11―32
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翌日、マリエルのパーティは、朝食を摂った後、街へ帰るために地下迷宮の入り口へ向けて出発しようとしていた。
「リーダー……あそこの天井……穴が空いてる……」
モニカがやって来て、マリエルにそう言った。
彼女が指を差した方の天井を見たが、マリエルには暗くて何も見えない。
これまでにも何度かこの部屋には来たことがあったが、それでも気づかなかったくらいなので、スライムの穴と同様に幻術で隠されている可能性がある。ちなみに最初の頃は、アンジェラのパーティと共同で来ていた。
「スライムの穴か?」
「そうかもしれない……」
「念のため、調べておこう」
「分かった……」
マリエルたちは、モニカに誘導されて問題の天井近くへ移動した。
シンシアが【ウィル・オー・ウィスプ】で天井付近を照らしてくれたが、マリエルには天井に穴が空いているようには見えなかった。
やはり、スライムの穴と同様に幻術で隠されているのだろう。
「スライムが落ちてくるかもしれないから気をつけろ!」
「ああ」
「分かりました」
ジョゼットが【ホーリーウェポン】を前衛のメンバーに掛けていく。
それが終わるのを待ってから、マリエルはモニカを促す。
「モニカ」
「分かった……」
モニカが穴の下へ移動した。
「…………」
「どうだ?」
ドミニクがモニカに声を掛けた。
「何も居ない……横穴がある……」
「どういうことだ?」
「隠し通路?」
「そうだと思う……」
「どうしますか?」
ジョゼットがモニカに問いかけた。
「モニカ、偵察してくれるか? 危険を感じたらすぐに戻って来い」
「分かった……」
モニカが立ったままの姿勢で空中へ浮かび上がった。
そのまま、上昇していき、頭から天井にぶつかる。
しかし、モニカの頭は、そのまま天井に呑み込まれ、更に身体も天井の中へと消えた。
その光景を見て、マリエルは不安になる。
◇ ◇ ◇
「見てきた……」
暫く待っていると、背後から声を掛けられた。
「おわっ!?」
「きゃっ!」
「なっ!?」
パーティメンバーが驚く。
マリエルも驚いたが、他のメンバーの声に圧倒されたため、声を上げずに済んだ。
振り返ると少し空中に浮いた状態のモニカ立っていた。
「どこから出てきたんだ?」
「あっちにも同じ穴があった……」
「中で繋がっているってこと?」
ローラがモニカに質問した。
「そう……他にも別の通路に通じる穴があった……」
「そっちも見てきたのか?」
時間的にこの部屋の二つの穴を移動しただけとは思えなかった。
「うん……」
「地下迷宮には、まだ奥があるってことか?」
「そうみたいね」
「どうします?」
「探索したいところだが……シンシア、どう思う?」
「
「そうだぜ。オーガでも楽勝だしな」
「だが、天井に登る手段がない」
「それなら、
「降りるときはどうする?」
「高さは同じくらいだから、落ちても問題ない……」
マリエルは、少し思案した。
ここで引き返して、他のパーティにこの情報を伝えると、功名心から我先にとやってくる冒険者パーティが続出するだろう。
マリエルたちも発見者としての名は残るだろうが、攻略しないと真の尊敬は勝ち取れない。
「では、先頭はシンシア、次に
「分かった……」
「
シンシアが穴の下辺りに移動する。
モニカが背後からシンシアの身体を抱きかかえる。
そのまま、空中を上昇して二人とも天井に入って行った。
モニカは、すぐに降りてきた。
シンシアを抱えていなかった。
マリエルは、モニカの前に移動した。
「鎧を解除して……引っ掛かる……」
「そうだな」
マリエルは、装備から邪魔になりそうな鎧を外し、下着などのインナーの上に鎖帷子を装備した状態となった。
「鎖帷子も邪魔……」
「しっ、しかし、コレを脱いだら……」
「周りには女しか居ない……」
「分かった……」
マリエルは、鎖帷子も装備から外した。
これで、上はタンクトップのシャツ、下はパンティーというあられもない姿になってしまう。
寒い地下迷宮の中で、この格好は、かなり気恥ずかしかった。
モニカが背後から抱きつき、マリエルの身体を抱きかかえた。
エルフのシンシアは、華奢で小柄だが、マリエルはモニカよりも背が高く、体格も良いので手間が掛かりそうだ。
マリエルは、自分の体が空中を上昇していくのを感じた。
視線を上げると天井が迫っている。
天井に突っ込む瞬間は、流石に肝が冷えた。
マリエルの頭上には、ローラが設置してくれた【ライト】の光源がある。
縦穴の中は、その光が周囲に反射して内部を明るく照らしている。
天井から数メートル上昇すると横穴が見え、横穴の床が胸の辺りの高さになったところで上昇が止まった。
「到着……」
「すまない」
「足を開くといい……」
「……? どういうことだ?」
「左右の壁に足を突けば、この位置を保持できる……」
マリエルは、二の腕を横穴に突いて、足を左右に開いて左右の壁に突いた。穴の幅は、1メートルくらいなので、大柄なマリエルには足を開けば楽に届く間隔だった。
「自力で入れそうだ」
「分かった……」
モニカは、マリエルの身体を離した後、下へ降りて行った――。
◇ ◇ ◇
マリエルは、横穴に入った後、途中の分岐を曲がり、一本道の隠し通路を出口まで移動した。
降りるときは、逆さ向きで手を放し、落下中に空中で体を捻って着地した。
「良かった。一人じゃ心細かったですの……」
マリエルが降りるとエルフのシンシアが声を掛けてきた。
彼女は、エルフと言っても魔力系の魔術が使えるわけではないので、飛行することはできない。
こんなところに一人で取り残されたら、帰ることができなくなってしまうだろう。
「敵は居ないようだな……」
「マリエル、そこをどいたほうがいいですわよ?」
その言葉で次のメンバーが落ちてくることに思い当たった。
マリエルは、少し移動して装備を身に着けた。
「モニカが居なければ、帰れなくなってしまうな」
「考えていたのですけれど、【ストーンウォール】を使えば、天井の穴まで移動することができると思いますわ」
シンシアは、一人で取り残された場合のことを考えていたようだ。
天井までは10メートルくらいあるので、戦闘状態でジャンプしても届かないだろう。
しかし、精霊系魔術の【ストーンウォール】を足場にしてジャンプすれば届くかもしれない。いや、シンシアは複数の【ストーンウォール】を設置することを考えているのかもしれない。【ストーンウォール】の魔術は、空中に設置することもできるようなのだ。
「だが、どこに穴があるのか分からないぞ?」
「
シンシアの言葉に釣られて天井を見ると、裸のドミニクが頭から落ちて来た。
マリエルと同じように空中で足を振って、体を反転させて着地する。
「ふぅ、頭から落ちるのは冷や汗ものだぜ」
そう言って、マリエルたちのほうへ歩いてきた。
「どうして裸なんだ?」
「あたしは、下着を履いてないんだよ」
「その代わりに革鎧を着ていただろう?」
ドミニクは、マリエルのような鎖帷子ではなく薄手の革鎧を鎧下として装備していたはずだ。
「マリエルも鎖帷子を脱いでいただろ?」
「それは……そうだが……」
マリエルには、返す言葉が見つからなかった。
「さっさと装備を身に着けろ。いつ、敵が現れるか分からないのだからな」
マリエルは、代わりにそう言った――。
◇ ◇ ◇
その後、ジョゼット、ローラ、モニカが穴から降りてきた。
「装備を調えろ。奥を探索する」
マリエルは、パーティメンバーにそう命じた。
「リーダー……少し休憩させてほしい……」
モニカがそう言った。
おそらく、魔力を消費したからだろう。
「では、ここで暫くキャンプをする」
「この奥が何処まで続いているのか分からねぇからな」
「準備はしっかりしておかないとね」
「そうですわね」
シンシアがキャンプセットを設置して、
マリエルは、今後の方針を相談することにした。
「この先は、未知の領域だ。どんな危険が待ち受けているか分からない」
「そうですわね」
「この場所は、袋小路になっている。逃げることはできないが、挟み撃ちになることもない」
「問題は、敵の強さと数だな」
「勝てない敵に追いつめられたときには、モニカはジョゼを連れて天井から逃げろ」
「……それは無理……」
「どうしてだ?」
「オーガが復活していたら、
「倒す必要はないだろう?」
「逃げ切れるとは思えない……」
オーガは、近づくまで襲って来ないが、距離を取っていれば襲ってこないというわけではない。
前にマリエルのパーティは、オーガを背後から攻撃しようと部屋の端から回り込もうとしたことがあったが、部屋の半分くらい進んだところでオーガが反応したのだ。
つまり、あの部屋の中のあるラインよりも奥へ入った冒険者を襲うように仕組まれているのだろう。
また、襲われてから部屋の入り口まで逃げてもオーガは追ってくる。
オーガは、体が大きいこともあり、走る速さはかなりのものだ。
【フライ】では追いつかれるだろう。【ウインドブーツ】なら何とかなるかもしれないが……。
「では、シンシアならどうだ?」
「
「しかし……」
「普通に考えて、急にそんな強ぇモンスターが出てくることはねぇだろ?」
「だが、ドミニクも言ったように数が増えれば脅威になる」
例えば、オークはマリエルたちのパーティから見れば、同数の大型種であっても勝てない相手ではない。
しかし、大軍が居るため、オークの拠点には近づけないのだ。
勿論、女性ばかりのパーティなので囚われると死ぬよりも悲惨な目に遭うことが分かっているということもある。
「オーガが3体居たらヤバい……」
「2体でもヤバいですわ」
モニカとジョゼットがそう言った。
「そのときは、1体を
シンシアがそう答えた。
シンシアは、精霊系の魔術師だが、レベルが高いため、オーガの攻撃を回避し続けることができるだろう。
精霊系の魔術には、身体能力を高める魔法があるので尚更だ。
「3体居たらどうする?」
「
「それは危険よ」
ローラがそう言った。
オーガには、【スリープ】の魔術は効くが、コボルトを眠らせるのとは違い、すぐに目覚めてしまうのだ。
しかも、起きたオーガは、【スリープ】を掛けた術者を執拗に狙うため、リスクのほうが大きい。
「あたしとマリエルで一体ずつ引き受ければいいさ」
「それでは、倒すのに時間が掛かりすぎる……」
この作戦は、最大戦力のシンシアが防御に徹するため、ただでさえ倒すのに時間が掛かるだろう。
「回復が持つかが鍵ね」
「『魔力回復薬』を飲みますわ」
『魔力回復薬』を飲むと魔力の回復速度が通常の2倍くらいになるらしいが、所詮は気休め程度だった。
だが、やらないよりはマシだろう。
「
「お姉様は、戦士としても活躍しておられますから……」
ジョゼットは、回復系レベル4までの魔術が使えるが、ローラは回復系レベル2までしか使えないのだ。
魔法が使えないマリエルからすれば、例えレベル2でも魔法が使えるというだけで羨ましかった――。
◇ ◇ ◇
マリエルのパーティは、十分に休息を取った後、昼食を摂った。
こういった、迷宮内での食事は、事前に街で買って
このパーティには、エルフのシンシアが居るので、彼女の【料理】スキルでスープなどを出して貰うこともあった。寒い地下迷宮内では、温かいスープが何よりのご馳走なのだ。
「そろそろ出発するぞ」
「うっし! 行くか!」
パーティメンバーたちが身支度を始める。
準備が終わるのを待ってから、マリエルは地下迷宮の奥へ向け歩き始めた――。
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