03.神との出会いと副作用

 けど、いつからいたのかな?と首を傾げていれば、少年は僕の顔を覗き込むなり大きなため息を吐いた。


「あーあ、聖樹水をたらふく飲んじゃって」

「せいじゅすい?」


 なにそのゲームかなんかで出てくるアイテムみたいな名前。

 あの泉の水にそんな名前が……あとなんか飲んじゃいけなかったっぽい。


「……飲んじゃって、ごめんなさい」


 とりあえず謝るべきだね。

 腰をちゃんと折って謝罪すれば、上からお叱りの声が降ってくることはなく代わりに温かい手が僕の頭を撫でてくれた。


「いーいよ、飲んじゃったものはしょうがないもの。取り出そうに……って、あれ? 君この世界の子じゃない?」

「あ」


 どうやら少年には僕が異世界人ってことがわかったみたい。

 って、なんでだ?

 ただ頭撫でてくれただけだよね?


「んー……ふんふん。へぇー? 異界渡りしてきたからって小ちゃくなるなんて不思議ー」


 え、まさか考えてることとかを読まれてる?

 魔法を使ったのかこの少年!


「蒼の世界からかー? 兄様気づいてるのかなー?」


 またよくわからない言葉を口にしてから、少年は僕の頭から手を離した。


「理由はわかんないけど、ようこそ黑の世界へ」

「くろのせかい?」

「そう。僕が管理している、君からすると異世界」


 じゃあ、認識間違いじゃなくてこの少年が神様?

 普通もっと大人で美形とかが神様の定番なんだけど、なんで子供の姿なんだろう。今の僕は彼よりさらにお子ちゃまになってるけどね?


「異界渡りしてくる子なんて初めてだなぁ。君名前は? 僕はフィルザス。呼びにくいだろうからフィーでいいよ?」

「は、はじめまして、わ、私……は?」


 先に名乗ってもらったので素早く返答しつつ一人称も表向きのを使ったが…………何故か、名前が思い出せない・・・・・・・・・


(嘘……なんで?)


 ただ寝ぼけて忘れてるんじゃと思ったが、自分の年齢、職業、家族構成や名前なんかは思い出せるのに……自分の名前だけが全然かすりもしない。


「どうしたのー?」


 不思議そうに僕を見るフィーさんは、手を離しているからか今僕の考えている事までは読み取れないようだ。

 だけど、信じてくれるだろうか。


「あ、あの……」

「んー?」

「その、ぼ、僕……」


 一人称を装う余裕もなく、僕は体をがたがた震わせながら、フィーさんにきちんと話そうと口を開く。


「僕、なんでか自分の名前だけがわからなくて……」

「そうなの?」


 当然フィーさんはしかめっ面になるが、疑ってはいないみたいだ。またすぐに僕の頭に手を乗せてきたけど。


「£+¢¿&¡」


 すみません。

 何呟いてるのか、至近距離なのにてんでわからないですよ!

 とにかくなんぞやと思っているうちにまた手は離され、フィーさんはうーんと首を捻った。


「記憶辿ってみたけど、嘘じゃあないね?」

「今のは、魔法ですか?」

「うん、そうだけど……あ、そっか。蒼の世界じゃ魔法って使えないんだっけ」


 やっぱり魔法らしい。と言うことはさっきのは呪文ってことね。


「ひと通り辿ってもなんだか読み取れなくされてる。多分、封印だろうね」

「ふう、いん?」

「おまけに僕でも簡単には外せないねぇ」

「無理にすれば?」

「君の心が壊れるだけですまないかも」


 なにその物騒なの⁉︎


「じゃあ、この体が子供なのも……?」

「関係ないとは言い切れないけど、ごめん。そこも読み取れなかったよ。それより」

「ふぇ?」


 いきなりじーっと見つめてきたかと思えば、僕の両脇に手を差し込み……なんでか僕を抱っこしてしまった。

 しかもお姫様抱っこで。


「え、え⁉︎」

「君が飲んじゃった聖樹水の副作用が出る前になんとかしなきゃ。僕の小屋に行くよっ!」

「何ですかそれーー⁉︎」


 訳を聞こうにもフィーさんは急いで走り出し、地面を強く蹴ったかと思えばさっきまで彼がいた木まで物凄いジャンプで飛び乗った。そこからはまた枝を蹴って次の木の枝に飛び移ると言うことを何回も繰り返していき、僕らは巨大樹と泉のあった場所から移動していった。









 ◆◇◆






「よっ、と……あ、大丈夫?」


 到着した時に今更ながらと僕の様子を見てきた。

 フィーさん加減と言うものを知りましょうか?

 枝から枝への跳躍終わってからここまでの姫抱っこ、かなりぐわんぐわんしましたよ。

 スタタタって、黄門様の弥七親分みたいに走り出しますもん。ゲロってないだけ良かったよね。

 要するに、酔いました。絶叫もんに乗ったああ言う感じで。


「大分ゆっくりめにしたんだけどなぁ?」

「……あれでですか」


 一応は加減してはくれてたんだ。それでも、もう二度と体験したくはないよ。


「さて、着いたよ。降ろすね」


 病人を気遣うようにゆっくりと僕を地面に立たせてくれてから、ここだよと前に指を向けた。

 顔を上げれば、平屋建てではあるけど小屋と言うよりかは立派な別荘に見えた。僕が住んでた部屋より実家に近いくらいの面積分あるよ!


「……これが、“小屋”ですか?」

「僕の本邸はもっと別のとこにあるんだ。さっきの聖樹のとこからじゃ、急いでもここしか来れないからね」


 とにかく入ろうと、フィーさんはドアを開けてくれて僕を中へ入れてくれました。

 作りは僕の居た世界とそこまで差はないみたい。玄関とか普通にあったよ。


「こっちにおいで」


 余程急ぐ事態のようで、僕の手を掴んで奥の部屋に連れて行く。

 通されたお部屋は、僕の住んでた部屋を入れてもまだまだ余裕があるくらいの広さがあるリビングのような場所だった。

 フィーさんはその中央にある見るからにふかふかなソファのところまで向かい、そこに座ってと言ったので座れば、彼も隣に腰掛けてきた。


「さて、簡単に言うよ? あの泉の水は近くにあった巨大な樹『聖樹』から湧き出る特殊な水なんだけど……僕以外が飲むと何かしらの副作用が出ちゃうんだ」

「ど、どんなですか?」

「症状は人それぞれ。ただ君は異界の人間だから、普通以上に予想が出来ない。まだ飲んですぐでもそれがいつ出てくるかわからないからね。なんとかしてあげるよ」

「お、お願いしますっ!」


 何かが起こってからじゃ遅いから、僕は一生懸命頷きながらお願いした。

 彼も一度頷いてから僕の頭に手を乗せてきた。


「すぐに終わらせるから…………∀§※⌘▲£$*€」


 やっぱり聞こえない呪文が耳に入ってくるが、彼は真剣に僕のことを思ってやってくれてるので口は挟まない。

 だいたい一分くらいずっとその状態でいると、僕の体に異変が起きた。ベキベキと関節を動かす時みたいな音が聞こえ、なんだかにょきにょきと腕が伸びていく感覚……まさか、体が元に戻るとか?

 そんな期待をしてしまって嬉しくなったが、何故か成長はすぐに止まっちゃったのです。


「よし、こんなとこかな? って、そんなに大きくなってないね?」


 やっぱり彼から見ても、成長の変化は大して変わってないみたい。

 また体をペタペタ触わりつつ手や腕とかを見ても……小学校低学年くらいの大きさだ。一年生ではないと信じて二年生。そうすると、8歳前後?

 なんでだ!


「も、戻ってない?」

「うーん……もしかしたら、ちょっと遅かったかも。聖樹水の副作用かもしれないね?」

「ど、どうにかは?」

「どうだろう?…………ダメかも。一部が融合しちゃってる」


 もう一度調べてもらっても、返ってきた回答はいいものではなかった。


(こ、これじゃ料理がやりにくい……っ⁉︎)


 今までの生涯の大半を費やして身につけてきた料理技術。特に修行を重ねてきて就職先では一番に褒められたピッツァの仕込み。

 あれがほぼ出来なくなるなんて……と、堪らず頭を俯かせて涙を我慢した。


「も、元に、戻れな……っ」


 そこへもう一つフィーさんが畳掛けしてきた。


「おまけに異界渡りの逆をさせるのも僕には無理だからね。申し訳ないけど、この世界で生きてくしかないよ」

「う、うぇ……っ」


 そんな絶望的な話に僕は今度こそ涙を抑えきれずに、嗚咽を出しながら泣き出した。

 子供に退化しているから余計に涙腺が弱いのだろう。えぐえぐと大泣きしていれば、温かい手がぽんぽんと僕の頭を撫でてきた。


「泣かないの。責任は僕達神の方にあるんだし、成長の方はなんとか考えるよ。しばらくはここに住んでもいいし」

「……フィーさん」


 まだ出会って一時間も経ってないのに、彼はそんな優しい言葉をくれた。

 その言葉のおかげか、不安なんかが少しだけ薄れてきた。涙も次第に止まってきたので、ごしごしと袖で拭い取る。


「いいんですか?」

「いいよ。あ、今日久しぶりに来る子がいるんだよね。どう説明しようかなぁ?」

「お客様が?」

「うん。エディって言うんだけどね。まだすぐには来ないけど……あ、そうだ」


 急にぽんっと手を叩いた彼は、僕に振り向くとにっこりと口を緩めた。


「君ってたしか料理人だよね?」

「あ、はい」


 それも記憶を読んで知ったのだろう。

 だけど、お子様の体でどこまで出来るか不安がぶり返してくる。


「補助は僕もするからさ? 作ってほしいんだけど……えーと、なんか丸くて美味しそうなの」

「ピッツァをですか?」

「あ、そう言う名前なんだ? うん、お昼も近いからね」

「でも、この体じゃ……」

「だから補助はしてあげるよ。とにかく行こう!」


 と言って僕の手を掴んで立ち上がらせてから、リビングを出て別の場所に向かったのだった。

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