17話 馬に跨る戦場の馬鹿

「さーてと、この世界に来て三か月ちょっと。初めてのお使いにしちゃ早い方か」


 翌日。

 俺は一人で『オリの草原』と呼ばれる場所に来ていた。

 薄緑の絨毯が足首の高さまで生えていた。

 時折、俺の踝を擽るのが、どこか気持ち良いい。ただの散歩として楽しめればいいのだが、俺はここに散歩で来たわけでも、ましてやお使いで来たわけでもない。


だってここは『戦場』なのだから。


 眼下で繰り広げられる戦。

遠くから眺めている俺の耳にも兵士たちの雄叫びが聞こえてくる。


「戦の結果は別にどうでもいいんだけど……、土通さんが心配だから」


 俺はもう一人の異世界人を守るために、ここに来た。土通さんはクガンの兵士と一緒に岩山を降りていた。それがどういうことなのかと言えば、彼女も兵士としてハクハとの戦いに向かったと言うことになる。

 即ち戦に参加している。

 ならば――戦で命を落とすかもしれない。

 そんなわけで俺は一人でカラマリ領とは全く関係のない戦場に降り立った。


 いや、まあ、本当はカナツさんが、「一人で俺を行かせるのは危険だ」と、クロタカさんを連れて行くように手配してくださったのだが、俺は気持ちだけ受け取って置いた。

 いや、別にクロタカさんと一緒に行動するのが嫌なわけじゃないよ?。

 ただ、一つ目の願い――最下位チームの異世界人の身の安全と言う、戦場にとっては、枷にしかならない願望をしてしまっているのだ。

 そこで、更に俺の我儘で戦力を裂くことはしたくない。


「まさに合戦って感じだな。実際には見たことないんだけども! これはヤバいぜ!」


「でも……まさか、本当に一人での行動を許して貰えるとは思わなかったな」


 現にアイリさんは俺の意見を反対した。

 殺されれば生き返るので、そこの心配はしてくれなかった。

 少しだけ寂しいよ、アイリさん!

 俺の寂しさはいいとして、ならば、何を心配したのかと言えば、やはり、サキヒデさんと同じで、俺の力を敵に知られたくないということだった。

 策士の代わりを務めるだけあり、慎重な発言をするアイリさんを説得したのは大将カナツさんだった。

 大将の一声で全てが決着した。


「分かった。行ってこい」


 と。

 まさか、何もなく許可をして貰えるとは思っていなかったので、「い、いいんですか?」と拍子抜けした声で聴き返してしまったのは、我ながら恥ずかしいぜ。

 自分から言いだしたことなのにな。


 カナツさんは仲間を大切にしろと俺の背中を押した。

 ニッコリと親指を突き出して送り出してくれたのだ。

 ああ。

 なんて器の大きな人なのだろう。

 やっぱり、人の上に立つ人間は違うなと――実感した。

 アイリさんの膝で横になっていなければ、もっと心に入って来ただろうに。しかも、横になったまま手を上にあげて親指を立てたモノだから、その指がアイリさんの胸に当たってたし。

 急に胸を触られたアイリさんの反応が……また、たまらんのよ。

 普段のアイリさんは想像できないような――、


 って、なに、おっさんみたいな下種い状況説明をしてるんだ俺は!?

 折角、仲間を助けに来たってカッコいい場面なのに、俺の株が下がっちまうぜ。


 さっさと目的を達しなければ。

 そう思いながら、遠目で繰り広げられる戦を眺める。

 ……。


「さてと、ここで問題があるわけなんだなー。これが」


 ここは草原だ。

 俺がいる場所は少し小高い位置にあるものの、戦を繰り広げている兵士たちのあたりには何もない。

つまり、ハクハと戦った時の用に、身を隠せる場所が存在しないのだ。


「だからってここにいても、誰が誰だか分からないし……」


遠くから眺めることはできても、俺の視力はギリ1.0と言う凡庸な物。戦っている人間の装備や顔が見れるほど視力は高くない。


「ま、どうせ考えても出来ることはないんだから、やることをやるしかないか!」


 俺は横で佇む相棒に声をかけた。


『ブルルっ!』


 言葉が通じだ訳ではないだろけれど、俺の声に応じてくれた愛馬。なんと、ハンディ戦での俺の犠牲(はたらき)を認めてくれて、俺専用の馬をくれたのだ!

 やったね!

 そんなわけで、愛馬(名前はローズランバス。薔薇のような美しい赤から名付けた。我ながら最高のネーミングである)に跨った俺は――勢いよく合戦の最中へ突っ込んだ。


「土通さーん。助けに来たよー! 一緒に帰りましょうよー!?」


 合戦に割って入る俺を、何者かと兵士たちが奇妙な目で見る。

 正体不明の人間が現れたら兵士たちがやることは皆同じなのだろう。ステータスが見れると言う瞳で、俺のレベルを確認した。


 当然、俺にレベルはない。


 異世界人であると伝わったのか、全員が警戒をして俺から離れた。レベルも力も覗けない。ステータスを頼りに戦う兵士たちに取って異世界人は特出して警戒すべき存在だった。


 ふふふ。

まるでどこぞの武将になった気分である。


 実際に力はないのに、恐れられるのは、うむ。悪い気がしないな。

 ならば、どれ、利用させて貰おうか。

 直ぐに調子に乗っちゃうタイプの俺は(しかも、それを自分で言っちゃうタイプだ)


「俺に殺されたくなければ、土通 久世がどこにいるか教えろ!」


 因みにハクハ領の兵士は、西洋の甲冑みたいな防具を纏っている。頭にトサカが付いてるようなやつね。で、クガンはヘルメットのような兜と、胸と肩を守る簡易的なプロテクターを身に着けていた。

 重装備対軽装備の戦いだ。


 俺の声に反応したのは――クガンの兵士達。自軍の切り札の名を俺が知っていることに、どうすべきか迷っているようだ。

 仕方ない。


「俺は彼女の知り合いだ! むしろ仲間と言ってもいいだろう。なんたって同じ屋根の下で一晩過ごした仲なのだから――」


 嘘は言ってないよ。

 だって、キャンプで同じコテージに止まったもん。

 6人だったけど。

 この世界でも男女が一つ屋根の下で夜を明かす意味は同じだろう? どうだ、信じるがいいと勝ち誇った俺のうなじに、「ツン」と何やら鋭いものが突きつけられた。


「馬に跨る馬鹿がいると思ったら、やっぱり馬鹿だったわね。堂々と大声で嘘を付くのは止めて貰えないかしら? あなたに傷つけられた心の傷は倍にして返さなきゃいけないんだから」


 声の主は俺に向かって毒を吐いた。

 倍にして返さなきゃいけないって、義務感を持たれてもな……。

 大体、それを言ったら、俺はそれ以上に背後にいる人間に傷つけられている。


「この毒の吐き方……土通さんですね!?」


「まずは、声で分かりなさい。全く、こんな戦場にまで来て何がしたいのよ。嫌がらせ?」


「それは勿論、土通さんを心配してですね――」


「ま、とにかく邪魔だからいいわ」



 俺は振り向き、助けに来た相手と視線を合わせようとする。

 だが、振り向く際に俺の視界に真っ黒い穴が飛び込んできた。しかもそれは、俺を囲うようにして盛り上がり、飲み込んで行く。


「え、ちょっと……?」

 

 土通さんとここでようやく視線が合った。

 あ、めっちゃ楽しそうに笑ってるよ。土通さんの笑顔……。これ、ヤバいヤツだ!


 時間にしては一瞬なのだろうが、スローモーションのように感じてしまう。

 これは、あれか?

 死を感じると神経が過敏になるというタキサイア現象というものが? 

 それともクロノスタシスだっけ?

 あ、それは時計の針の方だっけ?

 現象の名前を思い出せずに、更にパニックになる俺の頭までも闇が包んだ。


「うわああああぁああ!」


 遅ればせながら、叫び声を漏らす俺に対して、


「うるさいわね」


 と、暗闇の中から毒吐く声が聞こえてきた。

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