4-12

「──そのあと、どうなったの?」

「別に何ってないさ。銃弾受けたソフィアは死んで、魔法使いも死にかけだったからか、一緒に絶命だ。それであっさり終わったよ。……あいつの体は残らなかったけどな」


 ノインはくすんだステンドグラスを見つめたままで、言った。


「…………」

「ソフィアが残したのは、服とか銃だけだった。体は、魔法使いと同じように粉になって消えちまったんだ」

「魔法使いに……なってた」

「そうだな。完全に寄生されちまってたんだと思う。……迷った挙句、ソフィアの最後の願いは叶えてやれなかった」


 ノインは、自嘲気味に笑う。

 実は、先に挙げたもの以外にも、彼女が残したものはもう一つあった。

 ペレットだ。今はもう、手元にはないものだが。

 あの時、〈ギムレット〉に装填されていたナハトレイドはソフィアの脳幹には当たらなかった。最後の最後でノインは躊躇い、抗い、照準をわずかにずらしてしまっていたのである。素早く脳幹を撃ち抜いて彼女を即死させていれば、彼女の願いには、間に合ったかもしれないのに。


「……ま、これで話はおしまいだ。あいつが死んでからの手続きなんかは、全部ボスウィットがやってくれたよ」

「ノインは、どうしてたの?」

「……そうだな。まぁ、あんまりいい状態じゃなかったな。塞ぎ込んでたし、仕事も放り出してたし……なけなしの金で酒も煽ったっけか」

「…………」

「そういや、一応公安に事情聴取もされたな。内容も正直に話したが、正当防衛ってことで無罪放免だったよ」


 ノインが故意に殺した可能性も否定できないはずなのだが、公安はこのことでノインを立件したりはしなかった。公安としてはわざわざ身内組織から犯罪者が出るように動く意味はないということなのだろう。事情聴取の際も質問などはあっさりとしていて、余計なことは詮索してこないような感じだった。


「それで、どうやって、今みたいに戻ったの?」

「それは……もう覚えてないな。金がないことに焦ったか、それとも時間が解決したのか……吹っ切れたわけじゃないんだろうが、人間ってのはこういうときばっかりは頑丈なもんだよ」

「……そっか」


 一通り話を聞いたリリは、静かに顔を伏せる。


「その女の人が、私なの?」

「……ああ」


 ノインは率直に答えた。今更隠しても仕方ない。


「見た目で似てるとこはないんだけど、お前にはソフィアが見えちまう」

「…………」

「そういや、ずっと聞きそびれてたんだが、ソフィアって名前に覚えはないか?」


 ノインの問いに、彼女は首を横に振る。


「そうか。……ごめんな。なんか、お前自身を否定してるみたいで」

「ううん、いいの。ノインは、私を見ようとしてくれてるから。それに私は私として、ちゃんとノインが……その、好きなんだと、思う」

「……そう、なのか?」

「うん。たぶんそう」


 そして、リリはノインを見上げた。


「あのね……わがまま、言っていい?」

「ん?」

「私――ノインと『ずっと』一緒にいたい」


 それは、最初と少し違う、けれど変わらない、彼女の意思。

 それを聞いて、ノインは一度、彼女から視線を逸らした。

 だがしばらくすると、まっすぐに彼女を見返して、答えた。


「……そうだな。そうしようか」


 二人なら、それもいい。

 この一週間リリと暮らして思ったのだが、彼女が隣にいるのは、何というか心地いい。ソフィアの面影がどうとかは関係なくだ。

 彼女のことに関する懸念は多くあるのだが、それを踏まえても生活にはっきりとした充足感がある。こんなことは久しぶりな感じがした。


 ――案外、楽しく過ごせるかもよ。


 そんなカリーナの言葉を思い出す。そうかもな、と返事を付け足して。

 そしてノインはいつになく自然に、リリに笑顔を向けた。


「……?」


 しかしリリは、ノインから目を逸らすと、ハンチング帽子を目深に被って俯いてしまった。しかも、長い灰色の髪の隙間から覗く耳は妙に赤くなっている。

 ……屋内で、さほど寒くないと思っていたのだが、意外と冷えてしまったのかもしれない。

 ノインはそろそろ帰るべきだと思い、彼女にそれを伝えようとする。

 だが、その時。

 リリがはっとした様子で背後に振り返った。

 彼女が見たのは教会の入り口。

 怪訝に思って、ノインもそこに視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。


「よ、討伐屋」


 響いたのはごく軽い声音。男は片手をだらしなく挙げた状態で、こちらに歩み寄ってくる。


「……ロイ……だったか?」


 ノインは彼の名前を思い出しながらつぶやく。


「お、よく覚えてたな。嬉しいぜ」


 言ってロイは大げさに腕を広げて喜びを表現してみせる。

 今日彼は公安官の恰好ではなかった。上着はオーソドックスな黒のロングコートで、その他の衣服もすべて黒で統一している。


「……お前、体大丈夫なのか……?」

「まぁな。しぶといのが取り柄なんでね」


 彼は一週間ほど前、特殊個体『赤目』との戦闘で深手を負っていたはずだった。

 こんな短時間で歩けるまでに治るものなのか疑問だったが、現に彼はここにいる。


「けど、なんでこんなとこに……」

「通りかかったら開いてたからな。……公安の仕事中じゃねーし捕まえる気はねーけど、ここは私有地だと思うぜ?」


 言ってロイはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。仕事中でもないのに夜に出歩いていたとは妙なものだが、家がこの近くだったりするのだろうか。

 しかしなんにせよ、リリを連れた状態であまり長く関わるのもまずいだろう。ノインはどう話を切り上げたものかと思案する。

 するとそこで、リリがコートの裾を引っ張ってきた。

 そして小さく言う。


「ねぇ……ノイン。あの人、小さくだけど、やっぱりするの」

「?」

「変な音が」

「え――」


 ――たぁん。


 リリに振り向きかけたノインの耳に届いたのは銃声。

 続いて衝撃と、焼けるような痛みが、左肩に走る。


「っ……!」


 よろめきながら見ると、ロイの手にはいつの間にか拳銃が握られていた。


「ったく。急に動くからズレちまった」


 と、ロイ。そして再び銃撃。

 ノインは次に右肩と右太腿を撃たれ、ふらつきながら後退する。

 そしてノインは石膏像にもたれかかるようにして、その場で座り込んだ。


「ノインっ!」


 血相を変え、リリがノインに駆け寄ろうとする。

 しかしロイは一瞬の間に距離を詰め、彼女の髪を掴んでノインから遠ざけた。当然リリは暴れたが、ロイは最低限の体捌きで彼女の抵抗をあっさり抑え込んでしまう。そして彼は、懐から小さな注射器を取り出すと、その針を躊躇いなくリリの肩峰付近に突き刺した。


「ひぐっ……」


 リリの短い悲鳴。

 すると、注射器の中身が注入されてゆくうちに、リリの抵抗は徐々に弱まっていった。意識はあるようだが、体は力が入っていないかのようにだらりとしている。ロイが拘束を緩めてもそれは同じで、がくんと下がった頭からは、彼女の赤いハンチング帽子が音もなく床に落ちた。


「即効性の筋弛緩剤……死なない程度とはいえ、恐ろしいもんだな」


 ロイの言葉とともに、リリは抵抗を完全にやめる。うまく舌が回らないらしく、ロイの腕の中で彼女は呻くように声を上げていた。


「……なに……しやがる……」


 ノインは座り込んだ姿勢のまま、痛む右肩に鞭打って〈ギムレット〉を抜く。だが銃は、さらに加えられたロイの銃撃によって、手から弾き飛ばされてしまった。


「ま、おとなしくしててくれ。今日はお嬢ちゃんの回収が仕事でね。……居場所がない化け物の、最後の役目ってわけだ」

「な……に……?」

「はは、顔見知りでも油断大敵ってな。こっちで出てきて正解だったよ」


 するとロイはリリを片腕で支えたまま、さっき弾け飛んだ〈ギムレット〉を拾った。

 そして残弾を確認し、発射可能な状態にして無理やりリリに握らせる。


「っ……なにを……」


 するとロイは、ノインの疑問に答えるかのように、行動を起こした。

 リリの顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。

 そして彼女の手を取り、〈ギムレット〉を握らせると、その銃口を真っ直ぐノインに向けた。


(……まさか……)


 ロイが彼女に何をさせる気なのか、ノインは理解した。

 必死で立ち上がろうとするが、既に失血で意識が朦朧とし始めており、撃たれた四肢は、思うように動いてくれない。


「や……」


 その時、リリの口から小さく声が漏れた。彼女も、自分が何をさせられるか、理解したのだろう。リリの目元には溢れた涙が溜まっていた。


「やら……やら……やら……」


 駄々をこねる子供のように、リリは言葉を繰り、首を力なく横に振る。

 だがロイはそんな彼女の意思を無視して、彼女の指をトリガーにかけさせた。


「やめ……」


 しかし直後、〈ギムレット〉から発射された弾丸は、ノインの胸を貫いた。

 視界が閉じる前に見えたのは、涙を流しながら〈ギムレット〉を握るリリの顔。

 そして意識が途切れる前に聞こえたのは、深い絶望を乗せたリリの絶叫だった。

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