18話 焦り
「えっ......」
冷たい風が僕の顔を襲い、思わず目を閉じた。
「今、なんて」
「笠原に脅されたの。それで......。本当にごめんなさい!」
亜子は一歩下がって頭を深く下げた。彼女を見ていると、言及してしまったという罪悪感が胸をえぐる。
それとは別に何か心が刺されるような、締め付けられるような、そんな苦しさもあった。前にも感じたことのあるような感覚。それが何なのか見当もつかない。
「それじゃあ仕方ないさ。笠原が悪いんだ。それに、僕にも非がある。これは亜子が1人で背負う問題じゃない」
亜子の肩を掴んで僕と彼女の距離を少し詰める。亜子の瞳を直視しながら彼女のことを正当化した。すると、彼女はまた涙を流し始め、力が抜けていくのがわかる。
「ありがとう......ありがとう......」
僕はしっかりと亜子を救ってやれただろうか。彼女にはもうこんな思いさせたくないし、こんな顔を見るのも嫌だ。そのために、僕がもっとしっかりして支えるべきだ。この先もずっと......?
顔が熱くなって、胸が激しく鳴り、自分が何をしているのか分からなくなった。風邪かな?
「ごめんね、待たせて。私、もう落ち着いたから大丈夫だよ」
「う、うん。帰ろうか」
意識ははっきりしている。めまいも無ければ、体も軽い。じゃあこれは何なのか......?
「私がこんなこと言うのもおかしいけど、啓太だったら絶対に笠原を止められると思う。だから、その......頑張ろうね」
疑問はその言葉によって消滅させられた。
***
学芸会まであと5日となった。それなのに証拠のビデオを撮ることが出来ていなかったのだ。いじめの起きている場所には数名の警備が配置されており、撮影は困難を極めた。
それだけでなく、宗田の恋の応援も良い調子とは言えない。まず、僕たちが赤西と喋ること自体、困難を極めた。一度話しかけてみたものの、僕も亜子も相手にされず、突き放された。
正直、絶体絶命の状況。どこか諦めている自分もいた。今日も不可能に近い状態だったため、現在帰宅中。
「どうしよう、このままじゃ......」
「宗田に撮影お願いするとか出来ないの?」
一緒に歩いている亜子がいろいろな提案をしてくるが、どれも実現の難しいものばかりであった。それは仕方ないことである。
「今はダメだ。宗田と赤西がもっと良い感じになってくれればいいんだが」
確かに、宗田のような笠原の近くに居てもおかしくない人が撮る方が好ましい。しかし、条件であった恋の行方も不安定なところだから、引き受けてくれる可能性も低いし、下手なことをしたら敵になりかねない。
「もっと他に方法は......あ。居た」
「え?」
「撮影お願い出来そうな人がもう1人いる!」
そう叫び、亜子の手を握って学校へ引き返した。まだ教室にいることを願い、亜子のペースに合わせて走った。6年3組の教室へ着くが、教室には誰も居なかった。
「まぁ、さすがに帰ってるか。亜子、ごめんな急に走らせて」
「大丈夫だよ、ただ、その......」
彼女は恥ずかしげに自分の手首にそっと目を向け、すぐにそらした。
「あっごめん!」
ずっと強く握っていることを忘れており、慌てて手を離し、顔の向きをずらした。
「あれ、和田さん」
「あ! 川内!」
帰っていたと思っていた人物と目が合う。横に流れている前髪が特徴的なクラスメイトの川内だ。
「いいところに来た、川内に頼みたいことがある」
「いいですよ。なんですか?」
「笠原が、誰かをいじめている場面を撮影してほしい」
川内は少し驚き、躊躇った。
「前にも言ったけど、笠原は悪いやつじゃ......」
「これ以外に笠原のいじめを止める方法が無いんだ。いや、もしかしたらあるかもしれない。だけど、僕たちだけの力で止めるならこれが最善だと思う。どうか、協力してくれないか?」
「分かった。和田さんが言うならそうなんだね。カメラはこっちで準備するよ」
なんとか納得してくれた様子。彼は忘れ物取りに来ただけだし、急いでるからと言って行ってしまった。
「ありがとう。じゃあね」
手を振って別れを告げる。亜子の方を見ると、思わず右手でいいねを出してしまった。彼女もいいねと最高の笑顔で返す。
その後、亜子を家まで送った。それがどれほど幸せなことなのか、今の自分はこれっぽっちも知らない。
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