第13話

 いつもの河川敷のグラウンド、三限のスポーツビジネス論が休校になりお互い二限で講義が終わったため他のメンバーより早く到着したのだ。


 慶凛大に勝つための作戦としてまずしつこいくらいの挑発に乗らないことだとりかこさんは言う。


「いいあいつらは中傷的な言葉でこっちのペース乱してくる意地汚い連中なのよ。だからこっちが逆手に取ってやるの」


「と言うと?」


「これよ」


 りかこは硬球の縫い目に指をかけストレートの握りを見せた。


 指一本分右にずらせて中指と薬指で縫い目にかけた。


「この握り方でストレートと同じように腕を振れば力が指に入らない分スピードが落ちて打者のタイミングをずらすことが出来る。打ち気満々の慶凛大には有効的な武器になるわ」


「チェンジアップですか」


「そぉね。まぁさっそく投げてみなさい」


 どこに売っていたのか分からない左用のキャッチャーミットをパンパン鳴らしブルペンで構えるりかこは未知なる一投を待っている。


久留美はとりあえず言われた通り思いっきり腕を振って投げてみたがボールは明後日の方向へ勢いよく放たれブルペンを越え川にポチャリン。


 すぐさまりかこがとんできて頭をポカリン。


「ふざけてんの。ピッチングボール一個いくらすると思ってんの」


「す、すいません。ほんとすいません。私不器用で変化球とか投げたことなくてとういうか投げれないんです。りかこさんには簡単でも私には難しいんです」


「ただ腕振るだけじゃない。これが出来ないでどうすんの」


「どうしましょう」


 頭を抱えるりかこは計画が狂ったと地団駄を踏んで空を仰ぐ。


「なにやってんですかりかこさん」


 ユニフォームの姿でグラウンドに現れたのはあんこだった。そういえばあんこも三限同じだったな。


「咲坂に変化球を伝授してんの」


 へぇ~と頷いて目を輝かせる。


「久留美ちゃんのストレートに変化球が加われば無敵だね」


 無邪気に笑うあんこは人の気も知らないではしゃぎだす。りかこも久留美をからかうように先ほどの出来事をあんこに教える。


 さすがの私もいい気はしない。


「あたしもためしに投げてみたいなぁ」


「あんたに投げられるの?」


 りかこはズボンのポケットから取り出した新しいボールをあんこに手渡すと握りを教えた。


 要点を省いてただ投げなさいというだけだった。さすがにこれだけで投げられるわけがないと久留美はたかを括っていたが思ってたがあんこは難なくブレーキのかかったチェンジアップを投げてしまった。


 しかも投球フォームもお手本のように綺麗なフォームでりかこを驚かせた。


「こんな感じかな」 


 首を傾げるあんこに怪訝そうに睨むりかこ。


 久留美はピッチャーのプライドをかち割られた。


「咲坂。こういうやつが稀にいるのよ。なんでも出来ちゃうやつ。だから……気にしないで」

 

その優しさが心にぐさりとささる。せめて嫌味を言って欲しかったと切実に思う。


「もうピッチャー辞めようかな……」


「それは困るな」


 リクルートスーツを身にまとい颯爽と登場したのはただいま絶賛就職活動中の真咲だ。


「真咲さん就活は済みましたか?」


 りかこさんの質問に親指を立てて応える。どうやら順調らしい。


「たいぶ難航しているようだね」


「そうなんですこの娘、意外に要領悪くて……」


「ひどーいりかこさん、久留美ちゃんはなんでも努力すれば出来る娘なんです。ただ人より時間がかかるだけです」


 お前が一番ひどいよとあんこを横目でけん制したが彼女に悪気はないし、事実を言っただけだから怒りの矛先を向けようがない。


「咲坂。あなたにはあの秘球があるじゃん」


 真咲が思い出したようにいうとあんこは興味心身で「なになに」と尋ねてきた。


 はてそんなものあったっけ?


「ピンときてないね。ほら一昨日の練習終わりに堀越とソヒィーと三人でジュースをかけたミニゲームやってたじゃない」


 そういえば一昨日の練習後に先輩たちと帰りのジュースをかけたボール入れゲームをしていた。ひとり持ち球十球でホームベース上に置いてあるかごにマウンドから投げて何球はいるかを競うという内容だ。

 

 かごに入れるためには高い位置から落として入れるしかない。つまりこのゲームの必勝法は正確な山なりボールを投げることだった。簡単そうに見えるがこれが意外に難しい。力のさじ加減が慣れるまで検討がつかないところにボールがいってしまう為、十球の中でいかに感覚を掴むかが勝負の分かれ目になる。


「私が見たところ美雨が二球、ソヒィーが三球、咲坂が七球入ったのよね」


「はい、昔おじいちゃんにコントロールの練習法といわれてマウンドから山なりボールをストライクに投げる練習をしていたものですから割と早く感覚が掴めたんです」


「それは使えるかもしれない」


 りかこは閃いたように私の体を掴みそのまま揺らした。


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