19話 人殺し

 土通さんの言葉の真意を問う前に、俺達を邪魔する三人の兵士たちがいた。

 顔全てを隠すフルフェイスの鎧のために、彼らの顔は見えないが、どうやら、俺が邪魔した兵士達であるようだった。


「居たぞ!」


 俺と土通さんを見て声を出したのはハクハの兵士。クガンと勝負を着けた後に丘の上に移動していた俺達に気付いたのか、わざわざ、やってきてくれたようだ。


 異世界人だと分かったのならば、見逃してくれればいいのにと思けど――彼らもまた異世界人の力を手にしていた。

 故に強気なのかも知れないな。

 クガンとの戦いを生き残った三人の兵士たち。

 彼らは右手に『拳銃』を握っていたのだ。


「あら、本当に拳銃を持ってるのね……。私も久しぶりにサバゲーをやりたくなったわ」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 早く逃げないと殺されちゃいますよ!?」


 俺は最悪死んでも構わない。

 だが、土通さんはどうだろうか。まだ、なにか隠している気はするのだけども、それを追求する余裕はない。


「なら、しょうがないか……」


 二人が生き残るための方法。

 芸がないと思われるだろうが――やっぱり、俺が身代わりになるしかないか。戦場にでてしまうと経験値ってあんまり意味ないのかな……?


「おい。お前、何ぶつくさ言ってやがる? 最初に言っておくが、拳銃こいつはすごいぜぇ? 隙も少ないのに、遠距離での攻撃も可能。それでいて威力もでかい。これさえあれば、もう、誰にも負けねぇよ!」


 最新の玩具を手に入れたことを自慢する子供のようだ。そんな説明されても俺はそれくらい知っているって。

 まあ、凄い物手にすると自慢したくなる気持ちは分かるけどさ。


「あ、でも安心してくれ。お前らは殺しはしないぜ? シンリ様からレベルの無い人間は全て捕らえろと命を受けてるからな!」


「……それは、ありがたい」


 口ではそう言ってみたが全然、有難くなかった。

 身代わり戦法も使えなくなってしまった。

 いや、俺一人ならば非力ながらも一か八かで暴れて、あえて殺させるという案もあるのだけれど、俺のついでで土通さんも殺されることも考えられる。

 とにかく、相手は拳銃を持った三人の兵士。

 ただですら、俺よりも腕力は強いんだから、大人しく従おうと両手を上げて抵抗しないとアピールする。


「あら、両手なんて上げて、あなたは何をしているのかしら?」


「なにって、相手は武器持ってるんですよ?」


「分かってるわよ、それがどうしたのか――私は聞いているの」


 地面から土が盛上る。

 土通さんの力を一度兵士たちも目にしているからか、すぐに発砲を試みる。だが、銃弾は立ち上がった地面にめり込むと、そのまま土の一部となって飲み込まれていった。


「おお! すげぇー!」


 特撮で変身をする間、敵が待っていてくれるのかという、良心のない声を受けて変身エフェクトで防御や攻撃が出来るようになった昨今のアレか?

 と、一人興奮したことは内緒である。


 俺が感嘆の声を洩らした時にはもう、土通さんの姿はなかった。

 なんだ。俺が心配しなくても一人で逃げれたじゃないか。

 本当はそう思いたかったのだが、残念なことに土通さんは俺の視線の先にいた。ハクハの兵士の背後に。

 無傷で移動できたのだから、俺なんか置いて逃げればいい。

 生き返ることは教えたはずだ。


 だが――そもそも俺と土通さんの考え方は全く違っていた。

 俺は逃げることを。

 土通さんは敵を倒すことを考えていたのだ。


「どれだけ、良い武器を持っていても、私には勝てないわ」


 背後から聞こえた声に兵士たちは一斉に振り向くが――土通さんの容赦ない斬撃によって鎧もろとも引き裂かれた。


「……え?」


 土通さんの振り抜いた軌道を示すかのように、兵士たちの顔が消えていた。

 鼻から上が鎧ごと地面に転がる。

 テンションを上げていた俺は、土通さんがなにをしたのか理解できなかった。


 ……いや、ちょっと待ってくれ。


 これって、相手、死んでいないか?

 俺は見開いた眼で土通さんを見る。


「別にお礼なんてしなくていいわよ? 元々はクガンとハクハの戦いなんだもの。私は当然のことをしたまでよ」


 俺の表情をどう読み取ったらそうなるのか、分からない。けど、ハクハの兵士を殺したことについてはなにも思っていないようだった。

 人を殺したことについてだぞ?


「……なに言ってるんですか?」


 俺に毒を吐くのは構わないけど、今は違うだろ。

 殺す必要なんてないじゃないか。


「なにって、馬鹿に感謝されるほど私は落ちぶれていないって意味よ。それくらい察しなさい」


「察するのは土通さんでしょ? なあ、人が死んでるんだぞ?」


 俺は地面を赤く染めていく兵士たちを指差して言う。


「ねぇ、まさかとは思うんだけど、ここに来て「人殺しは良くないよ!」なんていうつもりじゃないでしょうね……」


「いや、それは当然のことだろ!」


「……ここは異世界なのよ?」


 警察もいない。

 ルールは〈戦柱(モノリス)〉が定めたことだけだ。そして、今回の戦では、殺人はいけない決まりはないと、淡々と告げる土通さん。


 いや、そうじゃないだろ?


 人を殺すってさ、決まりだからとか、捕らえる人がいないからって理由で、「する」「しない」を決めるもんじゃないだろ?


「納得いってないみたいね。まさか、ここまでの馬鹿だとは思わなかったわ……。どうやら、レベルをもっと下げないと駄目みたいね」


 土通さんはどうすれば俺に理解して貰えるのかと考えるようだ。

 どういわれたって俺には理解できない。

 人殺しを正当化していい理由なんて――。

 例え、異世界だろうがそれは同じだ。

 睨む俺の視線に無感情に視線をぶつけると――、


「いいでちゅかー」


 赤ちゃん言葉で俺を諭しに来た。

 駄目だ。

 この状況でふざけた言葉をぶち込まれると、流石に俺の我慢も限界を超える。


「ふざけんなよ! 人を殺してよく、そこまで出来るな! 罵詈雑言を俺が受けるくらいなら構わないけどさ、今回は違うだろ? 人が死んでるんだぞ!」


 先輩の彼女だろうが関係ない。

 俺は掴みかかる。


「あら、逆ギレ? 怖いわね。女子の胸倉なんて掴んじゃって」


「だから、そんなことはどうでもいいだろうが!?」


 お前はまず先に人を殺したことを考えるべきだ。

 その意思を少しでも伝えようと、彼女を掴む腕に力を込めたが、土通さんに伝わることはなかった


「ええ。大間違いね。じゃあ、あなたはこの世界に来て、人を殺してないと言い切れるの?」


「ああ、言いきれる!」


 そもそも、俺がここに来たのだって、土通さんを守るため。殺されるかもしれないと心配だったからこそ、危険を承知で助けに来たのだ。


 殺すことと正反対の行為である。


 大体、この世界に来て俺は殺されたことは多数あれど、殺したことは一度もない。

 経験値タンクが俺の仕事なのだから。


「だから、それも一緒でしょ? あなた達の軍のレベルが上がれば、他の領の人間は殺される。たった、それだけのことでしょう――自分の手を汚さなければ人殺しをしていないだなんて、ふざけたこと言わないで頂戴」


 ぴしゃりと俺の甘い考えを切り捨てた。

 戦で勝つとは、そういうことなのだと。

〈戦柱(モノリス)〉の定める戦闘条件は今回のような合戦ばかりではない。だが、現にこうして戦はあるのだ。


 現に、カラマリ領も最下位チームと刃を交えている頃だろう。

 つまり、人が死んでいる。

 俺がレベルを上げたことで、最下位チームの犠牲者が増える。


「でも……」


 こんな異世界で生きるにはそれしかなかった。

 武器も知恵もない俺に出来ることは、死んで日銭を稼ぐだけだ。俺の言い訳に染まった心を見抜いたのか、土通さんが鼻で笑う。


「それに、私だって自分が殺され、何回でも生き返って経験値を与えるだけで済むなら、同じことを言ったでしょうね。でも、残念なことに私は違うのよ。与えられたのは、鎧も切り裂くこの剣と移動する力。つまり――戦う選択肢しかない」


 生きるために俺は殺されているが、土通さんは生きるために殺すのだと。

 自分の考えは狭い範囲しか見てなかった。

 土通さんは俺より短い期間で、どれだけ、この世界で生き抜くために犠牲を払ったのだろう。彼女の胸倉を掴んでいた俺の手は、弱弱しく離れていく。

 俺は何も考えていなかった。

 顔を俯けて現実から目を反らす俺に――止めを刺すように土通さんは言い。


「自分がどれだけ恵まれているのか知りなさい」


 この言葉は、彼女のどんな罵詈雑言よりも胸を抉った。そして、戦うために与えられた力を使って――彼女は消える。


「俺は……」


 自分の愚かさを噛みしめる事しかできなかった。

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