風が吹く前に 第五章

第1話 訪問者


 リシュアが戦地に送られてから、5か月が経とうとしていた。

 カトラシャ寺院の庭にも色とりどりの花が咲き乱れ、春らしさ満開といった感じだ。中庭ではいつもと変わらず、司祭たちのお茶会が開かれていた。

 

 お茶会と言っても、テーブルにはロタ、イアラそして司祭だけ。あのパレードの際、保護されていた子供たちは旧市街の施設にそれぞれ引き取られていった。

 すっかり静かになってしまった寺院に寂しさを感じる3人。


「今頃中尉さんはどうしているでしょうね」


 司祭は毎日無意識にそんなことをぽつりと呟く。その度にイアラとロタは顔を見合わせ、少し困ったように眉尻を下げる。


 彼が戦地へ赴いてから、軍や元老院から詳細な情報は何一つもたらされることはなかった。ただ、ラジオやテレビで流れるニュースだけが頼りだった。


 今日もまたサイドテーブルのラジオからは、戦地の状況が流れて来ていた。

 それによると、一時は僅かに苦戦を強いられていた前線での戦いも、ようやく優勢に転じ始めたという。それを聞いた司祭は僅かに表情を緩ませる。


「前線の戦闘が落ち着いてきたというなら、中尉さんもそろそろ現地から帰って来られますでしょうか」


 紅茶を飲みながら、司祭とイアラ、ロタの3人は語り合った。そんな司祭の声はとても弱々しい。

 元々華奢であった司祭は、目に見えてやつれていた。面長ながらもふっくらとしていた頬はこけ、カップを持つ指も融け落ちそうなつららのように細い。


 内乱による甚大な被害に胸を痛めて、朝から深夜まで寝食を忘れて祭壇の前で祈り続けてきた。そして何より戦地へ赴いたリシュアの心配で、食事も喉を通らない日が続いていた。


 事態が好転している事で、司祭も少しは元気を取り戻してくれるだろうか。そんな事を思いながら、イアラは司祭の横顔を見つめた。


 戦地の情報は軍によって操作されているのだが、司祭達がそれを知る由もない。先程流れた、停戦合意が近いというニュースに期待で胸を膨らませて、彼らはカップを口に運んだ。


 突然、ノックの音と共に裏木戸が開いた。そこに姿を現したのは、アンビカだ。

 

「アンビカさん、お元気でしたか? お茶でもいかがですか?」


 その言葉には一礼で返し、彼女は司祭に歩み寄った。


「失礼いたします。少しだけお話宜しいでしょうか?」


 レースの白襟にグレーのワンピース姿のアンビカを見て、司祭は違和感を感じた。しかし表情には出さず、椅子と紅茶を勧めた。イアラとロタは気を利かせてキッチンへと向かう。

 

「単刀直入に申し上げます」


 硬い表情でうなずく司祭。


「カスロサ・リシュア中尉が戦死致しました」


 がたっ、と音を立てて立ち上がると、カップが倒れて紅茶がテーブルからこぼれていく。司祭の顔はまるで血の気がなく真っ青だ。一度は立ち上がったものの、そのまままた倒れ込むように椅子に身を預けた。


「──信じられません。何かの間違いではないのですか?」


 その言葉とは裏腹に、心のどこかに不安を抱えていたのだろう。司祭はぽろぽろと大粒の涙を流した。それを見られたくないのか、咄嗟に両手で顔を覆う。


「先程軍を通じて元老院にもたらされた情報で、間違いのない事実です」

「そんなはず……ご無事を祈っていましたのに。そんなはずがありません」


 目の前に突きつけられた現実を拒否するように、かぶりを振る司祭を見つめて、アンビカは抑揚のない声で静かに告げた。


「非常に残念ですが、軍が遺体を発見し、死亡が確認されました」



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