第41話 計画のその先は
さすが、帝国軍の騎士だけあって応急処置は完璧だった。怪我人の表情は少しばかり穏やかになっている。
その様子を見て、エレノアはほっと息を吐く。
「誰か一人、私をジルフォード様のところまで案内してほしいのだけど」
まだ〈鉄の城〉は【新月の徒】に占拠されている。それに、ブライアンの指示を受けた騎士が他にもいるかもしれない。動けない怪我人たちのために、護衛は多い方がいい。ただ、ジルフォードの所へ行くためには道案内が必要だった。本当は一人で行きたいが、この城の記憶を覗きながらでは効率が悪い。騎士たちに問いかけると、皆が怪訝そうな顔をした。
「この敵陣の中、エレノア様の護衛が一人? せめて二人は連れて行ってください」
ついさっきまでエレノアを脅していた側の人間の台詞とは思えなかったが、彼らは本気でエレノアを心配してくれているようだ。彼らを説得する時間を無駄だと瞬時に判断し、エレノアは頷いた。
「わかったわ。二人に案内をお願いするわ」
そうして、案内役兼護衛となったのは、エレノアがはじめに庇った若い騎士と、その彼を裏切り者と口走った騎士だった。若い騎士の名は、ファーゼス。もう一人の血の気が多そうな騎士はガルティ。
エレノアは二人に剣を向けられて、廊下を歩いていた。ブライアンと協力関係にある【新月の徒】を欺くためである。ブライアンの計画を知っている者が見れば、王女を人質にとってブライアンの所に連れて行っているようにしか見えない。
そして、目的の場所にたどり着く。
「おそらく、ここにジルフォード様がいます。エレノア様は下がって……って、エレノア様!」
ジルフォードがいると案内された扉の前で、エレノアが待てるはずもなかった。すぐさま扉に手をかけて、おもいきり開け放つ。
そこには、確かにジルフォードがいた。
どんな場所にいても、エレノアが彼を見失うことはない。
目を見張るような鮮やかな蒼い髪。たくましい身体つき。
そして、エレノアを映す群青の双眸は驚きに見開かれている。
ジルフォードしか見えていなかったエレノアは気付かなかった。部屋の異常さに。
赤黒い血が充満して、兄のブライアンさえ動けずにいた、その理由さえ。
「エレノア! 来るな!」
ジルフォードの鬼気迫る声に、エレノアは一瞬動きを止めた。
その時ようやくおかしい、と気づいた。
(あれは、なに?)
エレノアが視界に異様なものを捉えた時、後ろからファーゼスとガルティがエレノアを庇うように前に進み出た。
しかしその直後、二人は後方へ吹っ飛び、エレノアの視界は真っ暗になった。ぼうっとするエレノアの耳元で、人ならぬ声がした。
《ようやく会えたな、俺の花嫁》
いつかは、と覚悟はしていた。それでも、エレノアは現実を受け入れたくなかった。
ついに悪魔が現れたのだ、エレノアを迎えに。
エレノアは幼い頃から定められていた運命に、悪魔についに出会ってしまった。
しかし、エレノアは自分を包む闇に向かって言い放つ。
「何を馬鹿なことを言っているのかしら。私の心はジルフォード様のもの。あなたの花嫁になるくらいならば死んだ方がましだわ」
悪魔に会ったら、絶対に言ってやろうと思っていた言葉。
一人で何度も練習していた時よりも感情が入っていたのは、本気で本物のジルフォードに恋をしたからだろう。
だから、エレノアは微笑んでいた。悠然と、美しく。
宝石という名に恥じぬ、最高の笑顔。
その笑顔の先には、愛しい人がいた。目の前は真っ暗な闇に包まれていても、エレノアの耳にはたしかに届いていた。エレノアの心を占めるジルフォードの声だけが。
「エレノアっ!」
だから、エレノアは迷うことなく闇から抜け出すことができる。
「ジルフォード様!」
ただただ一心に、エレノアはジルフォードへ腕を伸ばす。
そして、エレノアのその手をジルフォードは力強く引いて、抱きしめてくれた。
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