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 魔法の解説を聞き終わった僕は、今後のことを聞いてみる。


「この後どうしたらいいかな?」

「何を?」

「いや、いつまでもこうしているわけにもいかないし……」

「あなたがしたいことをすればいいわ。ただ、あなたがここで強くなれるなら、安全なここで、できるだけ力をつけてほしい」

「うん、でも外の世界はそんなに危険なの?」

け出しの冒険者の半数が一年以内に死ぬそうよ」


 どうやら、この世界は危険に満ちあふれているようだ。

 フェリアの口ぶりからすると、ここを出た後、僕が一人で冒険者になると思っているのだろうか。

 確かにゲームのように仲間を見つけて冒険者パーティを結成して一緒に旅をするのは楽しそうだけど、現実にはパーティメンバー同士のいさかいや確執かくしつなど面倒なことがありそうだ。ロックバンドなんかでも同じメンバーで長く続いたら奇跡のロックバンドと言われるくらい解散が多い。冒険者パーティは、一緒に戦い続けるわけだから、時間が経てば戦友に近い存在になって、多少性格に難があるメンバーが居ても解散せずに続くのかもしれないが。

 フェリアと別れるのは辛いけど、彼女がそう望んでいるのなら、迷惑にならないうちに出て行こうと聞いてみる。


「僕がここを出たら、フェリアはどうするの?」

「――――!? イヤッ!!」


 彼女は、大声で叫んで僕に抱きついて来る。


「嫌っ! ……嫌よ! あたしを一人にしないでぇ……もう、一人は嫌なのぉ……」


 泣きながら震えている彼女を見て僕は呆然とする。


「あの、フェリアさえ良ければ僕と一緒に来てほしいんだけど?」

「行く! 行くわ! あなたについて行く!!」

「じゃあ、フェリアのことを聞かせてくれる? 今までどうやって生きてきたのか」

「あまり面白い話じゃないわよ?」


 そう前置きして、フェリアは自分の過去を語り出した――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 フェリアが生まれたのは、今から百三十年くらい前だそうだ。

 正確な年齢や誕生日は覚えていないようで、エルフには誕生日を祝うような習慣も無いらしい。

 この辺りの文化の違いは、刻印を持つためかもしれない。


 彼女の父親は、ここから東に馬で一日程度行ったところに、かつて存在した村に住む村長の一人息子だったそうだ。

 母親の方は、エルフの伝承者でんしょうしゃの家系で将来は、次世代の伝承者の一人になると目されていた。

 伝承者というのは、【エルフの刻印】を刻む役職で、主に結婚・妊娠・出産・子育てを終えた夫婦に刻印を刻むのが仕事だったらしい。刻印を刻んでしまうと子供を作ることができなくなるため、一般的には子供を育て後継者が決まってから、刻印を刻むそうだ。中には、独身のまま刻印を刻むエルフも居るらしい。エルフは、割と個人主義のため、本人が望む場合には、一定の年齢に達していれば後継者が居なくても刻印を刻む者がいたそうだ。そういう風潮ふうちょうもあって、エルフの部族は少子化が進み、繁殖力はんしょくりょくの強い人間に比べると人口が減っていったらしい。


 そんななか、彼女の父親と母親が出会い恋に落ちた。二人が出会ったのは、父親の村は新しくできたばかりで母親の住むエルフの集落から距離が近かったからだ。

 人間の村では、人口が増えすぎると、一部の住人を連れて新しい場所を開拓して村を作る。

 何故、村の人口が増えると新しい村を作って一部の住人が移動するのかと言えば、扶持ぶちを減らすためだ。

 つまり、一つの村で得られる資源は限られているため、その資源を使って生活できる人口もだいたい決まってしまう。

 新しい村は、モンスターがあまり棲息せいそくしていない地域で、水場があり、開墾かいこんすれば田畑になる土地がある場所が選ばれる。

 新しい村の候補地の調査には護衛に冒険者が雇われることが多く、移住する村人達が新しい村へ向かうときにもルート上にモンスターが出現する可能性がある場合には、冒険者が雇われるそうだ。

 勿論、いきなり新しい村で自給自足するのは難しいため、しばらくは元の村がある程度、面倒をみるようだ。

 また、この辺りには鹿や猪といった野生動物も多く棲息しているため、村に住む人間には重要な食料となる。


 人間とエルフは敵対関係にあるわけではないものの、互いを異種族とみなしており、人間とエルフが結婚するなんてもってのほかと考えられているようだ。

 そのため、彼女の両親は、交際を周囲に反対された。

 特に父親の両親は新しい村の村長夫婦だったために頑固に反対していたらしい。

 そして、彼女の母親が妊娠すると、出産のためエルフの村から出なくなった。

 その機会に父親の両親は、息子に縁談を進めたが、フェリアの父親はかたくなに断り続け、約一年後に出産を終えた母親と再開する。

 フェリアの父親と母親は、幼い彼女を連れて、駆け落ち同然で森の中で生活を始めた。

 実は、出産を終えた彼女の母親は、【エルフの刻印】を刻まれた上に伝承者として全ての【魔術刻印】を刻まれていたのだ。


 父親がフェリアの育児をしながら、母親のほうは、一刻も早く【刻印付与】が使えるようになるために毎日モンスターを倒しに出かけて行った。

 モンスターを倒すことで金銭を得ることができるため、親子三人の暮らしぶりは悪くなかったようだ。

 このフェリアが住む家も彼女の母親が工房スキルで造ったものらしい。


 彼女たち親子が駆け落ちをして十一年ほどが過ぎたとき、彼女の母親は【刻印付与】が使えるようになり、父親に【エルフの刻印】を刻んだ。

 それからは、夫婦で冒険者家業をしていたようだ。


 フェリアが二十歳になる頃に彼女の希望もあって母親から【エルフの刻印】を授かったそうだ。

 フェリアは、最初から魔力系の魔術が使えたため、伝承者として全ての【魔術刻印】を刻まれた。

 この頃には、両親は既に冒険者を引退していたが、親子三人で毎日モンスター退治などを行ったそうだ。

 話を聞いていると両親にパワーレベリングされたようだ。フェリアの安全を考えたら、一刻も早く強くさせたかったのだろう。


 馬の『アーシュ』を両親からプレゼントされたのもこの頃だそうだ。この頃が一番幸せだったとフェリアは回想する。

 アーシュはメスの仔馬で彼女は嬉しくて毎日世話をしたらしい。


 それから、数年は平穏な日々が続き、素質に恵まれた彼女は【刻印付与】が使えるほど強くなった。

 彼女が最初に【刻印付与】のスキルを使って刻印を刻んだのはアーシュだった。

 アーシュは、この頃には五歳になっていたので、老化を止めるために刻印を刻んだそうだ。

 それに刻印を刻まれた馬は足の骨を折るなどの怪我をしないし、普通の馬よりずっと丈夫になるようだ。

 それから、数ヶ月が過ぎた頃、この地域全体を揺るがす大事件が起きる。


 それは、ゾンビの大群による襲撃だった――。


『ゾンビ』といえば、腐敗した歩く死体のようなイメージだが、この世界のゾンビは違う。

 先日、僕も戦ったのだが、見た目は、刻印を施された人間そのものだ。しかし、目は虚ろで人間や刻印を持つ者におそいかかる。

 人間に対しては、襲うといっても噛みついて感染を広げるだけで、感染した人間は襲われない。噛まれた人間は、数時間後にゾンビになる。

 モンスターを含めてこんなものが自然発生するわけがないので、誰かが作ったとしか考えられない。

 ゾンビを作った者は、ゾンビの唾液だえきか何かに【ゾンビの大刻印】を作る因子を埋め込み、人間に噛みつくことで、噛まれた人間が刻印を施された状態にすることに成功したようだ。

 ゾンビが恐ろしいのは、普通の人間が大量に居れば、ねずみ算式に数が増えるという点だ。

 単体の強さもかなりのもので、体力が高く攻撃力も高いので、普通のオークよりも強いかもしれない。

 しかし、一番恐ろしいのはその性質上、大群で行動することが多いという点だ。


 ゾンビは、探知能力が高く、視界で人間をとらえているわけではないようで、普通の民家に隠れていても見つかってしまう。遠くに居るゾンビに近づくとたとえ向こうを向いていても突然振り返ってこっちに向かって小走りに走ってくる。

 刻印を刻まれた人間と同じなので、身体能力も高く、普通の人間では絶対に太刀打ちできない。

 足はそれほど速くないが、マラソン選手並の脚力でもない限り探知されない距離まで引き離して逃げることはできないだろう。

 しかし、引き離してもあきらめずに追ってくるため、結局のところ倒さないといけないようだ。


 西の方角から突如出現したゾンビの大群は、周辺の村々を壊滅かいめつさせながら、『エドの街』やエルフの集落へ襲いかかった。

 当時の冒険者など、ゾンビと戦える者達は戦ったが、多勢たぜい無勢ぶぜいす術もなく死んでいった。

 フェリアの両親も戦いに参加して帰って来なかった。

 彼女は、『自分達が帰ってくるまで絶対に外に出ないように』と言いつけられ、この家の中で一年以上過ごしたそうだ。


 堅固な城壁を持つ『エドの街』は籠城戦ろうじょうせんを繰り広げ、数十年の歳月をかけて街周辺のゾンビを駆逐くちくしていった。

 エルフの集落の多くが壊滅寸前に追い込まれ、ただでさえ数が少ないエルフの人口を大幅に減らしてしまった。

 一番の問題は、この襲撃で刻印を持たないエルフに慌てて刻みまくったため、子供を産めるエルフが居なくなってしまったことだ。エルフ達はこれ以上人口を増やすことはできなくなってしまった。世界の何処どこかには他のエルフの部族が居るのかもしれないが、この辺りのエルフはゆっくりと滅び行く種となった。


 両親と別れ一年以上が経過し、フェリアが待ちきれなくて家を出たら、そこには地獄のような光景が広がっていた。

 おびただしい死体と散発的に襲ってくるゾンビたち。

 幸い彼女は大群じゃないゾンビなら問題なく狩れる程度の強さを持っていたので、周辺のゾンビを倒し、死体を埋めるのがそれからの彼女の日課となった。

 彼女が開発した精霊系のオリジナル魔術【グレイブピット】は、この時期に作ったものだそうだ。


 そんなことをその後、百年以上も続けていたフェリアは、先日も日課のゾンビ退治を行うためにアーシュに乗っていまだにゾンビが出没する西のほうへ向かっている途中で僕の叫び声を聞いて駆け付けたようだ。

 もし、彼女が近くを通りかかっていなかったら、僕はおかしな格好をしたマレビトの死体としてあの場で発見されただろう。いや、あんなところに人が通るとも思えないので、誰にも発見されず白骨化していたに違いない。


―――――――――――――――――――――――――――――


 語り終わったフェリアから、再び僕は授乳される。まるで、彼女の子供になった気分だ……。


 それから、五日後に僕は久しぶりに外に出ることを決心した――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 第一章 ―フェリア― 【完】


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