第19話
あんこは結局勢いを止められずそのままグラウンドに大の字で寝転がっている。赤いユニフォームは土だらけで汚れ頬には砂が少し被っていた。久留美が手を差し伸べるとあんこは手をとり笑った。その顔があまりにも無邪気で屈託がないものだから久留美も可笑しくなって笑う。
「なによあんこ変な顔」
「久留美ちゃんこそ汗すごいよ」
なんだろう。この爽やかな気持ちは、球数は百球に近づき疲れて身体もだるいはずなのにあともう一試合投げれそうな気がするのはなぜだろう。ベンチに帰ると雅が久留美にタオルを持ってきてくれて隣に座った。
「さっきはごめん。この借りはバットで返す……」
そういい残し雅はベンチの裏にあるスイング室に向かった。六回裏の攻撃打順は二番のあんこからだ。これまで二打席連続で三振を奪われているがあんこがこのまま終わるわけがない。
鳴滝もだいぶ疲れている様子だった。無理もないここまで奪三振十五。球数八十三。三振を取るためには少なくとも三球は投げなくてはいけない、しかし全部のバッターを三球で三振を奪うのはほぼ不可能だ。三振を狙えばその分球数も増え負担も増える。
ドクターKの最大の弱点はつまり試合の終盤に現れるとりかこは言っていた。つまりスタミナ切れ。体力が切れれば集中も切れる。
あんこは鳴滝が投げたと同時に打つ構えから突然バントの構えに切り替えて一塁方向に走りながらバントをした。プッシュバントだ。打球はファーストとピッチャーの間に転がり一瞬どちらが捕るかで動きに迷いが生じた。ファーストが処理したが鳴滝はベースカバーが遅れセカンドも中途半端にベースに入れずあんこは無人の一塁ベースを颯爽と駆け抜けた。
この試合初めての先頭出塁だ。
「ナイスあんこ。ナイスバント」
意表をついたバントに真咲も手を叩いて賞賛する。三番の詩音もこれまで三振しているがバントは上手い。送りバントのサインに頷くとバントの構えをした。しかし簡単に得点圏にランナーを進ませたくない慶凛大は鳴滝が投げたと同時にバントシフトを敷いてファースト、サードがチャージしてきた。目の前にダッシュしてきたファーストとサードに詩音は思わずバットを引いた。危ない危ない、このままバントしていたら確実にダブルプレーを取られていた。しかしこの場面絶対にランナーを送りたい。詩音は真咲のサインを見て、首を振ったそして人差し指を立てもう一度バントのサインを出してくれと伝える。なにか考えがあるのか真咲は承諾すると再びバントのサインを出す。
「なに考えてんの詩音。ダブられたらお終いよ」
りかこのいっていることは最もだ。あんなにプレッシャーをかけられたらどこにバントしても成功するのは難しい。
しかし詩音はバントの構えを続ける。そして第二球を投げたと同時に今度は鳴滝までマウンドを駆け降りてプレッシャーをかけてきた。詩音はその瞬間を狙っていた。バントからヒッティングに切り替えて思いっきりボールを叩く、打球は前進してきたサードの横を抜けレフトへ転がる。
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