4-8
『今日、引き取らせていただきます。彼女は今どこに?』
電話口の男は静かにそう言った。
「……なんの話だ」
答えたのはボスウィット。
彼は今、スキューアの住居スペースで、ある男からの電話を受けていた。
『そちらの討伐屋にお世話になっている少女のことです』
それを聞いて、ボスウィットははぐらかすことに意味がないことを悟った。
「……やっぱり、あの子はあの時の……」
『ええ。ご想像の通りかと』
「……あの子がここにいるのは、いつから知ってやがった」
『一週間ほど前でしょうか』
「それで今更引き取りに来るってのは妙な話だな。何企んでる?」
『残念ながら、それはあなたに話すことではありませんね』
「…………」
『それで、彼女は今どこにいますか?』
声音だけ聞けば優しそうな男だが、その質問には有無を言わせぬ雰囲気があった。それに押され、ボスウィットも正直に答える。
「あの子は……今ノインと一緒に出掛けてる」
それは最後の抵抗だった。居場所は教えず、事実を述べる。
『そうですか』
この男に限って、誤魔化されてくれたということはないだろう。ただ、男はこちらの返答に満足なようで、それ以上は追及してこなかった。しかしボスウィットはその様子にうすら寒いものを感じ、彼に一つ進言した。
「悪いことは言わねぇからあの子の回収は別の日にしとけ。ノインがいると面倒だと思うぞ」
あの少女はノインに懐いているが、ノインもまた、彼女に情が移っている。それは第三者が見ても明らかだ。引き離すならこっそりやってもらった方が何かと都合はいいだろう。こちらとしても、その後にノインを説得する必要があるだろうし。
だが男はボスウィットの言葉を無視して言った。
『ご心配なく。既に彼女の動きはこちらの者が追っています。じきに終わると思いますよ』
なら先の質問は――そもそもこの電話はなんなのか。そう思ったが、それとは別のことを、ボスウィットは尋ねた。
「……念のため言っとくが、ノインの安全は保障してもらえるんだろうな?」
『そうですね。あなた次第でしょうか』
「なに?」
『この電話はある意味慈悲――彼の死亡確率を減らすためのものです』
その言葉に、ボスウィットは受話器を強く握り締め、語気を強めた。
「俺はお前らの秘密を黙っているだろう! 今更こっちに何をするつもりだ! なんであいつを殺す必要がある!」
『残念ながら、こちらにもそうしなければならない理由がありまして。……しかし、自分に非はないとでも言いたげですが、彼と一緒になって彼女を匿っていた事実はどう考えておられるのでしょうか?』
「っ……!」
『まぁ、お気持ちは察しますがね。おそらく見えたのでしょう? 彼女の面影が。それであなたは迷ってしまった』
「…………」
彼の言葉を肯定するように、ボスウィットは黙り込む。
『ですので慈悲、ですよ。こちらとしては、本来、一人でもこの街の人間が死ぬのは避けたいですしね。……葬儀が続かぬようには、祈っております』
最後の言葉に、ボスウィットははっとなる。
「……ノインがコートを着た魔法使いと言ってたが、やっぱり、あれはお前らが……」
『彼女に関する調査書類にあなたの名前の記載があったのには驚きました。……あなたが彼女に秘密を話したのかと思いましたよ。まぁ最終的に市政府は関連なしと判断していたようですし、あなたも命拾いしましたね』
「てめぇ……」
『ああ、勘違いしないでください。彼女の件はあくまで市政府からの指示です。彼女はどうも知ろうとしすぎたようですので』
食いしばられたボスウィットの歯が、ぎり、と音を立てる。
たぶんカリーナはあの少女の秘密を探っていたのだ。そしてその中でいくつかの『真実』を知ってしまった。彼女が市政府に口封じとして殺されたのなら、事件についてろくに公安が動いていないことも説明がつく。
「くそっ……!」
ボスウィットは投げつけるように受話器を置くと、すぐ別の場所へ電話をかけた。
(……早く……)
数秒のコールがやけに長く感じる。
しばらくして、年老いた男が電話に出た。
『もしもし、アウル――』
「フィデル! ノインはいるか!?」
『あの坊主か? ちょっと前に帰ったが』
「……そうか、すまん」
『ボス、いったいどうし――』
フィデルの言葉を最後までは聞かず、ボスウィットは乱暴に電話を切る。そして近くにかけてあった古い茶色のダウンコートを引っ掴んだ。手早く銃と弾丸も準備する。
そしてそれだけ準備を整えると、ボスウィットはすぐさま玄関から飛び出した。そしてそのまま駆け足でノインを探しに向かう。
今現在、こちらに徒歩以外の足はない。フィデルは車を持っているので、彼にも動いてもらおうかとも思ったが、今回はただの人探しではない。下手をすればフィデルの身も危ないのだ。自分だけで何とかするしかない。
「……間に合ってくれ……」
眼前に広がる夜はいつもより深く、暗く思える。
そしてその闇は、足を進めるたびにひどく体に纏わりつくように感じた。
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