5―9

5―9


「凄い……これなら、ホントにみんなを助けられるかもしれない……」


 ミナが僕たちの実力を見て希望を抱いたようだ。


「ミナ、先を急ごう」

「ええ、そうね」


 装備から外したのか、剣や盾を持っていない状態になったミナが走り出す。

 僕たちもそれに続いた。


 5分としないうちにミナは速度を落とした。


 見ると、馬車の残骸や人間の死体、腐った内蔵のようなものが街道付近に散乱していた。

 近づくと強い腐臭がする。涼しい気候とはいえ、一週間以上も放置されていたのだ。

 内蔵は、おそらく馬のものだろう、近くに馬の頭部や切断された足などが散乱している。しかし、馬体は何処にもない。

 少し離れた木陰に、女性の死体があった。全裸で地面の上に大の字に寝た姿勢で死んでいる。首には刺し傷のようなものが見えるので、おそらく、村人だろう。念のため、ミナに確認してもらう。


「ミナ、この女性は村人だよね?」


 ミナが僕のところに近づいてきて、死体を確認する。


「ええ……新婚夫婦の奥さんだったわ……」


 悲痛な顔でそう答えた。


「フェリス、【グレイブピット】で埋葬しよう」

「分かりましたわ」


【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】


 土の地面に転がっている死体の下に次々と【グレイブピット】を発動させた。


 ――ドサッ、ドサッ、ドサッ、ドサッ、ドサッ、ドサッ、ドサッ、ドサッ


 死体が穴に落ちる。


「何? その魔法?」

「落とし穴を掘るための土属性の精霊系魔術だよ。エルフの魔法だから、冒険者にはあまり知られていないかもね」


 適当な嘘を吐いて、ミナを納得させる。


【商取引】→『アイテム購入』


 スコップが売っていないものかと、調べてみた。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ・魔法のシャベル【マジックアイテム】・・・120.50ゴールド [購入する]


―――――――――――――――――――――――――――――


 マジックアイテムのシャベルが見つかったので購入する。

 実体化してみると、木製の柄に四角い金属の板が付いたようなデザインだ。日本人がイメージするような取っ手は付いていない。長い棒に四角い金属が付いているだけのシンプルなものだ。少し使いづらそうだが、墓穴の周りの土を中に落とすくらいなら問題ないだろう。

 僕は、『魔法のシャベル』を使って死体を埋めていった。使い魔たちもそれを手伝う。

 フェリスも【グレイブピット】を使って死体を落として、埋める作業をしていた。

 僕のほうが終わったので、フェリスのほうを手伝って、死体を埋めた。


 死体は、まだまだある。

 全裸の男性の死体が10体くらいあるが、これは冒険者の死体だろう。死ぬと装備品が消えるというのは、本当らしい。

 クールタイムが終わるのを待ってから、僕はまた【グレイブピット】を発動させた――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 全ての死体を埋葬してから、僕は手を合わせて黙祷もくとうをした。

 目を開けるとミナも僕に倣って手を合わせていた。


 馬車の残骸は、片付けなかった。

 馬車の中を見ると、荷物があまり残っていないようだ。


『誰かが持ち去った?』


「ミナ、馬車の荷物が少ないんだけど、誰が持ち去ったのかな?」

「分からないわ。『シモツケ村』の村人がここまで来るとは思えないし」


 先ほどのオーク達は、街道を通りかかる獲物を待ち構えていたようだ。

 もし、僕たち以外の人間が通ったとしても襲われていただろう。

 そんな危険なところへ、ただの村人が来るとは思えなかった。

 食料品などもあったはずだが、野生動物が食い散らかしたという感じではない。人間が持ち去ったように見える。

 オークが持ち去った可能性もあるが、オークは女性以外にもそういった日用品や食料品に興味があるのだろうか?


『考えても仕方がないか……』


 そういえば、僕がこの世界に来る前に持っていたアイスの入ったコンビニのレジ袋はどうなったのだろう?

 光の穴に吸い込まれたときに手放してしまったようだが、レジ袋に風をはらんで遠くまで飛ばされてしまった可能性が高い。

 人間に見つかれば、マレビトの置きみやげと思われるだろうが、あの辺りはフェリア以外は誰も訪れないようなので、アイスは見つけた動物が食い散らかしているのではないかと思う。溶けたアイスの甘い香りに誘われて熊のような野生動物が食べたかもしれない。


「ミナ、ここから先はニンフに偵察してもらうことにするよ」

「ええ、お願い」

「じゃあ、ニンフ、【インビジブル】を使って空から、オークの拠点を探してきて」

「分かったわ」


 ルート・ニンフは、空中へ舞い上がった。


「消えたっ!?」


【インビジブル】を使ったのだろうけど、【トゥルーサイト】を使っている僕には分からない。

 ルート・ニンフは、オークが出てきた森のほうへ飛んでいった。


「ニンフが戻って来るまで休憩しよう」

「魔力系の魔術師って便利なのね……」


 5分と経たないうちにルート・ニンフが帰ってきた。


「旦那さま、向こうにオークの拠点を見つけましたよ」


 ルート・ニンフは、オーク達が襲ってきたほうの森を指さした。


「じゃあ、案内して」

「ええ、分かったわ」


【トゥルーサイト】を一瞬オフにしてみると、ルート・ニンフが視界から消える。【インビジブル】を起動したままのようだ。


「あっ、【インビジブル】は切っておいて」

「ごめんなさい、忘れてたわ」


 僕たちは、ルート・ニンフの案内で森へ入っていく。

『妖精の国』の森と違って、雑草などが生い茂っていて歩きづらい。それにあのときと違い、飛行することもできないのだ。

 黒っぽい外套を羽織ったローブ姿のルート・ニンフだけが、空中に浮かんで僕たちを先導していく。

 少し進むと、森の中の細い小道に出た。おそらく、獣道だろう。

 右へ曲がり、その小道を進んでいく。

 30分以上歩いたところで、ルート・ニンフが停止する。

 森の小道の先を見てみると、数百メートル先に開けた場所があるようだ。


「森を抜けて右方向にオークの拠点があるわ」

「フェリア、ドライ、先行しろ!」

「ハッ!」

「御意!」


 フルフェイス型の兜を被っているため、くぐもった声で2人は返事をする。


『そういえば、この2人は返事しかしてないな……』


『ユミコの酒場』を出た後、フェリアとルート・ドライアードが喋っているところを見ていない。

 基本的に使い魔たちは、こちらから話しかけないと会話にならないことが多いと思う。


 小道を抜けると森の中に開けた場所があった。

 右を見ると50メートルほどの距離に神殿が廃墟になったような建物がある。

 大きな入り口の左右には、見張りのオークが居る。

『オークの砦』と同じ構図だ。建物だけが違っている。この建物の横幅は、『オークの砦』よりもかなり大きいように見える。神殿に似ているので、『オークの神殿』と勝手に命名することにした。

 森から出てきた僕たちを見て、オークが仲間に警告を発している。すぐにゾロゾロと出てくるだろう。


「戦闘準備!」

「ハッ!」

「分かりましたわ」

「御意!」

「了解」


【戦闘モード起動】【ブースト】【グレート・シールド】【グレート・マジックシールド】【ウインドバリア】【ストーンウォール】【ストーンウォール】


 距離が近く、接敵まであまり時間がないので、移動しながら急いでセットアップを行う。

【戦闘モード】を起動して、自己強化型魔術をオンにし、【ストーンウォール】で陣地を築く。


「フェリア、ドライ、敵を食い止めろ!」

「ハッ!」

「御意!」


 オーク達は、広い入り口から次々と出てくる。『オークの砦』よりも入り口が大きいので、一度に出てくるオークの数が多いようだ。

 あまり時間をかけたくないので、広範囲攻撃魔法で削ることにした。


【ファイアストーム】


 ――シュボボゴゴォオオオーーー!!


 敵が密集しているところに向けて、【ファイアストーム】を放つ。

 効果範囲内のオーク達が白い光に包まれて消え去る。


「す、凄い……」


【ファイアストーム】の威力にミナが驚く。


「フェリス、密集しているオークには、広範囲攻撃魔法を使って」

「はいですわ」


 おそらく、この『オークの神殿』にも千匹以上のオークが棲んでいるものと思われる。

 建物のサイズからして、『オークの砦』よりも多いかもしれない。


 ――ヒューーッザザザザザッーーー!!


 フェリスが【ブリザード】を放つ。

 効果範囲内のオークは、白く光って消滅する。


『フェリスは、【ファイアストーム】よりも【ブリザード】のほうが好みなのかな?』


 いや、森の中で【ファイアストーム】を使うと火災が発生する危険がある。それを考慮してフェリスは、【ブリザード】を使っているのだろう。


【ブリザード】


 ――ヒューーッザザザザザッーーー!!


 僕も【ブリザード】を使うことにした。


 ミナは、魔法の威力に呆然としていたが、我に返ってフェリアとルート・ドライアードの間に入りオークを迎え撃つことにしたようだ。


【ホーリーウェポン】【ホーリーウェポン】


「あ……ありがと」


 ミナのショートソードとラウンドシールドに【ホーリーウェポン】をかけた。

 おそらく、シールドバッシュの威力も上がるだろう。


 すると、次々と矢が飛んできた。

 オーク・アーチャーも出てきたようだ。

 ミナは、飛んでくる矢を盾で受け止めているが、足に矢が当たったようだ。


【グレーターダメージスキン】【グレート・リアクティブヒール】


 念のため回復系のバフをかけなおしておく。


「ありがとう!」

「ミナ、体力が減ったら、遠慮せずに声を掛けて」

「ええ、分かったわ」


【グレーターダメージスキン】と【グレート・リアクティブヒール】がどこまで持つか分からないので、一応、声をかけておく。


【ブリザード】


 ――ヒューーッザザザザザッーーー!!


 オーク・アーチャーを狙って、【ブリザード】を放つ。【ウインドバリア】を持たないミナにとって、オーク・アーチャーは危険な存在だ。

 しかし、オーク・アーチャーは、次々と入り口から出てきて、矢を射てくる。


【ヴォーテックス】


 ――ゴォオオオーーーッ!


 オーク・アーチャーに向けて、【ヴォーテックス】を放つ。

 巻き込まれたオーク・アーチャーは、矢を射ることができない。

【ヴォーテックス】に巻き込まれた数百匹のオーク達は、空中で次々と白い光に包まれて消え去った。

 あまり高いダメージを与えられない【ヴォーテックス】だが、僕のレベルが上がった――正確には、『精霊力』が上昇した――ことで、小型種のオーク程度なら倒せるくらいの威力が出るようになったみたいだ。

 移動阻害と殲滅せんめつの両方ができるので、雑魚戦では一番使える魔術となったかもしれない。1分程度効果が持続し、その間、移動させることができるので、【ファイアストーム】や【ブリザード】よりも多くの敵を巻き込むことができるのだ。


 一方、フェリアとルート・ドライアードは、最初に接近してきたオークの一団を次々にほふっていた。

 接近されすぎたので、フレンドリーファイアの可能性を考慮し、広範囲攻撃魔法の標的にはしなかったのだ。密集度が低かったということもある。

 ミナも【ホーリーウェポン】の支援を受けて、オークの顔面に一撃を入れる度にオークを屠っている。

 オークが初見だと、例の戦法が面白いように決まっている。


「凄いっ! あたしオークを一撃で倒してる!」


 オーク・アーチャーを一掃すると、大型種のオークが出て来た。

 ミナには、まだ荷が重いだろう。


「フェリス【グレイブピット】で足止めして」

「分かりましたわ~」


【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】【グレイブピット】


 オーク達が密集するまで先頭集団を落とし穴で足止めをする。


【ヴォーテックス】


 ――ゴォオオオーーーッ!


 上空に大量のオークの大型種が巻き上げられる。

 オーク・ウォーリアとオーク・プリーストは、【ヴォーテックス】では倒しきれないようだ。


 それらのオーク達は、突然、上空に発生した巨大な眩しい光に包まれた。


「な、なに!?」


 ミナが驚いている……僕も驚いた。

 ルート・ニンフが【ハイ・エクスプロージョン】を使ったのだ。

 空中で使えば、クレーターができる心配もない。

 上空のオーク達は、【ハイ・エクスプロージョン】により消え去った。


【ブリザード】


 ――ヒューーッザザザザザッーーー!!


 ――ヒューーッザザザザザッーーー!!


【ヴォーテックス】で拾いきれなかった残りのオーク・ウォーリアとオーク・プリーストを僕とフェリスで始末する。

 まだ、数体残っているが、フェリアとルート・ドライアードが片付けてくれるだろう。


「ミナ、下がって」


 僕は、ミナに下がるよう声をかけた。


「分かったわ」


 ミナも大型種には勝てないことが分かっているのだろう。素直に指示に従ってくれた。

 残り、5体のオーク・プリーストは、フェリアとルート・ドライアードによって瞬く間に倒された。


 こうして僕たちは、『オークの神殿』に棲息するオークを殲滅した――。


―――――――――――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る