八六合戦始末その弐

 極東、秋津洲皇国の古都、西府さいふ

 八幡と六波羅とが、二年前最後の決戦を行った龍ノ原たつのはらにほど近い、この地には古い神社仏閣がひしめいている。

 その内の一つ、西府最大の寺である妙安寺では今、軍勢がうごめき、侍達は戦支度を整えていた。篝火に照らされる中、本堂へ次々と使い番が駆け込み、また駆け出して行く。

 境内には無数の旗がはためいている。家紋は笹竜胆――八幡はちまん一族のそれだった。

 奥の本堂では、真ん中の床几に腰かけ、戦況図を確認している白髪白髭、細身の老侍。

 鎧は着けておらず薄衣。太刀すら持っていない。とても、戦場に出る格好とは思えなかったが、老侍は気にした様子はない。

 手に持った、鉄扇と白髭を弄びながら、左右に座り命を待っている歴戦の諸将へ尋ねる。


「――此度の件、如何に、なす、べきか? 小一郎」

「はっ! 恐れながら、私には合点がいきませぬ。小次郎は、音に聞こえた勇将。が、策謀を巡らす男ではございませぬ。あやつであれば真正面から、堂々と、果たし状を自ら届けた上で、月日時間指定の上で、大御所様に挑みかかるかと。まして小五郎、小七郎を巻き込むとは、とても。そんな事をするくらいなら、腹を切っている筈」

「うむ。儂も、そう思う。雪斎せっさい

「六波羅が残党と、旧大名を迅速に糾合した手腕、只者ではございませぬ。武人の身で出来る事にあらず」

「うむ。義勝」

「異国の気配あり。おそらく、叡帝国。二英の大乱時に、弓削ゆげのは二つに分かれ、一部は大陸へ渡ったと聞き及んでおります」 

「……で、あるか。重蔵」 


 大御所と呼ばれた老侍――秋津州皇国の守護神にして、『十傑』が一角、『大剣豪』八幡小太郎義光はちまんこたろうよしみつは、目を瞑りながら名を呼んだ。

 気配も、音も、魔力すらなく、黒装束の男が本堂入り口に現れ、膝をつく。


「様子はどうか?」

「既に、軍を龍ノ原に布陣させつつあり。その数、約十万。旗指物の家紋は――笹竜胆、赤揚羽あかあげは他、旧大名。少数、叡帝国の黄旗。それに混じり……黒双桜こくそうざくら!」 


 本堂内に呻き声が満ちる。

 赤揚羽。それは、紛れもなく八幡の仇敵、六波羅一族が家紋。 

 黒双桜。それは、かつての血友にして、断腸の想いで滅ぼした弓削が家紋。


 ――音と共に、小太郎が立ち上がった。


 諸将へ、齢八十近い老人とは思えぬ声で号令を発する。


「出陣じゃ! ただちに全軍を龍ノ原へ。先鋒は、黒備え! 志井しいが、務めよ。後詰は、吉勝」

「かしこまってござるっ!!」

「おぉ!!」

「……小次郎に、何が、あったかは分からぬ。が、異国と弓削が手を組んだとあらば、是非も無し。我等は八幡。この地を、その平和を守護するものぞ! 一兵、たりとも――生かして還すなっ!!! そう――諸将、諸兵に、強く、言い含めよっ!!!!」

『おおっ!!!!!』

「ゆけぃっ!」


 武将達が荒々しく、本堂から去っていく。

 残されたのは、小太郎一人。疲れた表情で床几へ腰かける。

 ――鈴の音。


「還ったか」

「はっ!」


 華奢な少女――葵が膝をつき、頭を垂れる。

 肩に止まっていた純白の小鳥が羽ばたき、老侍のもとへ。


「おぅおぅ、老骨を労わってくれておるわ。愛い奴じゃ。すまなんだな、お前を、遣いになぞにしてしもうて」

「いえ。世にも珍しきお人達を見る事も出来ましたので」

「ほぉ。黒紅以外も来ておったか。誰じゃ?」

「白死の姫。それと――……に」

「そうか。……あい、すまぬ」


 侍達がこの光景を見たら驚愕し、動揺しただろう。

 『大剣豪』にして、先の将軍、大御所、八幡太郎義光が、年端もゆかぬ少女へ深々と頭を下げていた

 とび色の瞳には、深い深い悲しみ。 

 葵は微笑を浮かべつつ口を開いた。


「……お気遣いありがとうございます。黒紅の君にもお褒めいただきました。『祇園精舎』も確かに」

「そうか、そうか。ようやっと、手放せて清々した! あんな代物、若い者らに、渡すのはのぉ」

「おじじ様、一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「なんじゃ」

「『祇園精舎』『沙羅双樹』『盛者必衰』、行方知れずの『諸行無常』。この四振りの魔短刀――これらは、何の目的を持って作られたのです? 振るってみて、分かりました。あれは、人や龍、悪魔を殺す為に作られていません。まるで……まるで……」

「葵よ」


 老人の皺だらけの手が、少女の頭に置かれた。目を見つめ、かぶりを振る。

 ――静寂。外からは、兵の歩く音。馬のいななき。

 やがて、明るい声で小太郎が笑った。

 

「よし、では勝ちにいこうかのぉ」

「はっ! 手筈は如何様な?」

「くっくっくっ……抜かりはないわ。既に、一部旧大名達から寝返りの約定を、取りつけておるっ。戦とは、何であろうと勝つもの。卑怯とは敗者と戦場を知らぬ学者共の戯言よ。葵よ、正直に、聞く。あやつはどうであった?」

「御健在でした。ただ」

「何じゃ」

「あの御方は、その……本当に――」 


 瞬間、葵が抜刀。前方へ一閃。

 呻き声をあげられす、見慣れぬ戦装束の男達が倒れ込んだ。血しぶきがかかり、二人を囲む、十数名の男達の姿が浮かび上がった。短剣を手にしている。

 小太郎は、白髭をしごきながら論評。


「ほぉ。異国の技か? 我が本陣まで侵入してこようとは。中々、良い腕を、しておるっ!」


 鉄扇を開き、単なる横薙ぎ。

 この世のものとも思えぬ轟音。

 ――両断された、暗殺者達が何も出来ないまま倒れていく。

 辛うじて、片手を喪いつつも、唯一人退避した男は悲鳴をあげた。



「ば、化け物めっ! お前ハ、お前ハ、な、何なのダッ!!?」

「何じゃ? 知らなんで、この地へきたのか。我が名は八幡小太郎義光――かつて、よ。儂を殺すのは、骨、じゃぞ?」

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