6―7

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 僕は、レイコたちをねぎらうために地上へ降りた。


「おお、主殿あるじどの拙者せっしゃの戦いぶりはどうでござったか?」


 イリーナが得意顔で話しかけてきた。


「うん、一番頑張ってたね」

「何か褒美が欲しいでござるな」

「じゃあ、鎧を解除して」

「分かったでござる」


 イリーナが白い光に包まれて全裸になった。


『鎧だけで良かったんだけど……』


 ――チュッ


 僕は、イリーナに近づいて彼女の左頬にキスをした。


 ――ざわっ……ざわざわざわ……


 他の使い魔たちが少し落ち着きを無くしたようだ。


『なんなんだ……?』


 僕がイリーナから離れようとしたときだった。


「うぷっ!」


 イリーナが僕を抱きしめて、頭を大きな胸に押し付けた。

 柔らかい乳肉に顔面が蹂躙じゅうりんされる。


『今日のMVPだし、少しくらいはいいかな……』


 と抵抗せずにしばらくじっとして、彼女の胸の感触を味わう。


「ぁあるじどのぉ……ハァハァハァ……」


『こいつは駄目だ……』


 感動的な場面だと思っていたのにぶち壊しだった……。

 僕は、彼女の胸を掴んで押し戻した。胸を掴むことで抱きしめる力が緩むからだ。


「あぁんっ!」


 イリーナに釘を刺しておく。


「自分の力で勝ったのではないぞ。その武器の性能のおかげだという事を忘れるな」

「ぐっ……その通りなので反論できないでござるよ」

「相手がトロールだったら、おそらくイリーナは死んでいたと思う。しかし、レイコたちは死ななかった可能性が高い」

「どうしてでござるか?」

「陣形を組んでいるからだよ。イリーナのように突出して戦う者は、弱い敵には無双できるけど、強い敵に囲まれたらもろい」

「確かにオーク・ウォーリアたちの攻撃はさばききれなかったでござる」


 レイコが話に割り込んできた。


「だから、いつも言ってるだろう? イリーナは突っ込み過ぎなのだ」

「うっ、面目次第めんぼくしだいもござらん……」

「強敵が相手のときは、陣形に入って、ハルバードを槍のように使ったらいいんじゃないかな?」

「これからは、そうするでござるよ」


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、【15:22】だった。

 何とか日があるうちに『エドの街』へ戻れそうだ。


「フェリア、前に預けた硬貨袋を持ってきて」

「畏まりました」


 フェリアは、『倉庫』の扉を召喚して中へ入って行った。


「フェリス、ちょっと聞きたいんだけど……?」

「何でしょう?」


 僕は、近くに居たフェリスに前から疑問に思っていたことを聞いてみる。


「この世界では、あまり鳥を見ないんだけど、はとからすとんびのような鳥は居ないの?」


『エドの街』ですずめは見たが、烏のような少し大きめの鳥は、見かけていない。

 先程、海上まで行った際には、海鳥が居るのは確認している。


「いえ、そんなことはございませんわよ」

「でも、あまり見ないんだけど?」

「そういえば、そうですわね。100年前はよく見かけたのですけど」


 レイコが話に加わった。


主様ぬしさま、それには訳があるのだ」

「どんな?」

「ゾンビの襲撃で『エドの街』の食糧事情が悪化して、そういった野鳥を捕獲して食用とする習慣ができたのだ」

「それは、今でも見つけたら捕獲するということ?」

「以前ほどではないが、売れるので捕獲する輩も多い」

「なるほど……」


 このあたりの鳩や烏は、北アメリカのリョコウバトのように人間の乱獲に遇って絶滅したらしい。

 おそらく、他の地域では棲息しているものと思われる。


 見ると、既に『倉庫』から出てきていたフェリアが控えている。


「ご主人様、これをどうぞ」

「ありがとう」


 僕は、フェリアから『革製の硬貨袋』を受け取った。そして、ベルトの右側にくくり付ける。

 硬貨袋には、金貨10枚、銀貨15枚、銅貨10枚が入っていたはずだ。

 通行税が最大銀貨21枚必要になるので、金貨2枚と銀貨1枚が必要になるだろう。

 おそらく、二人のニンフは、【インビジブル】を使っていれば見つからない可能性が高い。

 その場合は、銀貨19枚で済むはずだ。

 ただ、これは不正なので見つかった場合に問題になる可能性がある。


『最初から、金を払って入場させたほうがいいかな?』


 フェリアが以前に【インビジブル】を使って街に入ったという話をしていたので、見つからない可能性が高い。

 それに街の警備体制を知る良い機会でもある。

【インビジブル】で自由に出入りできるなら、どんな人間が入り込んでいるか分からないので注意が必要だ。


「じゃあ、これから『エドの街』へ向かう。北門の近くの森までは、【マニューバ】で移動して、そこから【インビジブル】を解いて街道に移動する。フェリア、先導を頼む」

「畏まりました」

「あ、ニンフの二人は、【インビジブル】をかけたままにしておいて」

「ええ」

「分かったわ」


 僕は、フェリアに頷いた。

 それを見て、目礼を返したフェリアが空へ舞い上がる。


【マニューバ】


【レビテート】は、オフにする。

 そして、僕もフェリアを追って飛び立った。

 ここから、『エドの街』までは、10分くらいだろう。


「火照った身体に風が心地よいでござる」


 イリーナが僕の隣に来て話しかけてきた。

 見ると、イリーナは全裸のままだった。


【トゥルーサイト】を一瞬オフにすると身体が掻き消えたので、【インビジブル】は使っているようだ。


『それにしても、見られたらどうすんだよ……』


「その格好で街に入るつもりなの?」

「主殿がそう命じられるのでござったら……ハァハァハァ……」

「何で裸なの?」

「主殿が脱げと命じたからでござる……ハァハァハァ……」

「鎧を脱げと言っただけで、全裸になれとは言ってんだけど……」

「なっ!? そうでござったか……」

「じゃあ、装備を身につけるように」

「到着するまでは拙者の身体を堪能して欲しいでござる……ハァハァハァ……」

「…………」

「ああっ、そんな目で見られると……ハァハァハァ……」


 僕は、呆れてイリーナの裸体から目を逸らした。


 そうこうしているうちに『エドの街』の北門近くの森へ到着した――。


【マニューバ】と【インビジブル】をオフにする。


「ここからは、歩いていくから、【トゥルーサイト】以外の自己強化型魔術はオフにして」

「「ハイッ!」」


【グレーターダメージスキン】【グレート・リアクティブヒール】


 念のため自分自身に回復系のバフを入れておく。


「ご主人様。これからは、わたくしがご主人様に【グレーターダメージスキン】と【グレート・リアクティブヒール】を常におかけ致しましょうか?」

「本人じゃないとかかっているかどうか分からないんじゃ?」

「いいえ、あるじから使い魔の状態を知ることはできます。その逆もまたしかりでございます」

「しかし、フェリアのMPが少なくなってしまうのは問題じゃ?」

わたくしなら問題ありませんわ。それよりもご主人様の魔力ほうが大事です」

「分かった。じゃあ、頼むよ」


【グレーターダメージスキン】と【グレート・リアクティブヒール】の効果時間は約8時間なので、四六時中かけたとしても一日に3回、8時間ごとにかけ直すだけだから、大きな手間ではないだろう。

 それでフェリアの気が済むのなら、任せようと思った。


 僕は、街道のほうへ歩いていく。イリーナは、全身鎧の姿に戻ったようだ。

 森から街道に出ると、人通りはまばらだった。

 丁度、通りかかった冒険者風の男ばかりの集団がこちらを見た。


「レイコじゃないか!」


 リーダーらしき男がレイコに話しかけてきた。


「タケシか……」


 レイコが少し鬱陶うっとうしそうにつぶやいて前に出る。

 タケシと呼ばれた男は、レイコと似たような装備を身に着けていた。

 おそらく、素材にプラチナを使った装備だろう。


「死んだと聞いていたぞ」

「いや、オークに捕まっていただけだ」

「なっ……大丈夫なのか?」

「ああ、ここに居る主様が助けてくださったからな」


 僕は話をふられたので、挨拶をする。


「ユーイチと言います。ミナさんからの依頼を受けて、レイコさんたちを助けに行ってきました」

「ああ……。俺は、ウエダ・タケシだ。ウエダ家に連なる者だ」


 有名な商家なのだろうか? 冒険者の男はそう名乗った。


「確か、スズキ家が送った救出部隊は全滅したと聞いたが……?」


 ミナが話に割り込んでくる。


「そうよ。だから、あたしが依頼を出したワケ。そして、ユーイチが引き受けてくれたの」

「生きているかも分からないのに、よく引き受けたものだな……」

「ユーイチには、自信があったのよ」

「何にせよ、大したものだ。今度、奢らせてくれ」


 そう言って、タケシはレイコの方を向いた。


「レイコ、このあと一杯付き合わないか?」

「悪いが、先約がある」

「何だよ、付き合いが悪いな……」

「私は、ユーイチ殿の奴隷になったから、もう、他の男と酒を飲んだりすることはできん!」

「なっ!? どういうことだ?」

「言葉通りだ。主様に惚れ込んでしまったのだ。そして永遠の忠誠を誓った」

「本気かよ? こんな子供に?」

「勿論、本気だ」


 タケシは、呆然とした表情で僕のほうを見た。

 レイコが促す。


「主様、そろそろ行きましょう」

「うん……じゃあ」


 タケシに軽く会釈をして、僕は北門のほうへ歩き出した。

 ここから北門までは、500メートルくらいある。

 10分近く歩く必要があるだろう。

 レイコにさっきの男について聞いてみる。


「ウエダ家って、大きな商家なの?」

「ああ、『エドの街』では5本の指に入るだろう」

「あの人、レイコに気があるの?」

「そういうわけではないだろうが、ウチのパーティは女ばかりだからな。ああいった、男ばかりのパーティからよく声を掛けられるのだ」

「へぇ……そういえば、パーティは男ばかりだったり、女ばかりだったりするよね?」

「全てのパーティがそうではないが、そういう傾向が強い」

「やっぱり、男パーティに女が入っていると悪評が立つから?」

「それもあるが、男女混成のパーティは男女の問題でいさかいが起きると言われているからな」


 元の世界でも世界的に有名なロックバンドの解散に女の影が~というゴシップ記事を見たことがある。たい焼きで解散しかけるロックバンドもあるくらいなので、男女の問題ばかりが原因とも言い切れないが……。


 そんな話をしているうちに『エドの街』の北門に到着した。

 通行税を払うためにカウンターのある窓口へ行く。


「すいません、通行税を払いたいのですが?」


 敢えて人数を言わずに窓口の女性にそう言った。


「はい、えーっと、19名様ですね? 通行税は、金貨1枚と銀貨9枚となります」

「金貨2枚でもよろしいですか?」

「はい、構いませんよ」


 僕は、硬貨袋から取り出した2枚の金貨を窓口の女性に渡した。

 1枚の銀貨がおつりとして返された。

 これで硬貨袋の中身は、金貨8枚、銀貨16枚、銅貨10枚になったはずだ。


 通行税を支払った僕たちは、警備の冒険者らしい男に促されて『エドの街』の北門をくぐった――。


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