4.4「route 207」
紛れもない潮風が吹き続けていたけれど海の
匂いはしなかった。自分の体臭のように、い
つでも漂っている筈の海の香りに気がつかな
いだけだろうか。車とバイクが走り去る合間
に波の音だけが聴こえる。テトラポットは波
を鎮めるために佇み、夕陽が海に溶けるのを
待っていた。刹那の間、潮の香りが届いた。
向こうからバスが近づくのが見えた。彼はバ
スを待っていたのではなかった。ベンチから
立ち上がり海沿いを歩いて行く。乗客を乗せ
たバスと、彼が去ったバス停の写真を撮った
。シャッター音に、彼が振り返る。父と同じ
くらいの歳だろうか。夕闇の中のその表情は
もう見えない。彼も海と夕陽を撮り始めた。
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