第4話 パズルピースがはまらない
今日は新しい両親が来る日だ。
妹は帰宅してから、最初の夕食ために豪勢な料理を作った。兄はそれを味見して太鼓判を押す。食卓には四人分の料理が並べられている。それはちょっとしたパーティーのようだった。いや、パーティーなのだ。新しい家族を祝うのだ。
「ねえ、もうすぐかな?」
妹はちらちらと壁掛け時計を見て、何度目かになる質問をする。
「んー、夕方には来るって聞いたからそろそろだと思うけど。」
「早くしないと夕食が冷めちゃうよ。」
「だねえ。ま、そのときは温め直すしかないね。」
そして兄妹が同じような遣り取りを幾度か繰り返した後、ようやく両親が初めての帰宅をした。
新しい父親はスーツをきちんと着こなしていた。玄関まで迎えに来た兄妹を見てからも仏頂面を隠そうとせず、高級そうなネクタイの結び目をしきりに撫でている。
新しい母親は若かった。父親が白髪混じりであること対比すると、むしろ新しい姉と言ったほうが納得できた。扇情的なまでに真っ赤なコートにくるりと動物の毛で作られたファーを巻いている。母親は静かにあくびをしてから緩慢に会釈をした。
「あの――」
兄が率先して口を開き、自己紹介をする。兄の後ろで所在がなさそうにしていた妹も続いて自己紹介をする。
父親は「ああ。」とだけ頷く。それから短く自分の名前だけを言う。続いて母親も自分の名前を言う。後は何も言わない。
妹は兄を見る。その視線に気づいた兄は、「今日は妹が料理を作ったんです。みんなで食べましょう。」と笑顔を作った。
しかし父親は首を横に振った。
「夕食は来る前に二人で済ませてきたんだ。」
「そうですか……」
「ああ。悪いね。」
父親の謝罪は誰の胸にも残らず瞬く間に霧散する。
「それに引越のトラックを待たせているんだ。今日はもう荷物を運んで休むことにするよ。」
「運ぶの手伝いますよ。」
「いや、全部業者がやってくれるから必要ない。二人はいつも通りにしてていいから。」
父親は兄の申し出を即座に断った。
母親は「じゃ、そういうことで。あ、私の部屋ってどこ?」と真紅のヒールを脱ぐ。ストッキングに包まれた形の良い足がフローリングにひたと触れた。その足は今に家中を歩き回り、不可視の足跡を残すのだ。
そして料理は熱を失ったまま食卓で沈黙する。
朝食を作るのは妹の役割のままだった。
父親は自分が作るくらいならなくてよいと言い、実際朝食がなければ食べずに出かけた。母親は父親が出勤してから
妹は溜息をついから高校の最寄り駅で電車を降りる。手の平に飛びこんできた二つのパズルピースは上手く嵌らない。
「ねえ。」
ぼんやりと歩いていた妹は見知らぬ少女に名前を確認される。妹が肯定すると、話しかけてきた少女の眉がきゅっと寄せられる。
「ちょっと前にさ、あなたのお兄さんに会ったんだけどさ。」
「兄さんに?」
妹の声が微かに上擦る。
「うん、そう。」
「どうして兄さんを知ってるの?」
「ちょっと公園で自殺しようとしたところを止められちゃった。」
「あの人はまたそういう……。なんというかごめんなさい。」
妹が渋面を作った。兄は何度か自殺を止めたことによりトラブルになったことがあった。もうやめようと妹が諌めても眉を下げて微笑するばかりで、兄が
二人は自然と歩調を合わせ、学校へと向かう。駅から高校生の塊が学校まで黒々と伸びていく。その幾人かは初めての通学であるし、また幾人かは来週にはもうここに来ないだろう。
「お節介な人だった。いつもあんな感じなの?」
「大体それで合ってる。」
「それと恋人も一緒にいた。あれはバカップルだね。人間辞めてる。」
「……知ってる。」
妹は何度か兄の彼女に会ったことがあった。黒いローファーがアスファルトの路面と擦れ、その靴底を減らす。
「でも少し羨ましいかな。私はあんなに今の彼氏が好きじゃないし。」
「それは同意するけど。というか嫌いだけど。」
「嫌いなの?」
「嫌い。」
「ふうん。それなら申請して変えてもらえばいいじゃん。」
「いい。どうせ意味ないし。」
妹はコートのポケットに深く手を差し入れる。どうしても交際相手と相性が合わない場合は申請すれば換えることができる。だけど妹はそれをしなかった。無意味だからだ。どうせ次も嫌いだ。
昇降口で少女と別れた妹は自分の教室に入る。HRが始まると、二人の生徒が入れ替わったことが判明した。そんなことはもちろん日常の範囲内だった。
代わり映えのない授業が終わり放課後になった。「なあ。」と妹の席まで男子生徒がやって来る。妹の彼氏だ。今日の放課後はデートをしなくてはいけない。
「今日はどこ行く?」
「……どこでも。」
妹は仏頂面で応じる。普段のデートは適当な公園なりに行って一回セックスして終わりだ。
妹はそれを拒まない。今の彼氏はセックスさえさせればすぐに帰してくれるからだ。前々回の彼氏は執拗に妹を求めたので相当の負担だった。前回の彼氏は初めて顔を合わせた日から三日後に自殺してしまった。
「へえ、珍しい。」
「何が。」
「だっていつもさっさと帰りたいって言うじゃん。お兄さんに会いたいんだろ?」
「別に。」
「じゃあ今日は俺の家に行こうぜ。」
妹は大きな舌打ちをしてみせる。それに構わず、彼氏は妹の手をひいて歩く。妹はそれを拒まない。
二人の通う高校からしばらく歩くと川がある。それなりに大きな川だ。しかし河川敷の整備はあまりされておらず無駄に広い草原が広がるだけだ。向こう岸で虫が湧いている場所があるのは、きっと誰かが自殺してそのままひとりぼっちのままだからだろう。風向きの関係で臭いがこちらまで届かないのが幸いだ。
河川敷までおりて橋台の根本まで行く。先客はいなかった。ここは橋台の影になるため周りから見えない、うってつけの場所だった。
彼氏は妹の唇を奪い、太い舌をねじこむ。妹は突然のキスに身を強張らせたがすぐに力を抜き恋人の蹂躙を甘受する。唾液を啜り合う音が響く。
彼氏の手が太ももにのびる。手が上に行かなかったことに大した理由はない。単にコートが邪魔だったからだ。
「家に行くんじゃなかったの?」
「行くさ。だけどその前に一回、な。」
彼氏は汚れた笑みを浮かべて自分の性器を取り出す。
「なあ、しゃぶってくれよ。」
無言で彼氏の前にしゃがみ妹は性欲の捌け口として奉仕する。
早く交尾を終わらせようと、妹はとても従順だった。
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