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【魔術作成】→『改造』


『改造したい魔法を入力してください』と表示されたので、【マニューバ】を選択する。

『最高速度』を現在の10倍に『加速度』は『最高速度』の半分にする。

 これで、【フライ】の100倍、【マニューバ】の10倍の魔法となる。

【フライ】の最高速度がだいたい時速50キロメートルとして、【マニューバ】はその10倍で時速500キロメートルだ。

 今回の魔法は、軽く音速を超える速度が出るだろう。

 生身で超音速飛行とか人間だったら即死しそうな行為だけど、刻印を刻んだ身体なら大丈夫だろうか? もしかしたらダメージを受けるかもしれない。その場合、物理ダメージなので、シールドを併用していれば、ダメージは軽減できるだろうか?


 ただ、使い魔たちに対して僕には責任があるので、軽々けいけいに危険な真似はできない。

 僕が死んだら、使い魔たちは全員、永遠の眠りについて死んだも同然の状態になってしまうのだ。

 僕は、【エルフの刻印】のおかげで、死んでも日に一度だけ蘇生できる。もし、僕が【冒険者の刻印】を施されていて、HPゼロで仮死状態になったときに使い魔たちが消えないなら、【リザレクション】が使える使い魔を複数用意しておけば、一日に何度でもよみがえることができたのではないだろうか?

 今さら言っても仕方がないことだが……。


『そう言えば、【エアプロテクション】を起動していれば、風圧を感じなかったな……』


 ある程度の水圧にも耐えられる【エアプロテクション】を併用すれば比較的安全かもしれない。


『同時発動魔術追加』


 と念じてみると、『どの魔術を同時発動させますか?』と表示されたので、


【エアプロテクション】


 と念じる。

 エラーは表示されずに条件に追加された。


―――――――――――――――――――――――――――――


 同時発動:エアプロテクション


―――――――――――――――――――――――――――――


 違う系統の魔術でも同時発動させることができるようだ。

 このスペルを使うときに自分で発動させてもいいのだが、勝手に発動してくれたほうが楽だし、忘れることもないので有難い。

 いつも思うが、この刻印関連のシステムは柔軟性が高い。中にはできないこともあって、エラーが表示されることもあるが、とりあえず何でも試してみたほうがいいだろう。


[レシピ作成]


 魔法の名前は、【ハイ・マニューバ】とする。

 魔法の開発を終えた僕は、目を開けて新呪文の魔術刻印を刻むために使い魔たちを呼んだ。


「フェリア、ルート・ドライアード、裸になって」

「ハッ!」

「御意!」


 甲冑姿で僕の左右に立っていたフェリアとルート・ドライアードが白い光に包まれて全裸となった。


「フェリア、こっちに来て、背中を見せて」

「畏まりました」


【刻印付与】


 フェリアが僕の前で後ろを向き、膝を折って姿勢を低くした。

【ハイ・マニューバ】をフェリアの左脇腹の空いた場所に刻印する。


「ルート・ドライアードも来て」

「御意!」


 ルート・ドライアードにも同じ場所に刻印する。


「フェリス、ルート・ニンフもこっちに来て」

「はいですわ」

「分かったわ」


 フェリスとルート・ニンフにも刻印した。レイコたちは、まだレベルが低いので、今回は刻印しないことにした。


『装備8換装』


 僕も魔術刻印を刻んで貰うために裸になる。


「フェリア、僕にも新しい魔術刻印を刻んでくれ」

「畏まりました」


 フェリアは、僕の正面にひざまずいて、僕の左腕を両手で取って少し上げさせた。

 おそらく、自分が刻まれた場所と同じ場所に刻むつもりだろう。僕は右に身体を捻って刻印しやすいようにする。

 彼女は、右手を放して、左脇腹の空いた場所に手を当てて刻印してくれた。

 使える魔術を確認すると【ハイ・マニューバ】が追加されていることが分かる。


「ありがとう」

「礼など不要ですわ。わたくしは、ご主人様の道具……使い魔なのですから」


『装備2換装』


「じゃあ、みんなも装備を身に着けて」

「「ハイッ!」」


 使い魔たちが光に包まれて、装備を身に着けた状態となる。

 レイコのパーティを見ると、何故か全員が白無垢しろむく姿だった。


「レイコ、君たちのパーティは、戦闘用の装備に換装してくれ」

「ハッ!」


 そして、戦闘用の装備となった。

 村人たちは、白無垢の上に黒い外套がいとうまとった状態だ。


『もう出るか……いや待てよ……』


 僕は目を閉じた。


【工房】→『アイテム作成』


『作成するアイテムをイメージしてください』と出たので、『ロッジ』と同じ部屋を想像する。

 通常の『ロッジ』と違うのは、扉が2つある点だ。扉のサイズは、狭い場所でも展開できるように、できるだけ小さくした。入り口のサイズは、高さが160センチメートルくらいで、幅は50センチメートルくらいだ。僕の身長でも頭が当たるので少し屈む必要がある。装備によっては、身体を横に向けて入らないといけないだろう。また、入口は、狭い所でも開けられるように外側にではなく、内側に開くタイプにした。

 入り口の反対側に同じサイズの裏口を作成する。そして、『自動清掃機能』を追加した。

 また、可能かどうか分からなかったので試してみたのが、扉に【インビジブル】の効果が付けられるかどうかだ。これは、【インビジブル】の刻印石を用意して魔力源として魔法石を一つ追加することで解決した。

『ロッジ』は、魔法石が5個だったのだが、この部屋は、刻印石を含めて魔法石が8個必要だった。

 あとは、条件をいくつか付けてみた。


―――――――――――――――――――――――――――――


 追加条件1:分解不可

 追加条件2:譲渡不可

 追加条件3:裏口の扉は、使い魔にのみ譲渡可


―――――――――――――――――――――――――――――


 分解不可は、マジックアイテムを素材に分解することを禁止するという条件だ。誰かが入っているときに分解してしまう事故を防ぐために追加した。

 マジックアイテムを他人に渡せないようにすることもできるという話を聞いていたので、そういった条件を付けてみたのだが、譲渡する相手を細かく指定することも可能なようだ。


 素材を買って作成する。

 アイテムの名前は、『密談部屋』としておいた。


『アイテムストレージ』を確認すると、『密談部屋』と『密談部屋・裏口』という一見二つのアイテムが作成されたように見える。


「フェリア」

「ハッ!」

「今から、アイテムを渡すから受け取ってくれ」

「畏まりました」


『トレード』


『密談部屋』をトレードしようとすると、『このアイテムは譲渡できません』というエラーメッセージが表示された。


『トレード』


 もう一度『トレード』を起動して、今度は『密談部屋・裏口』を指定してみる。エラーメッセージが表示されないので譲渡できるようだ。

 フェリアが『密談部屋・裏口』を受け取る。


「ご主人様、これは……?」

「扉を召喚してみて」

「ハッ!」


 通路に扉が召喚された。

 僕も部屋の端に『密談部屋』の扉を召喚する。

 扉を開ける。部屋の中を覗くと、反対側の扉が開かれフェリアの姿が見えた。


「ご主人様……?」

「中で繋がっているんだよ」

「ああぁ……このアイテムがあれば、どんなに離れていてもご主人様と会えるのですね?」

「まぁ、お互いに扉を召喚させればね……」


 僕は、『密談部屋』のレシピから更に6個の『密談部屋』を作成した。

 それにより、『密談部屋』の名前が『密談部屋1』となり、『密談部屋1』~『密談部屋7』と『密談部屋2・裏口』~『密談部屋7・裏口』というアイテムが僕の『アイテムストレージ』内に作成された。

『密談部屋』の扉を戻して、フェリスを呼んだ。


「フェリス、こっちに来て」

「はいですわ」


『トレード』


 僕の前にやって来たフェリスに『密談部屋2・裏口』を渡す。


「ご主人サマといつでも繋がっているようで嬉しいですわ」


「ルート・ドライアード」

「御意!」


『トレード』


 ルート・ドライアードに『密談部屋3・裏口』を渡す。


「主殿、頂戴いたします」


「ルート・ニンフ」

「ええ」


『トレード』


 テーブルの反対側からやって来た、ルート・ニンフに『密談部屋4・裏口』を渡す。


「旦那さま、ありがとう。これは御礼よ」


 ――チュッ


 頬にキスされた。


「レイコ」

「ハッ!」


『トレード』


 隣のテーブルからやって来た、レイコに『密談部屋5・裏口』を渡す。


「おお……主様ぬしさまから、斯様かような物を戴けるとは嬉しいぞ」


「ルート・ニンフ」

「何ですか? 旦那さま?」

「配下のニンフを二人だけ召喚してくれ」

「分かったわ」


 光に包まれてニンフが2体召喚された。


 それを確認してから、僕は目を閉じて改良型の外套を作成することにした。


【魔術作成】→『作成』


 ウィンドウに『作成したい魔法をイメージしてください』と表示された。

 僕は、直径20センチメートルくらいの黒い円盤を想像する。円盤には実体がなく、影のようなものだ。

 その丸い影が鼻先に貼り付いて、術者の顔を特定できなくしてしまう魔術をイメージする。

 また、使用した術者は、眼前に影があっても視界が妨げられることはない。マジックミラーのような片側だけ光を通す幻術にする。【インビジブル】も術者側からは、視界は妨げられていないので、これは可能なはずだ。

 魔術のタイプは、自己強化型魔術とする。つまり、発動中は常にMPが消費される魔術だ。


[レシピ作成]


 を押すイメージを送ると、『名前を付けてください』と表示される。

 僕は、この魔術を【ブラインド・フェイス】と名付けた。


【工房】→『装備作成』


『魔布のクローク+10』を改造する。

【ブラインド・フェイス】の刻印石を追加して、発動条件をフードを被った状態のときとした。【ブラインド・フェイス】は、大規模な魔術ではないので、MPの消費は小さいため、魔法石は追加せず、術者から供給する方式とする。

 新しい外套を『魔布の隠密クローク+10』と名付け、レシピを作成した。


 そして、レシピから『魔布の隠密クローク+10』を4つ作成する。一つは自分の分で、残りの三つは、ニンフたちの分だ。

 僕は目を開けて、ニンフたちを呼んだ。


「ニンフたち、こっちに来て」

「ええ」

「分かりました」


 二人のニンフが僕の前に来る。


「お前たちには、これから密偵のようなことをしてもらう」

「まぁ」

「面白そう」


『トレード』


 左側のニンフに『密談部屋6・裏口』と『魔布の隠密クローク+10』を渡す。


『トレード』


 右側のニンフに『密談部屋7・裏口』と『魔布の隠密クローク+10』を渡す。


「『魔布の隠密クローク+10』を上に着た装備を作るんだ」

「こうかしら」

「こうね」


 二人のニンフは、いつものドレスの上に黒いフード付きの外套を羽織った格好にとなる。

【トゥルーサイト】をオフにしてフードの中を覗いてみると、彼女たちの顔は真っ黒で見えない。オンにすると見える。

 つまり、【トゥルーサイト】を使った魔力系魔術師には効かないということだ。幻術を使っている以上、それは仕方がないだろう。


「それと、常に【インビジブル】と【トゥルーサイト】を使うようにしろ」

「分かったわ」

「旦那さまの言う通りにしますわ」


 ルート・ニンフは、後で直接装備を変更すればいいだろう。


 ニンフたちを下がらせて、レイコを呼ぶ。


「レイコ」

「ハッ!」


 レイコがこっちへ来る。椅子に座った僕の正面に立った。プラチナの装備が輝いている。


「娼館を経営しているヤマモト家について教えてくれ」

「畏まった」


 そう言って、レイコはヤマモト家について語りだした――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ヤマモト家は、現在の『エドの街』では、中程度の商家だが、その歴史は古く、エドの街最大の商家であるサカキ家などと同様に『始祖しそ四家しけ』の一つに数えられる名家らしい。

『始祖の四家』とは、サカキ家・ツチダ家・ヤマモト家・キクチ家の四家で、キクチ家はゾンビ襲来の際に断絶してしまったようだ。

 サカキ家とツチダ家は、今なお権勢を誇るがヤマモト家は、中程度にまで成り下がっている。

 現在の当主は、ヤマモト・ジロウという男で元々は兄のヤマモト・イチロウが当主だったのだが、事故で亡くなったため、弟のジロウが後を継いだらしい。

 ジロウの評判はあまり良くなく、女好きで有名らしい。

春夢亭しゅんむてい』を経営しているのも娼婦の味見をするためという噂があるくらいだそうだ。ちなみに『春夢亭』の女将もジロウの愛人だとか。

 そもそも、安い売春宿は経営が難しいというのが商家の常識らしい。

 娼婦は、病気や怪我をした親や近しい人間を助けたい女が『女神の秘薬』と引き換えに身体を売るというパターンが多いらしいが、1000ゴールドの『女神の秘薬』分を稼げたとしても客筋の悪い安い売春宿では、性病の発生で『女神の秘薬』が必要となり、結果的に赤字になることもあるため、リスクが高いらしい。ちなみに、性病を持ち込んだ男は出禁になるとか。


―――――――――――――――――――――――――――――


「そんな女好きなら、金を積んでも売らないんじゃ?」

「しかし、『春夢亭』は赤字経営という噂だ。こんな絶好の機会を逃すとは思えないのだが……」


 レイコは、ヤマモト家が『春夢亭』を売ると見ているようだ。

 この世界の商家出身のレイコがそう判断するのだから、買収できる可能性が高いのだろう。


「そのお兄さんが亡くなった事故というのは?」

「ああ、倉庫で荷崩れが起きて下敷きになったそうだ」

「普通、そんなことが起きるの?」

「いや、そんな事故は初耳だったが、実際に起きたわけだからな」

「犯罪の臭いがするなぁ……僕の世界では、そういうケースは一番利益を得た人間が犯人と相場が決まっているんだけど……」

「主様の世界とは?」

「ああ、君たちは知らなかったっけ? 実は、僕はマレビトなんだよ」

「なっ……そうだったのですか?」

「まぁね。死にかけていたところをフェリアに助けられて、今でもこうして生きているわけ」

「どうして、フェリア殿は、主様の使い魔に?」

「彼女がそう望んだからだよ」

「なるほど、気持ちは分かります」


 ――僕には、彼女たちの気持ちが理解できない……。


 僕は話を戻した。


「それで、イチロウ氏には妻子は居なかったの?」

「いや、居たのだが、嫡男がまだ子供だったのだ。それで、家督を継げる年齢になるまでジロウ殿が経営をすることになったようだ。また、経営の才能は、イチロウ殿のほうが上だったという噂だな……」

「ジロウ氏に妻子は?」

「居ない。家督を継げなかったので、四十路よそじを超えて刻印を刻んだようだ」

「冒険者だったの?」

「いや、冒険者にはならなかったようだ」

「そういう場合って、家の仕事を手伝ったりするわけ?」

「そうだな。ヤマモト家は、男二人の兄弟のみだったから、それくらいなら普通のことだろう」


 後継者からあぶれた商家の人間が全て冒険者になるわけではないようだ。

 戦いの苦手な者も居るだろうし、当主である兄弟を手伝う者が居ても不思議ではない。


「ヤマモト家は、昔から娼館経営をしていたの?」

「いや、ジロウ殿が兄に代わって当主を引き継いだ後にヤマシタ家から購入したという話だ」

「ヤマシタ家は、簡単に手放したんだ?」

「先にも話したが娼館の経営はリスクが高いのだ。好条件を提示されれば誰でも売るだろう」

「ヤマモト家が娼館を買ってから、どれくらい経ったの?」

「そうだな……十四、五年といったところか……」

「ヤマモト家がヤマシタ家からいくらで買ったかまでは分からないよね?」

「かなり安く買い叩いたという噂だから、1~2万ゴールドくらいではないかと思う」

「そんなに儲からないんだ……」

「『春夢亭』の規模からして娼婦の数は、50人前後だろうから、年に1万ゴールドの利益が上がればいいほうだろう」


 おそらく、部屋数から計算したのだろう。

『春夢亭』には、50人くらいが宿泊できる部屋があるのかもしれない。

 小さな個室でいいわけだから、驚くほどの規模ではない。


「ジロウ氏の代になって十五年くらい経っているなら、そろそろイチロウ氏の息子が当主になるんじゃ?」

「確かにイチロウ殿の嫡男はもう二十歳はたちを超えているが、仕事を覚えて一人前になるには、まだ時間が必要だろう」


 商家の家督は、成人したら引き継がれるわけではないようだ。考えてみれば当たり前の話かもしれない。社長の息子だからといって、新入社員がいきなり社長になっても上手く会社の経営をすることは難しいだろう。


「どうやって交渉するの?」

「料亭に招いて、商談を行おうと思っている」

「段取りは任せてもいい?」

「勿論だ。主様は命令するだけで良い。後は奴隷である私の仕事だ」

「じゃあ、頼むよ。ただ、決裂したときのことも考えておいたほうがいいかもね」

「そのときは、我々が主様の作る新しい娼館で働こう」

「本気?」

「勿論だとも」

「でも、他の男に抱かれるのは嫌だって言ってなかった?」

「オークにけがされた我々だ。主様が命令してくれるのなら、喜んで他の男にも抱かれるさ」

「つまり、命令しないとやりたくないんでしょ?」

「そんなことはない。主様のお役に立ちたいのだ。ただ、命令されると気持ちがずっと楽になると思うのだ」

「分かった。交渉が決裂したときには頼むかもしれない」


 僕は、レイコを下がらせた――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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