25話 回想~人質は異世界人~

「で、お前はわざわざ、私の居場所を奪うためにやってきたのか?」


 ハクハ領からの使いによって、天守閣は修羅場にへと変化していた。俺が異世界に来た中で、一番の機嫌の悪さのカナツさん。

 それに対して上機嫌のアイリさん。

 彼女の膝の上には体を丸めて座るユウランがいた。


「そんなつもりはないですよ。僕だって本当はこんな所に座りたくないし……」


「お前……、アイリの膝の上私の特等席に座ってなんてことを言うんだ! アイリに謝れ!」


「はははー。私は別にいいよ。ユウランちゃんみたいな可愛い男の子は、中々いないからねー」


「アイリ!?」

 

 親愛なるアイリさんに裏切られ、怒りとショックでフラフラと頭を揺らす。


 なにやら嫌な予感がする。

 クロタカさんはいつものことだから良いとして、サキヒデさんとケインはこうなることを知って逃げたな……。

 俺に教えてくれれば俺だって逃げたのに……。


 よし。今から俺も逃げよう。


 音を立てずに立ち上がったが、


「あ、リョータは残っててよ。僕の話はリョータに関係あるんだからさ」


 と、ユウランに止められてしまった。


 ここに来る道中も俺に関することだってのは聞いてたから当然か。

 OK。

話は聞こうか。

 だからさ! 早くそれを話してくれよ!

 機嫌の悪いカナツさんに笑顔を向けないで、早く要件を述べてくれよ! この空気に俺はもう耐えられないんだよ!


 だが、残念なことに俺の願いはこの場にいる誰にも届かない。

 どころか、アイリさんが「よしよし」と淡いピンクの髪を撫でる。


 あれ?


 アイリさんってハクハの人間だったかな? 俺たちの大将の顔を見てくれよ! ほら、もう、いま、めっちゃ悲しそうじゃん。

 泣きそうじゃん。

 見てられないよ!


「俺に用っていうのは、どういうことだ? 「殺しに来た」の間違いじゃないのか?」 


 俺は嫌味を最大限込める。


「嫌だなー。殺すならとっくにやってるよ? わざわざ、大将の前で殺すメリットなんてないでしょ?」


「なら、なにが目的だ……?」


 殺すでもない。

 俺に話があるなら、別にカナツさんの前じゃなくてもいいはずだ。この少年は何を考えているのか、心の奥を覗こうとするが、空気すら読めない俺には、人の心が読めるはずもない。

 訝しむ俺に対して、


「イケイ センジュって女性、知ってるよね?」


 とある人物の名前を告げた。

 その名前を俺はよく知っている。

 俺と同じ職場で働いていた同僚の名前だ。つまりは俺と同じ異世界人ってわけだ。


 で、彼女の名前をユウランが知っているってことは――、


「ハクハにいるのは池井さんなのか……?」


「ええ、その通りです」


「……」


「嬉しくないんですか?」


「異世界に来たことを喜べるわけないだろうが」


 池井 千寿。

 彼女は俺と同期で入社した、汚れを知らないような女の子。

女の子って言っても同期だから同い年だ。ただ、常にフワフワとしているというか、見ていて不安になるというか、どこか子供っぽい。


 そして、その雰囲気に違わず、彼女は仕事ができなかった。

 言い方は悪くなってしまうけど――事実だ。何もないところで転びまくり、忘れ物も多い。

 

 だが、だがだ!

 

 彼女はルックスが良かった。

 清純派女優としても通じるであろう彼女の麗しさは、上司を骨抜きにするのに三秒もかからなかった。


 結果、池井さんがミスしても怒らない。俺が同じミスをすると三日は口を聞いて貰えない。酷い差別が生まれた。

 差別に呑まれた俺ともう一人の同期は、彼女のことを悪意のない悪魔と揶揄していた。まあ、悪いのは彼女ではない。

 見た目で判断する上司なのだ。


 いや、今は職場での評価はどうでもいいか。

 池井さんはハクハにいるのだから。

 俺に伝えたいことは、池井さんの存在だけじゃないだろう。俺に教えてハクハが得することは何もない。


 ――その先があるはずだ。


 俺はそのことを問おうとするが、カナツさんが「黙っていろ」と手を突き出した。 

 カナツさんは、自分を無視して話を進められることが不満みたいだ。


 一番の不満は、アイリさんの上に座ってることだろうけどね。


「で、その女が交渉と何の関係があるんだ? 交渉して欲しかったら、まず、アイリの膝の上からどけ」


 アイリさんから離れれば話は聞いてやると、ユウランを見据える。

 自分の特等席アイリさんを返す事。

 そして、話しに混ぜること。

 二つの不満を一気に解消させようとするが、ユウランを離さないのはアイリさん。


「僕もそうしたいんですけどねぇ、彼女が……」


「へへへー」


「アイリー!」


 悲しみの雄叫びを上げて蹲った大将。


「…………」


 この人、会話に割って入って何がしたかったのだろう? 俺としては同じ異世界人の存在を知った重要な場面なんだけど?


「すいません。ちょっと、カナツさんは黙ってて貰っていいですかね?」


 俺の言葉に体を丸めたまま、首だけ動かした。

 ダメージ受けすぎだろ……。戦じゃ絶対そんな風に弱らないのに。


 カナツさんの了承を得た俺は、質問の答えを促した。


「えー、まだわかりませんか?」


「話をさせてくれるわけじゃないだろ?」


「ふふ、どうだろうね。ま、取りあえず、シンリ様の伝言を聞いて貰おうか――」


 大げさに声を張り上げる。

 そして、長すぎる間を取って続けた。

 ハクハの大将が俺に当てた言葉を。


「「ハクハに現れた異世界人を殺されたくなければ、俺達の経験値として生きろ」だそうですよ?」


「……っ!?」


 あいつは強さだけじゃなくて思考も化物だ!

 なんてこと考えるんだよ!?


 異世界人を人質・・・・・・・に使うだなんて。


 自分たちの領に現れた救世主じゃないのか?

いくら一位だろうが、他の領にも異世界人がいるなら、貴重な戦力じゃないのか?

 何より、異世界人が顔見知りと知って迷うことなくその作戦を実行する決断の速さ。俺はシンリの残虐な思想に背筋が凍る。


 それに――俺が経験値タンクであることを、何故、知っているのか?


「クロタカさんでしたっけ? あの、戦闘狂。あの人が、リョータを殺した瞬間にレベルが上がったんだ。高レベルな人間が、こんな弱い人間を殺したところでレベルが上がるかなー?」


「……」


 あの時、俺はシンリの目の前で殺された。その時のレベルの変化をシンリに見られていたのか。


「で、殺したはずの君が生きてた。カラマリのレベルの上昇が異世界人と考えれば、全てつじつまが合うんだよ」


 そして、クガンとの戦場に出向いた俺を発見した。


 死んだはずの俺が生きていること。

 クロタカさんの不自然なレベルアップ。


 その二つの情報があれば、俺の能力に辿り着くことは可能だったようだ。

 それに、仮に俺の能力が経験値じゃなくても、生贄池井さんを使えば、他領の戦力を削れるかもしれない。

この作戦――シンリにデメリットは存在しなかったわけだ。


「あ、別に答えは今すぐじゃなくてもいいよ? 一か月後に答えを出すようにと、シンリ様も言っていたし」


 ここで大人しく引けばそれなりに格好はつくのだろうが、俺はこんな時でも余計なことを言ってしまう性質だった。

 怖い時ほどヘラヘラ笑う。

 今の俺はまさにそれだった。

 不利になればなるほど、不要な言葉が溢れ出る。


「いや、俺の力は全然、違うっすよ? もうー。何言ってるんすか? シンリ様も大したことないっすねー」


 我ながら無様な嘘。

 失笑と共に、後で確かめればいいと一蹴されてしまった。

 ごもっともである。

 もう、カードは相手に握られているのだ。使えなければ俺を殺せばいいだけだし、俺が従わなかったら池井さんを殺すだけ。


 流石にこの状況で、黙ってユウランを返せないと考えたのだろう。

アイリさんが、


「……でも、いいの? 私達がリョータを行かせなければ、自分たちの異世界人を殺すことになるけどー?」


「そうだね。でも、殺しても殺さなくても、皆さんには、本当に殺したかなんて分からないよね?」


 無邪気な表情は動揺もしない。

 これは『交渉』じゃない。

『脅し』だ。

 この少年を領内に入れた時点で俺たちは後手――どころじゃない。何歩も後ろにいたのだ。


「それに、もう彼女は必要もないしねー」


 必要ないから殺しても殺さなくても同じだと言葉を繋ぐユウラン。

 ――こんなのブラフに決まっている。


 でも、ハクハなら、本気で池井さんを殺しかねない。

 一人でカラマリを相手にしたシンリ。クガンとの戦いでは主力を一切出さない主力。あの戦いでハクハの兵士は殺されているのだ。

 彼らはそれを黙って見ていたのだ。


 俺達の反応に満足げに頷いてユウランは言う。


「あ、この後、ケインと二人きりで話をしたいんだけどいいかな?」

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