第4話 性悪な幼馴染


 男子三日会わずンば括目して見よ、という言葉があるが、短い時間でも人の性格が変わるということは起こり得る。というより現実になっていた。


「旦那様、ご飯の用意ができましたよ♪」


 アルトリアを購入して三カ月が経過した。この三カ月の間に、彼女の信頼を得るべく、良い服を着せ、旨い食事を与え、フカフカのベッドまで与えた。すると人を寄せ付けない無口な少女は、元気で従順な少女へと変貌した。


「今行く」


 食卓へ赴くと、そこには豪華な食事が並べられていた。豚肉の塩焼きに、鱈のマリネ、森で採れる野菜を使ったサラダまである。


 アルトリアは思った以上に家事スキルも高く、この大きな屋敷の家事を一人でこなしていた。俺一人だけだと埃まみれになっていただけに、正直助かっている。


「どうぞ、こちらに」


 アルトリアが椅子を引いて、俺が座るのを待つ。まるで王にでもなかったのような気分で椅子に腰かけた。


「アルトリアも食べろよ」

「私は奴隷ですから。旦那様が食べ終わった後で頂きます」

「俺が一緒に食べたいんだ」

「ではお言葉に甘えて」


 アルトリアが俺の隣の椅子に腰かける。彼女の姿を横目で見る。横顔も女神のように美しかった。


「どうです? お口に合いますか?」

「ああ」


 自然と頬が緩むほどに旨い。プロの料理人顔負けの腕だった。


「喜んでもらえて良かったです」

「俺が食べているところを見ているだけでなく、アルトリアも食べて良いんだぞ」

「ええ。ですが私にとっての一番の幸せは、旦那様の嬉しそうな顔を見ることですから。もう少し幸せを噛みしめてから食事を頂きます」


 三カ月、この間に変わったのはアルトリアの性格だけではなく、俺との関係性まで変化していた。


 一言で云うと、異常なまでに懐かれていた。しかし彼女の感情は恋人に向けるようなそれではなく、まるで神を崇めるかのような感情に近い。新城教の神様とその信者という不思議な関係ができあがっていた。


 まぁ、懐かれて悪い気はしないし、別に構わないのだけれど。


「旦那様、今日のご予定は?」

「今日は市場に行く。欲しいモノがあるんだ」

「なれば私もお供します」

「よろしく頼む」


 食事を終えると、市場へと二人で向かう。市場を歩いていると、すれ違ったヴァイキングたちから挨拶される。俺が挨拶を返すと、誰もが嬉しそうに返事をくれる。


 アルトリアを購入してからの三カ月の間に、俺は首領すらも超える、この村一番の人気者になっていた。その理由はいくつかあるが、大きな要因は女神ウルズの使者であることと、買い物をする時に多めに金を払っていたことだ。他にも酒場に行っては、席を共にしたヴァイキングたちに酒をご馳走したり、コーラとポテチで宴を開いたりと、人気集めに余念がない。


 これもすべて安定した生活への布石だった。今の状況下なら、俺を副首領から引き釣り下ろそうと画策する者も現れまい。


「旦那様、今日は何を買いに?」

「食材の購入と、あとはここに来たかったんだ」


 俺が訪れたのは市場の中でも防具を扱っている店が集中しているエリアだった。その中の一つ、馴染みの店主が開いている店へと訪れた。


「これは副首領。今日は何をお探しで」

「女戦士用の武器一式をくれ」


 ヴァイキングは女性も戦うことが多い。というのも男たちが海外に略奪をしに行っている間、村を守護する戦力はどうしても低下する。そのための予備兵力として、女性も戦闘の訓練を積んでいた。


 女性のヴァイキングの標準的な格好は、鎖帷子の上からシュールコーという羊毛の上着を身に纏い、右手には丸盾を、左手には斧、もしくはイングランドから略奪した剣を持った。ちなみに男性のヴァイキングとの違いは、頭部を守る鉄兜を被らないことにある。理由は諸説あるが、女性の顔を見せることで、周囲の男たちの士気を高めるためという説が有力である。


「女戦士用ということは、そちらのお嬢ちゃんのですかい?」

「そうだ」

「それならあれがあったはず、え~と、ありやした。イングランドの貴族が使っていた鎖帷子と丸盾と剣の三点セットです」


 一目見ただけで質が良いと分かる装備だ。同時に値が張ることもすぐに分かった。


「ならこれを――」

「いけません、旦那様!」


 アルトリアが凛とした声で静止する。


「私のような下賤な奴隷にこのような高価な装備、豚に真珠が如し行いです。私はこの五体があれば、旦那様を守ってみせます」


 アルトリアは自分のために俺が大金を使うことに反対するが、金をケチることに意味はない。どうせコーラのおかげで金は無尽蔵に手に入るのだ。 


「アルトリアが俺の元へ来て三カ月経つだろう。この三か月間で、俺はお前が裏切らないと信頼した。だから信頼の証として武具をプレゼントしたいんだ」


 奴隷として購入した当初は、アルトリアに武器を与えて、それで殺されてしまうという展開になることを危惧していた。だが三か月間で、俺に危害を加える心配はないと確信を持てた。


「これはアルトリアが俺を守るためだけに剣を振るってくれると信頼した証だ。受け取ってくれ」


 こう云われては、アルトリアも受け取らないわけにはいかない。彼女は装備を受け取ると、荷馬車の中で着替えて戻ってきた。


「どうでしょう、旦那様」


 赤い色染めのシュールコーと、貴族が使っていた白銀の剣と丸盾を装備したアルトリアは、まるで戦乙女のような神々しささえ感じさせた。


「これからもよろしく頼むな」

「はい。私の命に代えても、旦那様をお守りします」


 新しい装備を喜ぶアルトリアを連れて、俺は再び市場で買い物を始める。市場は雨が降ると開かれないので、数日分の食料を買い込んでおきたかったのだ。


「そろそろ帰るか……」


 買いたいモノを一通り買い終えると、夕暮れ時になっていた。デンマークは日没が日本よりも遅いが、街灯などが一切ないことを考えると、完全に日が落ちる前に帰ってしまいたかった。


「ご主人様、今の声」

「なんだか聞いたことがある声だな」


 男女の怒鳴り声が聞こえてくる。痴話喧嘩かとも思ったが、女の方の声がどうしても気になってしまった。


「見に行くか」

「はい」


 声がする方へ駆けていくと、そこにはボロ衣を着せられた少女と、アルトリアを売ってくれた奴隷商人の姿があった。


 ヒステリックな怒鳴り声をあげる少女を、奴隷商人の男が頬を叩いて黙らせようとするが、少女は叩けば、叩くほど声の大きさを増した。


「どうかした――って、おまえ……」

「あんた、キモオタじゃない!」

「うげぇ」


 奴隷として捕まっていた少女は、俺の元クラスメイトで、幼馴染の女だった。腰まである長い黒髪と、整った目鼻立ち、そして白磁のような透明な肌は学園の男子生徒たちを魅了した。その美しさから学園一の美少女とまで云われていた。


 だがこいつは外見に反比例するように性格が最悪だった。美しいバラには棘があると云うが、こいつのトゲは美しさを台無しにするほど鋭い棘だった。


「可憐もこの世界にいたんだな」

「キモオタもタイムスリップさせられたのね。いや、それよりも、私のこと劣情を含んだ眼で見ないでよね。気持ち悪い」


 可憐はボロ衣一枚で、肌のほとんどを露出していた。もし可憐の性格を知らなければ、劣情を抱いていたかもしれないが、性格を知っている俺が、こいつにそんな感情を抱くことは万が一にもありえない。


「というより、お前、奴隷に堕ちたのか……」

「そういうあんたはどうして自由なのよ! クラスの最底辺の貧弱キモオタクが自由で、世界の宝とも云える絶世の美少女可憐様が奴隷なんて、こんなの絶対オカシイわ」

「奴隷の立場から吠えても惨めなだけだぞ」

「五月蠅いわね。私のこと憐れんだ目で見ないでよ。殺すわよ!」

「口を慎め!」


 奴隷商人が可憐の頬を平手で叩く。彼女の頬は真っ赤に染まり、目尻に涙も浮かんでいるが、表情は鬼でも殺しそうな勢いだ。


「お前、このお方をどなたと心得る」

「は? キモオタでしょ?」

「このお方は我らヴァイキングの副首領にして、女神ウルズの使者様だぞ。お前のような奴隷では本来口を聞くことすら許されない高貴なお方なのだ」

「キモオタが……」

「そう、店主の言う通り、俺はこの村のカーストでは首領の次に偉い。そして可憐、お前は最底辺の奴隷だ。そこんとこ理解したら、二度と生意気な口を聞くんじゃないぞ」


 俺がそう告げると、可憐は状況を理解したのか、不自然な笑みを浮かべる。普段人を馬鹿にする目的でしか笑わないから、口角が片方だけ釣りあがった変な笑い方になっていた。


「キモオタって、よく見ると可愛い顔しているわよね。そのお腹なんてブタさんみたいな膨れ方でとってもチャーミングだわ」

「普段人を褒め慣れてないから、褒めるつもりが罵倒になってるぞ」


 そもそも人を褒めるのにキモオタ呼びの時点で駄目だろ。可憐は幼馴染のくせに俺の名前なんて覚えていないから、キモオタと呼ぶしかないのだろうがな。


「とにかく私のような超絶美少女が困っているのよ。胸が痛むでしょう?」

「まったく。だってお前性格悪いし」


 くだらないことに時間を浪費してしまった。


「アルトリア、帰ろうか」

「はい、旦那様」


 俺はこの場から立ち去ろうとすると、可憐は必死になって、俺の背中にしがみついてきた。


「申し訳ございません。キモオ、じゃなかったタクマ様! 私が悪かったですから、助けてください!」

「…………」


 俺の名前、覚えていたのか。


 可憐を見ると、目尻に涙が溜まっている。どんなに性格が悪いと云っても幼馴染なのだ。見殺しにはできないか。


「店主、この奴隷を売ってくれないか?」

「はぁ、構いませんが。きっと後悔しますよ」

「うん。知ってる」

「副首領がそれでいいのなら、金貨一0枚でお譲りしましょう」


 学園一の美少女、やっすいなぁ。完全に捨て値じゃねえか。


「それで元取れるの?」

「はい。この奴隷はイングランドから略奪した奴隷ではないので、輸送費も掛かっていませんしね」

「ならどうして奴隷になったんだ?」

「食い逃げです」

「ちゃっちい理由だなぁ」


 この世界では犯罪を犯し、裁判で負けると犯罪奴隷になることがある。刑務所がないからこそ、奴隷になって奉仕することで罪を償うのだ。


「でも良いのか、金貨十枚なんて」

「普通に売れば顔は良いので、最低でも金貨二百枚の値は付くでしょうね。ただこの性格ですから、買った後の苦情処理が大変そうですし、私の商品全体のブランドイメージが悪くなるかもしれませんから」

「そうだとしても安すぎないか?」

「副首領様には前回多めに頂いていますから、そのお礼と思ってください」

「ならお言葉に甘えて」


 こういうサービスをされると、この商人を贔屓にしたくなる。商売上手な男だ。


「ほら、キモオタ。さっさと、あんたの屋敷に案内しなさい。私はベッドと食事をご所望よ」

「とんでもなく、うぜぇ」


 性格最悪の幼馴染と共に、屋敷へと帰る。可憐の態度は終始、村の誰よりも偉そうであった。


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