第3話 地味子ちゃんを部下に欲しいと頼んでみた!
午後2時ごろ、コピー室へ行った。また、地味子ちゃんがコピーをしている。あれからよく会うのも何かの縁か? いや、気付くようになったからかもしれない。
「昨日はごちそうさまでした」
「いや、割り勘だからお礼は半分でいいよ」
「でも、楽しくておいしい食事でした。コピーを代わりましょうか?」
「いや、横山さんが終わってからでいいよ。特に急いでないから。でもコピーばかりしているみたいだね」
「皆さん忙しくて、コピーをする人がいないから、仕方ないです」
「この間、講演会に行ったら、コピーをしっかりできることも大事だと言う話を聞いたよ」
「どんな話ですか」
「今では超有名な日本人の外科医で難しい手術ができるので、米国と日本を行ったり来たりして引っ張り凧だとか。そのいきさつを聞くとアメリカンドリームの典型的な話だった。
若いころ、その人は私立大学の医学部卒で日本の大学では研究をろくにさせてもらえないので奥さんと米国の著名な外科の教授の研究室へ留学したとのこと。
留学先でも、給料が少なくて生活に苦労したが、教授の文献のコピーをいつも進んでしていたそうだ。
ぶ厚い製本してある医学雑誌をコピーするのは大変でいびつになったりするので難しかったが、できるだけきれいなコピーを心がけていたとか。
その真面目さ丁寧さに教授が気付いて、手術の助手をさせてくれたそうだ。
手術の助手をやっていると、器用さを認められて、難しい手術の助手もするようになり、ついに教授の代りに手術をするまでになったとか。
何でもないコピーでも一生懸命にしたことが今日につながっているとしみじみ話しておられた」
「ためになる話ですね」
「横山さんはパソコンはできないの?」
「パソコンはWord、Excel、Power Pointの基本的なことくらいはなんとかできます」
「それだけできれば十分だ。僕もその程度だから」
地味子ちゃんはコピーが終わって出ていった。自分のコピーを終えて席に戻ると、竹本室長が手招きしている。
「何か?」
「今日の晩、空いているか?」
「はい」
「久しぶりに慰労してあげるから、一杯やろう」
「分かりました。ありがとうございます」
「6時過ぎに例の居酒屋で待っているから」
「分かりました」
退社時間に二人一緒に連れだって帰るのは目立つので、二人で飲むときは居酒屋で落ち合うようにしている。
竹本室長は入社したときの直属の上司で8年先輩。研究所に配属されて右も左も分からない地方大学出身の僕に一から研究の仕方を教えてくれた。僕が初めての部下だったので、一生懸命に育ててくれたのだと思う。
それに応えようとがんばって仕事をしたので、竹本さんの研究成果も上がり、5年前に本社へ異動になって、企画開発室長になった。
元々竹本室長の研究センスは抜群で目の付けどころが違っていた。研究の進め方もエレガント。ただ、実験が雑で下手だった。僕がそこのところをサポートしてうまくまとめて報告書を作っていた。
昔から二人で飲むことが多く、いつも自腹でおごってくれる。
「お待たせしました」
「まずは一杯。プロジェクトご苦労様」
「ありがとうございます。いつも肝心なところをサポートしていただいて助かります」
「岸辺君が根回しを十分しておいてくれるので、スムースに事が運ぶ、さすがだ。本社へ来てもらってよかった。本部長が君のことを褒めていた。いつか調整が難しいことを愚痴っていたら、いつの間にか思う方向へ動かしていてくれた。不思議なやつだと」
「心あたりがあります。業界団体への役員の人選です。だれか自分の代わりがいないかなと言っておられたので、出たがりの某部長の部下で親しくしている先輩に頼んで話を進めてもらいました」
「なかなかやるね」
「もう転勤してから3年になりますので、ここに話をつければOKというキーパーソンが分かってきましたから」
調整先の部門では部長がキーパーソンとは限らない。もちろん部長のこともあるが、課長代理であったり、主任であったりする。
要するに一番詳しくて可否判断ができる人がキーパーソンになる。ここを根回ししておけば容易に回る。ただ、ここを説得しておかないと必ず会議で紛糾する。
「ところで、部下の吉本君はどう?」
「やる気もあってなかなか積極的で意見も言ってくれるのですが、僕と意見が違うと説得するのが大変です」
「あまり良い人材でないことは分かっていたけど、彼しか回せなかった」
「入社して2年なのでまだ頭が堅いみたいで、自分の意見を曲げないところがあって」
「そういう時には、始めにいろいろ意見を言わせるんだよ。他の方法もないかなとか言って、自分が考えている方法が出るまでいろいろ意見を言わせる。出てきたところで、それは良い考えだとか言ってそれに決める。言った本人は自分の意見が通ったと思い、一生懸命にやるから」
「そういえば、室長も私にその手を使っていましたね」
「そうだったかな。人柄は真面目で悪くないから、育ててやってくれ。すべてを自分でやろうとしたら身体がもたない。部下に任せることもできないと上は務まらない」
とりとめのない話が続くが、ためになる話もしてくれるので、ありがたい。お互いに付き合いが長く、気が置けない間柄なので気楽に話ができて、ストレス解消になる。
「仕事の上で何か希望でもある?」
「ううーん。できればアシスタント(助手)が欲しいですが」
「アシスタント?」
「会議の議論のメモをまとめて会議録を作ってくれたり、コピーをして資料を作ってくれるような」
「吉本君にさせればいいじゃないか」
「せっかくやる気になっているのに、コピー取りなどはさせたくありません。それに彼に頼むくらいなら自分でやった方が早いですから」
「それで」
「総務部にいつもコピーをしている女子の派遣社員がいるんですが、名前は確か横山。パソコンもできるというので、できればアシスタントにほしいのですが。その程度の子でいいんです。アシスタントが居れば新しい企画を考える時間を作れますが、このままでは現状で精一杯です」
「分かった。総務部長は同期だから、聞いてみるか?」
「希望ですので、できればですが、お願いします」
あれから2週間後の金曜日、竹本室長が手招きしている。
「例の派遣の彼女、来週から君の部下になるから、よろしく頼むよ」
「ええ、彼女を採ってくれたんですか、ありがとうございます」
「契約の期限が近づいていたので、丁度良かったとのことだ。これがマル秘資料だ。見といてくれ。プロジェクトの方もしっかり頼むよ」
「分かりました」
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