第21話 蛇島が支配する国
※視点が変わりますのでご注意ください
第三・五章:蛇島が支配する国
デンマークを統治するヴァイキングの王。この世界で最大の権力を持つ男は、青白い肌と吹けば吹き飛ぶような細い身体が特徴的な少年だった。屈強さとは程遠い弱弱しい彼は、名を蛇島と云い、その性格は蛇のように狡猾で、プライドの塊のような人間であり、すべての人間は自分より劣った存在であると確信していた。
「素晴らしい。こんなに清々しい朝は日本にいた頃だと考えられない」
窓から差し込み朝日に目を細めながら、眼前に広がる光景を嬉々とした表情で見下ろす。蛇島の目の前には百人の奴隷が土下座して、彼の目覚めを待っていた。奴隷は老若男女が混在しているだけでなく、ウェールズ人やイングランド人やフランク人まで人種でさえバラバラである。
多種多様な奴隷たちに土下座をさせているのは、あらゆる存在より自分こそが頂点に君臨する支配者だと認識するための儀式であった。彼はこの光景を朝の目覚めの際に楽しむことで、平凡な一日を最高の一日へと昇華させていた。
「おい、蘭子」
「ひゃ、ひゃい」
蘭子と呼ばれた少女が土下座をしたまま顔だけを上げて返事を返す。彼女はオリーブ色の肌と栗色の髪、さらには気の強そうな顔つきをした少女である。彼女が現代にいた頃は持ち前の気の強さと、優れた容姿で、クラス女子の支配者として君臨していた。だが今の彼女は違う。襤褸衣一枚で肌を隠し、何かに怯えたような表情を浮かべる姿は、支配者ではなく、奴隷のそれであった。
「誰が顔を上げて良いと言った!」
「しゅ、しゅいません」
「まぁ、良い。起立しろ」
「ひゃ、ひゃい」
蘭子は急いで立ち上がると、怯えた表情を浮かべたまま、ピシッと背筋を伸ばした。少しでも不手際があると懲罰がある。彼女はその懲罰が何よりも恐ろしかった。
「俺がなぜお前を立たせたか分かるか?」
「しゅ、しゅいません。わ、わたし、馬鹿だから分かりません」
「少しは頭を使え。俺に何か謝ることがないか考えてみろ?」
「しゅ、しゅいま――」
蘭子が答え終わる前に、蛇島は彼女の頬を平手打ちしていた。突然の痛みに彼女は目尻に涙を浮かべるが、その光景を蛇島は楽しそうに笑って見ていた。
「蘭子、お前の存在が俺をイラつかせる。だから殴られるんだ。さぁ、誰が悪いか言ってみろ」
「わ、わたし、が……う、うぅ」
蘭子は悔し涙を流しながら、自分が悪いと宣言を強要される。納得できない出来事に彼女はただ耐えるしかなかった。
「日本にいた頃、お前は俺のことを『根暗オタク』と馬鹿にしたよな。どうだ、その馬鹿にしていた男の奴隷になる気分は?」
「しゃ、しゃいこうの気分です」
「本当か? 俺に対して敵対心を抱いていないか?」
「ひょ、ひょんとうです。信じてくだひゃい」
あまりにも熱心に媚びる蘭子の姿に同じ奴隷仲間であるはずの奴隷たちから嘲りの笑いが起きる。人は自分より下の存在がいることに安心する。蛇島が彼女に辛く当たることで、奴隷たちは自分がああなるのは御免だと、彼に媚びを売り、反抗しなくなる。これも彼の計算の内だった。
「もう一度教育を受けてみるか?」
「きょ、教育はやめてくだひゃい」
蘭子は必死に媚びを売るような表情を浮かべながら、蛇島に懇願する。そこには一切のプライドがなかった。これほどまでに彼女が変化したのは、まさしく蛇島が口にした教育によるものだった。
教育とは新興宗教の洗脳方法を参考に、蛇島が考案した奴隷の教育方法であった。その方法には一切の暴力が介在しない。一人の奴隷を数十人の屈強なヴァイキングが取り囲み、大声で罵倒し続けるというシンプルなものだ。
最初の内は奴隷も罵倒に対する口答えをするが、なにせ相手は一人ではない上に、反抗すれば即座に屈強な男たちの怒鳴り声が飛んでくるのだ。反抗心は薄れ、どうすれば教育が終わるのかだけを考え、従順に変わっていく。
事実、蘭子は教育が始まってから半日で軽度の鬱病状態となり、支配者としての貫禄は消え去っていた。三日も経過すれば、彼女は主人に従順な奴隷に堕ちていた。
「蛇島あああっ!」
奴隷の一人が立ち上がり、怒りの形相で蛇島を睨み付ける。突然の出来事に蛇島は驚くも、襤褸衣を纏った男の正体が彼の奴隷ではなく、彼のクラスメイトが成り代わっていたのだと気づき、納得の表情を浮かべた。
「お前はえ~っと、誰だっけ?」
「俺の蘭子を! 許さねぇぞ」
「ああ。思い出した。この奴隷の彼氏だったな。彼女を助けるために、俺を殺しに来たのか?」
「そうさ。俺が殺してやる! 殺してやるとも!」
蘭子の彼氏は何もない空間から投擲用のナイフを生み出し、蛇島へと投げる。ナイフは彼の頬を掠め、流れ出た血が滴り落ちた。
「ちっ、外したか。だが次こそ――」
「次なんてあるかよ、バーカ」
蛇島も同様に、何もない空間から拳銃を生み出し、すかさず引き金を引く。発砲音が響くと同時に、蘭子の彼氏だった男は死体となって地面に倒れこんだ。呆気ない人生の幕切れだった。
「おい、蘭子。彼氏が殺されたぞ。俺に何か言いたいことはないのか?」
「あ、ありましぇん。それよりも、教育は勘弁してくだひゃい」
「そうか、そうか。お前も奴隷としての心構えが分かってきたようだな。で、俺の頬を見て、やるべきことが分かるか?」
「わ、分かりまひた」
蛇島の切られた頬に、蘭子の小麦色の手が触れる。すると傷が最初から存在しなかったかのように、綺麗に消え去った。
「お前自身は阿保で無能なゴミだが、お前の『触れた傷を完治させる能力』はそこそこ使えるな」
「あ、ありがとうございます。ご主人様のために頑張ります」
蛇島は蘭子の彼氏だった死体を見下ろしながら思考を巡らせる。ヴァイキングの王であり、重火器を自由に生み出せ、怪我をしてもすぐに治せる。果たして自分より優れている者などいるのだろうかと。応えは彼の中で決まっていた。いるはずがないと。そしてそれを証明するためには、学内試験で常に自分の上位にいた新庄を殺さねばならない。蛇島は必ず殺してやると誓いを胸に刻み込み、死体の頭を踏みつけるのだった。
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