第20話 地味子ちゃんとの結婚を送別会で発表した!

【9月30日(金)】今日は朝から1日、後任の笹島君と仕事の引継ぎの打ち合わせ。打合せには吉本君と地味子ちゃんと後任の業務室の派遣の女子社員も出ている。


笹島君は有名大学卒で独身。ぼくの4年後輩にあたる。研究所では同じ部に所属していたので、気心は知れている。


研究センスもよく、人当たりも良いので確かに本社向きだ。上はよく見ている。本社勤務は初めてだから丁寧に要領を説明する。


地味子ちゃんが辞めることは内示の時に吉本君には話をしておいた。


「横山さんには随分助けられた。横山さんがいなくなると後任の笹島さんは困ると思います」


「そう思って、室長にはすでに後任を頼んであるから、手配してくれていると思う」


「横山さんは寿退社ですよね。婚約指輪と結婚指輪をしているし、あの太い腕時計の代わりにかわいいブレスレットをして、ここのところ、ニコニコして機嫌がいいから。何か聞いています?」


「いや、プライベートなことは聞かないことにしている」


「でも蓼食う虫も好き好きですよね。あんな地味な子が好きな人もいるんですね。ご主人の顔が見てみたい」


「そうだね、どんな人かね」


地味子ちゃんの後任については、大分前に室長に相談していた。室長は「横山さんの後任は何とかする、誰がいいか、横山さんに聞いて指名してくれ」と言った。


地味子ちゃんに後任を相談すると「業務室に神田弥生という、同じ派遣会社から来た女子社員がいて、年は私より下で20歳位だけど、気が利いて仕事ができるので、彼女なら間違いありません」と勧めた。


彼女とはお昼ごはんを一緒に食べるようになって親しくなったとのことだった。


室長に横山さんの推薦ですと所属と名前を告げると、できるだけやってみようと言ってくれた。時間がかかったが、何とか手続きが間に合って、朝、挨拶に来た。


業務室で扶養申請を受け付けてくれた女子社員だった。地味子ちゃんと同じ感じで、地味だけど、しっかりしていて地味子ちゃんが推薦しただけのことはある。


地味子ちゃんからどのくらい情報を得ているのか分からないが、嬉しそうでニコニコしている。


引継ぎの打合せは4時過ぎに終わった。笹島君には、分からないことや困ったことがあったら、いつでも電話を入れて相談するように言っておいた。


これで引継ぎは終了。肩の荷が降りた。それから、急いで関係部署に転勤の挨拶に回った。


転勤と言うのは良いシステムかもしれない。同じ仕事を続けていると、仕事上の貸し借りができて来るし、しがらみも多くなる。後任に託してリセットすることも必要だ。


6時からの送別会は会費制で行われる。同じビル内にある貸しホールにテーブルを準備して、お寿司、ケータリングのオードブル、つまみ、飲み物などを持ち込んで立食で行うのが通例になっている。


参加が負担にならないように安価にすませる。時間も長くて1時間半くらいでお開きになる。形式的と言えば形式的な送別会。


5時になったので、地味子ちゃんが「では会場で」と退席する。すでに室内と関係部門への挨拶は済ませている。


6時少し前に、室に残っていた人が会場へ向かう。幹事と4~5名が5時から会場の準備をしてくれている。


会場は20~30人位のパーティーに丁度良い大きさで、マイクも準備されている。僕は主賓だから前の中央に室長と司会者と並んで立っている。


うしろの方に着替えをした地味子ちゃんがそっと入ってきたのが見えた。そっと入ってきたのと、プライベートスタイルになっているので、誰も地味子ちゃんに気付いていない


司会者が「横山さんがまだみたいです」というので「もうきているよ」と言って「横山さん、前に来て」と手招きする。可愛い女の子が部屋の隅をとおって中央に出てきた。


みんな「あれ!横山さん?」とあっけにとられて見ている。司会者が話始める。


「それでは、時間になりましたので、はじめます。岸辺さんが10月1日付で茨木研究所へご栄転、横山さんが今日付けて退職されますので、企画開発室の送別会を始めます。その前に岸辺さんからお話ししたいことがあるというので、お願いします」


「皆さん、本日は送別会をしていただいてありがとうございます。この場をお借りして私の方から皆様にご報告いたしたいことがあります。私、岸辺潤とここにいる横山美沙は9月18日に竹本室長にお立合いいただいて結婚式を挙げ19日に入籍しました」


会場からどっと驚きの声が上がる。


「業務に支障がないようにと今日まで内密にしてきました。ご理解いただきたいと思います。それから部下の横山と交際するにあたり、地位を利用したパワハラ、セクハラなどは一切ありませんでしたので、念のため申し上げておきます。今後ともよろしくお願い申し上げます」


美沙ちゃんが笑っている。


「それでは横山さん、いや岸辺さん、一言お願いします」


会場が静まり返る。


「皆さんの前で結婚のご報告をするとは、ここに配属になった時には思いもしませんでした。岸辺さんはこんな私に対等な立場で交際してほしいと言ってくれました。上司の立場を利用したことはありません。でも交際中にセクハラはありました。もちろん社外でのことですが。転勤の内々示のあった後にプロポーズされたときは大声で泣いてお受けしました。それからあっという間に今日ここにいます。主人共々今後ともよろしくお願いいたします」


会場から拍手とおめでとうの声が上がった。


「竹本室長、一言お願いします」


「ご結婚おめでとう。岸辺君がアシスタントに横山さんを取ってきてほしいと言ってきたけど、来てもらうと、皆も知ってのとおり、すごく地味な子でした。でも仕事はよくやってくれて、岸辺君もプロジェクトがスムースに進むようになったと喜んでいました。1か月前に岸辺君に転勤の内々示を出すとすぐに横山さんと結婚すると言ってきたので驚きました。内心、仕事はできるがあんな地味な子のどこがいいのかなと思っていました。結婚式の立ち合いを引き受けて式に出ましたが、今見てのとおり、別人かと思うほど、花嫁が可愛くてとにかく驚きました。その時、岸辺君の人を見る目に感心しました。どうか二人赴任先でも仲良くやってほしい。終わり」


「ありがとうございます。それでは室長の音頭で乾杯します。室長よろしくお願いします」


「ご両人のご結婚を祝して乾杯」


乾杯後の雑談が始まった。事前にあまりしゃべり過ぎないようにしようと二人でしめし合わせていた。美沙ちゃんも質問にはほどほどに答えているが、とっても嬉しそうだ。


美沙ちゃんの左手首にはブレスレット、薬指には婚約指輪と結婚指輪が光っている。僕は結婚を内密にしておくため、美沙ちゃんに断って結婚指輪を会社では送別会まで着けなかった。吉本君がとんで挨拶に来た。


「すみません、岸辺さんに失礼なことを言ってしまいました。でも人が悪いですよ、教えくれてもよかったでしょう。部下なのに」


「悪かった。仕事に差し支えると思ってのことだから、許してくれ。それに室長にも同じことを言われたから、気にしなくていいよ」


「そう言われると気が楽になります」


「結婚式で彼女を見た時の室長の顔もさっきの吉本君と同じ顔をしていた。実を言うと僕も変身した彼女を見た時はそうだったから」


「そうですよね、驚きますよね」


「そういうことだ。まあ、笹島君と神田さんとはうまくやってくれ」


二人への花束贈呈で送別会は終了した。美沙ちゃんに名誉挽回の機会を作ってやれてよかった。僕の人を見る目の良さも紹介出来て大成功だった。


二人は花束を抱えて駅に向かう。このビルともこれでしばらくお別れだ。でも感慨に浸っている時間はない。明日は引越しの荷物を搬出して、高槻に向かわなければならない。これから、帰ってからそれぞれ最後の荷造りをすることにしている。

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