11―50

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 あれから、僕はその場に居た女性たちに順番にハグされた。

 それにより、30分くらい時間をロスしてしまった。


 クリスティーナ、レティシア、レリア、アリシア以外の女性たちは、何故か全裸になっている。

 あのお堅い印象のマリエルまでもがパーティメンバーたちにそそのかされて脱いでいた。


「じゃあ、ユーイチ。行くわよ」


 クリスティーナがそう言って、部屋の中央にあるプールへ向かって歩き出した。


「クリス、僕が先頭で移動するよ」

「駄目よ。隊列を守って頂戴」


 クリスティーナは、立ち止まってそう言った。


「でも……」

「ユーイチ、貴方には女の裸なんて珍しくもないでしょ?」

「そんなことないよ……」

「よく言うぜ」


 カーラがそう言って肩を組んできた。


「ユーイチ、この件に限ってはカーラの言うとおりですわ」


 レティシアまでカーラに同調した。


「主殿……流石にそれはどうかと思うのぅ……」

「カチューシャさんまで……でも、僕は女性の裸に慣れているわけではありませんよ?」

「ユーイチくん、それでしたら慣れるまであたくしの身体を見てくださいな?」

「何でそうなるんですか……」

「お前たち、ユーイチを困らせるのもいい加減にしろ」


 レリアが助け船を出してくれた。彼女は、まだ装備を身に着けたままだ。

 軽装のレリアやアリシアは、武器さえ解除すれば泳ぐのに支障はないだろう。


「我々から見れば、ユーイチは多くの女を侍らせているが、本人にとってはそれほどでもないのだろう」


『あれ……? 何か誤解されてる……?』


「はいはい、出発するわよ」


 黒い下着姿のクリスティーナがそう言って、再び歩き出した。

 レティシアがその後に続くが、彼女もレリアと同様にまだ装備を身に纏ったままだ。

 全身鎧だと沈むので水没した通路や海底を歩くのに丁度いいかもしれない。陸上とは勝手が違うだろうけど、戦闘時にも軽装の冒険者よりは戦いやすそうだ。


 そんなことを考えながら、数十メートルくらい歩くとプールの縁に辿り着いた。


「ユーイチ、敵が居たら教えてね」

「分かりました」


【レーダー】


 僕は、【レーダー】の魔術を起動した。

 視界に円形のウインドウが開く。

 周囲に青い光点がいくつも表示されていた。


【レーダー】のウインドウは、半透明ではあるが、若干視界を遮られるため、視界の隅へ小さく表示させる。


「レティ、行くわよ」

「ええ、分かりましたわ」


 そう言ってレティシアが白い光に包まれて下着姿になった。

 身に着けているのは、『魔布の青ブラジャー』と『魔布の青パンティー』だ。



 ――ザバン!


 ――ザバン!


 クリスティーナとレティシアが10メートル四方くらいの四角いプールへ飛び込んだ。


「次はオレだな」


 ――ザバン!


 裸のカーラがそう言って飛び込む。


「じゃあ、わたしたちも行くわよ」

「ああ」


 アリシアとレリアが白い光に包まれて下着姿になる。アリシアは、レティシアと同じ『魔布の青ブラジャー』と『魔布の青パンティー』で、レリアは寝間着に使っている黒いボディスーツ姿だ。


 ――ザバン!


 ――ザバン!


 アリシアとレリアも飛び込んだ。


「では、あたくしも……」


 ――ドブン!


 グレースが飛び込んだ。


『水音が違うんだけど……』


 飛び込む勢いが違うのか、彼女の柔らかい身体では発生する水音が違うのか、それともその両方か、他のメンバーたちとは飛び込んだときの水音が違った。


「主殿、我々も参ろうぞぇ」

「分かりました」


【フライ】【エアプロテクション】


 僕は、裸で左腕にしがみつくカチューシャを連れたまま、【フライ】で浮かび上がってプールの中央付近まで移動したあと、水中へ降りた。

【エアプロテクション】を掛けているので、何も音はしない。


 カチューシャの髪が水中で盛大に逆立った。

 どうやら、彼女は【エアプロテクション】を掛けていないようだ。


【フライ】で沈んでいくと横向きの通路が現れた。

 通路には、先行したパーティメンバーたちが奥へ向かって泳いでいるのが見える。


『そういや、ニンフの泉でもこんなことがあったな……』


 僕は、ニンフの泉で裸のニンフたちに囲まれて泉の中を泳いだことを思い出す。

 しかし、あのときと違って、今は凄くいけないものを見てしまっているように感じる。

 ニンフが妖精だからか、現実感のない状況だったからか、これほど強い感情は抱かなかった。


【戦闘モード】


 僕は、【戦闘モード】を起動した。

 パーティメンバーには悪いと思ったが、【戦闘モード】を起動したままにすることで、常に冷静さを保つことにしたのだ。

 何故、パーティメンバーに悪いかと言えば、静止したような世界でじっくりと身体を見てしまうからだ。

 そして、脳裏に焼き付いたその映像は、その気になればいつでも鮮明に思い出せる。

 それどころか、【工房】を使えばグラビア写真のような印刷物を作ることさえできてしまうのだ。


 僕は、静止した世界で物凄くゆっくりと移動していた。


『流石にこれは遅すぎる……そういえば、【戦闘モード】は集中力によって加速度が変わるとか……』


 フェリアがそんなことを言っていたのを思い出す。

 リラックスした状態で【戦闘モード】を起動するよりもモンスターと戦うときに起動したほうがより思考が加速して世界をスローに感じるという話だった。

 つまり、【戦闘モード】による思考の加速は一定ではなく条件により変わるということだ。

 意図的にできるのかどうかは分からない――少なくともそんなことを試したことはない――が、試してみる価値はあるだろう。


【戦闘モード減速】


 僕は、そう念じてみた。


 すると、今まで静止したような感覚だったのが、スローモーション程度まで周囲の動きが加速した。


『こうやって、ある程度コントロールできるんだ……』


【戦闘モード減速】


 僕は、更に【戦闘モード】を減速させてみる。

 前方を泳ぐパーティメンバーたちの手足の動きが速くなった。

 感覚的には、実時間の2分の1くらいの動きだろうか。

 つまり、現実の1秒を2秒くらいに感じる程度ということだ。

 これくらいなら十分に許容できる。


 ちなみにクリスティーナ、レティシア、レリア、アリシアは、バタ足で泳いでいるが、カーラとグレースは、大きく足を広げて平泳ぎをしている。


『何か作為的なものを感じるな……』


【戦闘モード】を起動中なので、数メートル先で展開される目に毒な光景を見てもそんな思考が頭に浮かぶだけで、特に心が乱されることはなかった。

 オフィリスに憑依しているときにも思ったが、この水没した通路はかなり長い。おそらく、数百メートルといったところだろう。

【マニューバ】で移動したオフィリスと違い、泳いで移動するのは時間が掛かりそうだ。

 減速されているとはいえ、【戦闘モード】を起動した状態では余計に長く感じる。


『【戦闘モード】をオフにして、少しの間、寝ようかな?』


 そんな考えが頭に浮かぶ。

【フライ】は、一定の速度で移動しつづけることができるし、カチューシャにことづけておけば万が一の場合にも問題は起きないだろう。


 僕は、カチューシャに【テレフォン】で連絡しようと【戦闘モード】をオフにした。

 その瞬間、背後から何者かに抱きつかれる。


「わっ……」


 驚いて声を上げるが、【エアプロテクション】を使っているので僕以外の人間には聞こえない。

 更に頭上を全裸の女性が追い越していく。その女性はエレナかモニカだった。

 おそらく、背中に抱きついているのは、双子の片割れだろう。

 裸なので、僕には見分けがつかないのだ。


 刻印体の場合、一卵性双生児を見分けるのは通常よりも難しいのではないかと思った。

 一卵性双生児は、同じDNAを持つ双子なのだが、親しい人間になら見分けがつくようだ。指紋なども違っているらしい。

 動物のクローンでも毛の色が違ったりといった差異があるそうなので、成長時(細胞分裂)のランダム要素というものが結構あるということだろう。


 しかし、刻印体はオリジナルのDNAから素体を構築している可能性があるのだ。

 僕がそう感じたのは、太った女性に刻印を施したら体型が変わったところを目撃したときだ。

 本人の願望などが反映されるようなので、DNA説も間違っているかもしれないが、瓜二つのリッチ姉妹を見ているとあながち間違いではないように思える。


 彼女たちは、手足を動かして泳いではいない。僕と同じように【フライ】を使って移動しているのだ。

 また、彼女たちは、【エアプロテクション】が使えないので、長い黒髪が水中でたなびいている。


 僕を追い越したエレナかモニカのどちらかは、水中で身体を反転させた。

 そのため、ぶつかりそうになったので、僕は【フライ】の移動速度を落とす。

 しかし、僕の正面に回り込んだ女性は両手を広げて更に減速をした。

 僕は、その女性に正面から抱きしめられてしまう。


 双子たちの意図がよくわからない。

 正面と背後から抱きしめられた状態で、僕は【フライ】の速度を上げようとした。

 クリスティーナたちから少し離れてしまったからだ。

 すると、左右の足に誰かがしがみつく感触があった。

 更に左右の側面からも裸の女性たちが僕のすぐ側に泳いできた。

 左側に居るのはアンジェラ、右側にはマリエルだった。

【レーダー】に表示されてはいるのだが、モンスターを示す赤い光点ではないため警戒していなかったのだ。


 二人は、泳ぎながら僕に抱き着いてくる。

 左腕にはカチューシャがしがみついているので、アンジェラはカチューシャの向こうから、彼女を間に挟み込むような恰好だ。

 モニカたちが【フライ】で追いついて僕の速度を落とさせたのは、後ろからついてきている女性たちに追い付かせるためだったのかもしれない。

 女性たちが僕にしがみついているのは、水中での移動が楽だからだろう。


 僕は、周囲を裸の女性に囲まれながら海中の通路を移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 それから数分くらいで通路を抜け海底に出た。


 先ほどと同様に透明度の高い綺麗な海中が広がっている。

 しかし、視界に裸の女性たちが見えているせいで、景色を楽しむ余裕はなかった。


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、【14:52】だ。

 いろいろと時間をロスしたが、まだ、午後3時前だった。

『ローマの街』もこの世界の他の都市と同様に日が暮れるのが冬場並に早いが、急げば門限までに戻れるかもしれない。


 クリスティーナたちパーティメンバーが海中で停止してこちらを振り返った。

 僕の位置からだと少し見上げる格好となる。


 僕は、周囲を裸の女性に囲まれたままパーティメンバーの近くへ移動する。

 クリスティーナがハンドサインで上へ移動するという指示を出した。

 とりあえず、海面に出て今後の予定を相談するつもりのようだ。


 パーティメンバーたちが上へ向かって泳いで行く。

 僕もその後に続いた。


 海面に顔を出して【エアプロテクション】の魔術をオフにする。

 途端に海水が全身にまとわりついてきて、ずぶ濡れになってしまった。


 ――ザバッ!


 ――ザバッ!


 ――ザバッ!


 ――ザバッ!


 ・

 ・

 ・


 周囲でいくつもの水音がして、女性たちが海面に顔を出した。


「ユーイチ、これからどうする?」

「まだ、午後3時だから、急げば『ローマの街』へ帰れないかな?」

「せっかくですから、今日はここでバカンスを楽しみませんこと?」


 レティシアがそう提案した。


「お、珍しく気が合うじゃねぇか?」

「名案ですわ」


 カーラとグレースが賛同した。


「バカンスって何するの?」


 僕には縁遠い言葉なので聞いてみる。


「海で泳いだり、浜辺で日光浴したりしてのんびりと過ごすことですわ」

「ユーイチとセックスしたりな」

「それはしませんけど……」

「何じゃ、主殿……しないのかぇ?」

「しませんよ」

「では、妾とまっとぷれいをいたしましょう」

「えっ!? こんな外で……何考えてるんですか!?」

「たまには、開放的で良いではございませぬか……?」

「誰かに見られたらどうするの?」

「ユーイチ、この辺りに人が来ることはないわ」

「どうして?」

「『ローマの街』の西にある森はゴブリンが多数、棲息しているわ」

「ゴブリンくらいで?」


 冒険者にとっては、ちょうど良い経験値稼ぎになるのではないだろうか?


「森の中は、戦いにくいから、冒険者たちも、こっちのほうへは来ないのよ」

「森を迂回することはできないのですか?」

「森林地帯は、ずっと北まで広がっているし、南も『ラティーナの街』の近くまで延びているわ」

「『ローマの街』の人は、海へは来ないの?」

「ええ、海へ行くときは『ラティーナの街』経由で行くわね」

「『ラティーナの街』って、リゾート地なの?」

「どちらかと言えば、港町と言ったほうが正しいと思うわ。漁業が盛んなのよ。リゾートは『ナポリの街』の方でしょうね。綺麗なところで、商家の別荘も多いわ」


『元の世界でも「ナポリを見て死ね」と言われるくらい景観が美しい所らしいからなぁ……』


 そう遠くないと思われるこの辺りの海もエメラルドグリーンで透明度が高く凄く綺麗だった。


「へぇ……」

「じゃあ、ユーイチ。ここで明日の朝まで過ごすということでいい?」

「ええ、僕はそれでもいいです」

「反対の人は?」


 クリスティーナがそう言って周囲を見渡した。


「「…………」」


 誰も異論を唱える者は居なかったため、僕たちはここでバカンスを楽しむことにした――。


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