9―21

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「ふぅ……食った、食った……」


 刻印を刻んだ体は、満腹にはならないが、ある程度食べると満足感が得られるので、ただでさえ無い食欲が殆どなくなるのだ。


「美味しかったですわ」

「とても美味しかったです」

「特に焼き芋が最高だったわ」

「そうね」

「ありがとうございます。ご主人様」


 特に焼き芋が好評だったようだ。

 僕もサツマイモの名産地である茨城県に生まれ育っているので、焼き芋は大好きだった。


「そういえば、ボリスさんのパーティは昼食を摂らなかったみたいだけど、大丈夫なの?」


 気になっていたことをレーナに聞いてみた。


「ああ、あの商隊は、ここに10時くらいに到着してますからね」

「え? そうなんだ?」

「ええ、あたしたちの商隊とすれ違うためにここで待ってたんですよ」

「なるほど……。こういった休憩地点は、『ウラジオストクの街』までにいくつあるの?」

「6箇所よ。今日は、第四休憩地点まで移動して、そこで朝まで野営するの」

「明日は?」

「明日は、朝の8時に第四休憩地点を出発して夕方にはウラジオストクに到着するわ」

「他の商隊とすれ違いはあるの?」

「ええ、第五休憩地点でラジオストクを出た商隊を待つの。その2時間程度の休憩の間にお昼を済ませておくのよ」

「『ウラジオストクの街』から商隊が来たら出発するんだね?」

「ええ、そこから一度の休憩を挟んだら、次はウラジオストクよ」

「『ウラジオストクの街』からは、毎日商隊が出てるの?」

「いえ、一日おきよ」

「なるほど、よく分かったよ」


 実際には、ゴブリンとの戦闘などで時間通りに移動することはできないだろうが、『ナホトカの街』から『ウラジオストクの街』までの街道には、約2時間おきに休憩地点が6箇所あって、『ナホトカの街』と『ウラジオストクの街』からは交互に商隊が出発しているようだ。

 そして、商隊がすれ違う休憩地点は、正午頃に到着する休憩地点ということだ。


『野外テーブルセット』のテーブルの上には、包み紙などのゴミが散乱している。

 おそらく、テーブルを『アイテムストレージ』へ戻すと消え去るだろうけど、歩きながら食べているときにゴミが出た場合のためにゴミを処理するゴミ袋を作ることにした。


【工房】→『アイテム作成』


 僕は、目を閉じて直径50センチメートル高さ70センチメートルくらいの円筒形をした革の袋を連想する。

 底は丸みを帯びていて、入り口は絞ってあり、広げて中にモノを入れることができるようにする。

 そして、下記条件と自動清掃機能を追加する。自動清掃機能は、『アイテムストレージ』へ戻したときに発動するよう設定しておく。


―――――――――――――――――――――――――――――


 追加条件1:分解不可

 追加条件2:譲渡不可


―――――――――――――――――――――――――――――


[作成]


 自動清掃機能を追加したためか『魔法石が1個必要です。よろしいですか?』という画面が表示されたので、【商取引】で購入して作成する。

 アイテム名は、『ゴミ袋』にした。

『自動清掃機能』によるゴミの削除なので、捨ててはいけないものに関しては中に残るはずだ。


 早速、試してみることにした。


『ゴミ袋』


 小さなサンドバッグのような形の革袋が召喚された。

 入り口を縛ってある紐を解いて、口を開ける。

 テーブルの上にある包み紙やペットボトルのような容器を『ゴミ袋』へ入れていく。

 いくつか入れたあと、口を縛って、『アイテムストレージ』へ戻した。


『ゴミ袋』


 再び『ゴミ袋』を召喚して中を確認してみると、何も入っていなかった。

 想定していた通りの効果を持っているようだ。


 僕は、『ゴミ袋』と『野外テーブルセット』を『アイテムストレージ』へ戻した。

『野外テーブルセット』の上に乗っていたゴミは、一緒に消え去ったようだ。

 石畳の地面の上には、ゴミは落ちていない。


 それから間もなく、商隊は第二休憩地点を出発した――。


 ◇ ◇ ◇


 第二休憩地点を出てからは、特に問題もなく第三休憩地点へ到着し、そこで約1時間の休憩を取った後、第三休憩地点へ移動を開始し、約2時間後には、野営地点である第四休憩地点へ到着した。

 時刻は、夕方の6時前だったが、辺りは暗くなっていた。

『ナホトカの街』の近郊は、『闇夜に閉ざされた国』に近いためか、日が暮れるのが早いようだ。

 海には、近いはずだが、周囲の景色は山の中のようだった。


 第三休憩地点にもあった焚き火の跡がこの第四休憩地点にもあった。

『ウラジオストクの街』から出発した商隊は、第三休憩地点で野営し、『ナホトカの街』を出た商隊は第四休憩地点で野営するということだ。

 それぞれの街からは、一日おきにしか商隊が出ていないようなので、今日は商隊が出なかったのだろう。

 昨日は、ボリスが護衛するアロノフ家の商隊が『ウラジオストクの街』を出発したということだ。


 レーナの話によれば、第四休憩地点のここで野営して、明日の8時に出発するようだ。

 そして、10時に第五休憩地点へ到着して2時間の休憩を経て、『ウラジオストクの街』から来た商隊と入れ替わりに12時頃に第五休憩地点を出発して第六休憩地点で休憩した後、『ウラジオストクの街』へ到着する予定だ。


【ナイトサイト】


 僕は、【ナイトサイト】の魔術を起動した。

 周囲が曇りの日くらいの明るさで見通すことができるようになったので、商隊メンバーが何をしているのかを見学することにした。


 デニスのパーティメンバーは、野営の準備をしている。

 御者たちは、馬を馬車から外して、近くにあった馬を繋ぐ柵のようなものに繋いでいる。

 名前は知らないが、テレビか何かで観た西部劇の店先にあるような丸太のようなもので作った――実際には【工房】で作ったものだと思われる――設備だ。

 そして、水と飼い葉の入った桶を馬の前に置いた後、馬にブラシをかけている。


 僕たちのパーティは、やることがないので手持ち無沙汰だった。


『どうしよう? 暇だし、トロール狩りにでも行ってくるか?』


 しかし、僕はその考えを否定する。

 お金は十分にあるし、デニスたちに説明するのも面倒だからだ。


『寝袋が必要じゃないかな?』


『ロッジ』で休むほうが楽だけど、僕たちだけ『ロッジ』で休むのも気が引ける。

 モンスターの夜襲がある可能性もあるのだ。


【工房】→『アイテム作成』


 僕は、目を閉じて【工房】でマジックアイテムの寝袋を作ることにした。

 いつものように『作成するアイテムをイメージしてください』と表示されたので、革製の寝袋をイメージする。

 内側は毛布のような生地にして、内側からもファスナーで閉じられるタイプだ。

 僕が使うだけなら、170センチメートルくらいの人間が楽に使えるものでいいのだが、汎用性を考えたら190センチメートルくらいの人間も使えるものにしたほうがいいだろう。

 雪山で使うわけではないので、ゆったりとしたサイズにする。


―――――――――――――――――――――――――――――


 追加条件1:分解不可


―――――――――――――――――――――――――――――


 誰かに渡すかもしれないので、分解不可のみを条件に入れた。

 自動清掃機能は、中に何かを入れたまま『アイテムストレージ』へ戻すことはないので、仮に汚れていても戻したときに綺麗になるはずなので付けなかった。


[作成]


[作成]ボタンを押すイメージを行い、アイテム名は『寝袋』とした。

 今回も魔法石は要求されなかった。

 そういえば、『ラブマット』のときは、こちらから魔法石を一つ追加して作った。

 そしたら、500個以上の『ラブマット』が作成されたのだ。

 もしかすると、今回も魔法石を追加して作ったら、500個以上の『寝袋』が作られたのだろうか?

 いや、『寝袋』は『ラブマット』よりもずっと小さいので、数千個できた可能性がある。


『寝袋』


 早速、石畳の地面の上に召喚してみる。

 ファスナーを下ろして中に入る。

 そして、内側からファスナーを上げた。

 ローブやクロークを着たままでも楽に入ることができた。


「あらあら、ご主人サマ。面白いアイテムを作られましたわね」


『寝袋』に入った僕を見てフェリスが声を掛けてきた。


「レシピを渡すから、フェリスも作ってみて。あと、みんなにレシピを渡しておいて」

「はいですわ」


『トレード』


 僕は、『寝袋』のレシピをフェリスに渡した。

 レシピを受け取ったフェリスは、それを他の使い魔たちに配った。

 そして、彼女は僕の隣に『寝袋』を召喚した。

 ファスナーを開けて中に入る。

 寝ころんだ状態でそれを見ていた僕は、短いスカートがヒラヒラと揺れて中が見えるので目を逸らした。


「中は広いですわね。これだとご主人サマと一緒に入って寝られそうですわ」


 フェリスが何やら不穏なことを言っている。


「ご主人様、それ何ですの?」


 オリガが興味深げに近づいてきた。


「外で寝るときに使う『寝袋』だよ」

「寝袋? でございますか?」

「見たことない?」

「はい。初めてですわ」


 こちらの世界では、寝袋は珍しいようだ。


 ――冒険者たちは、野営のときマントや毛布にくるまって寝るのだろうか?


 そもそも、冒険者には睡眠は必要ないし、寒さなどに対する耐性も高い。

 それに、モンスターの夜襲を受けた場合、とっさに対応できない寝袋は問題があるかもしれない。


 僕は、ファスナーを開けて『寝袋』から出た。

 そして、近くに居るオリガに聞いてみる。


「野営のときって、護衛の冒険者は寝るの?」

「睡眠は取りませんわ」

「そうなんだ……」


 どうやら、護衛の冒険者は寝ずの番をするらしい。

 冒険者は、睡眠を取らなくても問題はない。

 僕の場合は、寝ないと暇なので睡眠を取るのだ。

 おそらく、他の冒険者たちもそうだろう。


「野営中にゴブリンに襲われたことはある?」

「勿論ですわ」

「野営中によく襲撃されるの?」

「そうですわね。3回に1回程度の確率でしょうか……」

「じゃあ、今日も襲われる可能性は3分の1くらいあるんだ……」

「ええ」


 野営中にゴブリンの襲撃がよくあるようなので、寝るのは危険なのだろう。

 僕たちのように【ワイド・レーダー】の魔術を持っていれば、一人が起きて番をすれば、ゴブリンに襲撃される前に態勢を整えることができるが、いつ物陰から襲われるか分からない彼らは、警戒を怠れないのだろう。


 レーナとミラもこちらにやって来た。


「ご主人様、こちらへ来ませんか?」


【ウィル・オー・ウィスプ】を連れたレーナに誘われた。

 しかし、冒険者や御者の近くに行くと気を使わせることになるのではないだろうか?


「いいの?」

「はい。皆もご主人様の話が聞きたいようです」

「分かった」


 僕も冒険者について興味があるので、その提案に乗ることにした。

 僕は、『寝袋』を『アイテムストレージ』へ戻してレーナの後に付いていく。


 向こうに二つの焚き火があった。

 焚火と街道の間には、馬車が置いてある。

 モンスターがどちらから襲ってくることが多いのかは知らないが、焚火の光を馬車が遮るような位置関係にしているのではないだろうか。


 焚火の一つは、デニスたち冒険者パーティの男性メンバーが囲んでいる。

 もう一つの焚き火は、4人の御者が囲んでいた。


『どっちに向かうのだろう?』


 僕は、そう思った。

 おそらく、冒険者のほうだろうけど、人数のバランス的には、御者たちが居るほうが空きスペースはある。

 レーナは、意外にも御者達が囲んでいる焚き火のほうへ移動した。


「ゲルマン、邪魔するよ」

「どうぞ、お嬢さん」


 4人の男達は、年齢は様々だが全員が髭面という共通点があった。

 ゲルマンと呼ばれた御者は、40歳くらいに見える熊のような大男だ。

 身長も4人の中で一番大きいだろう。金髪の髭面で印象としては、プロレスラーのような風貌だった。

 刻印を刻んでいなかったら、ビビっていたかもしれない。

 しかし、現実には彼らのほうが僕に怯えているようだった。


「さぁ、ご主人様。ここに座ってくださいませ」

「ありがと」


 僕は、オリガに勧められて焚き火の近くのスペースに【フライ】を切ってから、胡座をかいた態勢で座った。

 地面は、石畳なので座り心地はあまり良くないが、ローブと外套を着ているため、それほどゴツゴツした感じではない。

 フェリアとルート・ドライアードは、僕の背後に立ったままだ。

 その後ろにフェリスとその左右にルート・ニンフとユキコが立っている。

 男の僕だけが座るのは気が引けたが、刻印を刻んだ体なら、ずっと立ったままでも疲れないので、そんなに気に病む必要はないだろう。

 試したことはないが、おそらく立ったままで寝ることもできると思う。

 起きたら倒れていたり、倒れた衝撃で目が覚めるかもしれないが……。


「紹介するよ。こちらは、ユーイチ殿だ。あたし達のご主人様だから失礼のないようにしとくれよ」

「ま、まさか。失礼なんてあっし達がするはずないでしょう……」

「初めまして、ユーイチです」


 僕は、フードを上げて挨拶をした。

 その後、レーナは、4人の御者達を紹介してくれた。


 ゲルマンの次に紹介されたのは、バフィットという30代半ばくらいに見える黒髪の御者だった。

 身長は、175センチメートルくらいだろうか。4人の中では、一番身長が低そうだが、体つきはガッシリしていた。

 重量挙げの選手みたいな体つきだった。荷下ろしなどもするだろうし、馬車が脱輪したら押したりといった力仕事もあるだろうから、御者といっても力持ちの必要があるのかもしれない。

 しかし、力自体はレーナたちのほうがずっと強いはずだ。しかし、彼女たちは、そういった力仕事は冒険者の仕事ではないと思っているようだった。


 その次に紹介されたのは、ユルという名の30歳くらいに見える金髪の御者だ。

 身長は、ゲルマンとバフィットの間くらいだろう。推定180センチメートルというところだった。

 厚い胸板のムキムキマッチョという印象だ。


 最後にマラットという20代半ばくらいの御者を紹介された。

 金髪で髭面だが4人の中では一番若く見える。

 身長は、ユルと同じくらいに見えるが、少しスマートな体型で、アスリートのような風貌だった。


 僕は、4人の御者とレーナたちに先ほど【料理】で作成した『お好み焼き』『たこ焼き』『焼き芋』『スポーツドリンク』を振る舞った。

 御者たちは、一般人だが体が大きいので食欲旺盛なのか、僕が出した料理をペロリと平らげてしまった。

 その上、パンやジャーキーのような干し肉を袋から取り出して食べている。


 食べ終わった御者やレーナたちは、水筒に入った酒を飲み始めた。

 酒の種類はウォッカらしい。

 流石にアルコール度数が高いので、グビグビ飲んではいない。

 聞いたところでは、ウォッカは怪我をしたときの消毒などにも使われるようだ。


「ご主人様」


 フェリアが警告を発した――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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