも辺りまでズボンがダボついているので、そこまで足が無いとヴァリーは理解する。


「それも……世界樹というところに行った時にやったのか?」

「……ああ、そうだ」


 ダリウスの答えを聞いてまたもや申し訳ない気持ちが湧いてくる。


 なぜ自分はこんなにも刀のことを考え、自分のために命を懸けた者を疑ったのか。


「……すまない、ダリウス」

「いいんだよ、俺がしたくてしたことだ。その代わり、早く助けろ」


 謝っても本当に何も気にしてないというような態度で応じるダリウス。


「ああ、すぐに助ける」


 その言葉は口に出すことにより、ダリウスには安心感を与え、ヴァリー自身には決意を与えてくれる。


「ふん、お前らの友達ごっこにはもう飽きた――お前ら、やれ」


 男が合図を送ると、十人ほどの役人達が一斉に魔法を無詠唱でヴァリーに放つ。


 その魔法はダリウスとの戦闘のときより強力である。

 ダリウスの場合、役人達は殺さないで捕らえるという依頼があったので、手加減したのだ。


 しかし、目の前のヴァリーはただの邪魔者――殺しても、何の問題も無い。


 炎、風、土魔法。攻撃に向いている属性魔法がヴァリーの真っ正面から襲いかかってくる。


 どれも普通の人間が当たれば即死するほどの魔法、それが約十個も飛んできている。

「――ふっ!」


 ヴァリーはただ、一閃――。


 刀をただ一度横へ振るっただけ。


 たったそれだけで――全ての魔法が消える。


 役人の男は目の前が魔法で埋まって、ヴァリーの姿が見えなくなった時には勝ちを確信した。

 しかし一瞬で魔法が全て消えて、ヴァリーが刀を振り抜いた姿が見えてこれ以上なく驚愕した。


「なっ!? お前何をした!?」


 その問いに答えることなく、地面が削れるほど脚に力を込めて蹴り、一気にその男の懐に入る。

 そして一振り――今まで余裕があってニヤニヤしていた男は、最期は焦って驚愕している顔をしたまま頭が宙を舞った。


「――まず一人」


 ヴァリーから一番離れていたはずの役人の男がいきなり死んで、周りの役人達も驚愕する。


 まずヴァリーが生きていたということに驚いていたのに、急に目の前からいなくなったと思ったら後ろで仲間が倒されているのだ。

 驚かないという方が無理がある。


「くっ! お前ら落ちつ――」

「――二人目」


 一人、すぐに立て直そうとした男をヴァリーはすぐさま狙って首を飛ばす。


 ヴァリーの『縮地しゅくち』。

 一歩で相手の間合いまで詰める技術は、間違いなく世界一。


 他のエルフより多少優れている程度の者達は、その残像しか見ることが出来ない。


「うっ、うわぁぁぁぁ!?」


 一人の役人がそう悲鳴を叫ぶと、一気にその混乱が他の役人達に広まっていく。


 今まで死の覚悟もしたことがない人間が、いきなり死の恐怖が目の前に迫ってきたらパニックに陥る。


 その隙をヴァリーが見逃すはずが無い。


 『縮地』を駆使して一人一人首を落としていく。


 そして数秒後には……役人達は全員、首から上が無い状態で地に倒れていた。


「終わったぞ、ダリウス」


 血が付いた刀をまたも一振り、それをするだけで地面に血が飛び散り、刀は血が全く付いてない綺麗な状態になる。


「ありがとよ、ヴァリー……だが、血はここで落とさないで欲しかったがな」

「あっ……悪い、いつもの癖で」


 ここがダリウスの家だということを忘れて、外で魔物を倒して血を落とすという感じで家の中で行ってしまった。

 地面には刀を振って落とした血が付いてしまった。


「まあいい、あの役人共を殺して飛び散った血の方が多いからな」

「そうか、それは良かった」


 ヴァリーはそう喋りながら転がっているダリウスまで近付き、一振り。


 すると、ダリウスを縛っていた光魔法が破れ、自由に動けるようになった。


「はぁー、やっと動けるよ。全く、ジジイと言っておきながらジジイの扱いがなってない野郎達だったぜ」


 そう言いながら立ち上がり、首や腕を回して骨を鳴らす。


「……ダリウス、俺のせいで犯罪人になったのか?」


 ヴァリーは改めてダリウスにそう問いかける。

 少し申し訳なさそうな顔をするヴァリーに対して、ダリウスは特に何も気にした様子もない。


「俺がやりたくてやったんだ。お前のため、というのは否定しないが、俺のためっていうのが一番だ。お前が気にすんな」


 今までダリウスが造った刀を大事に抱えたまま、黙っていたレンが話に入ってくる。


「師匠、逃げなきゃ……! 今なら逃げられる……!」


 確かにレンが言う通り、政府の役人共は殺したので、今なら追っ手も来ることなく逃げれるだろう。


「いいんだよ、俺はもう十分だ」


 しかし――ダリウスは逃げない。


「もうやり残したことはない。レン、お前も俺とそろそろ離れるべきだ」


 レンの側に行き、頭を撫でながら言う。


「エルフのお前を拾った時、俺はお前をただ育てようと思ったが……立派な弟子になってくれたな。ありがとな、お前がいてくれたから、俺もここまで生きてこれた」

「し、しょう……!」

「俺が死んでもお前なら一人でやっていける。それにグラウスにもお前のことを頼んだしな。前に言ったこと、忘れるなよ?」

「わか、った……!」


 レンは師匠の顔を見て、涙を手で拭きながら頷く。


「よし、それでこそ俺の弟子で……俺の孫だ。じゃあな、レン」


 ダリウスはレンから刀を受け取って、最後に頭を強く撫でてレンに背中を向ける。


 レンはその背中を見た――これが最期の師匠の姿になると思って。

 絶対に忘れないよう、その背中を心に刻んだ。


 ダリウスは床に転がっているときに、一緒になって転がっていた自分の刀を拾ってからヴァリーに声をかける。



「ヴァリー、行くぞ――俺の最期の散歩に付き合ってくれ」

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