エピローグ

 髪を紫色のリボンで結う。

 姿見に映った自分は見慣れた剣士風。こっちの方が落ち着く。

 ドレス姿を見せるのは――あいつ相手だけでいい。昔を思い出すから。

 立てかけてあった、二振りの剣を手に取り、腰にさす。

 さて、と。


「―—行かれるんですか? 王国へ」

「ノックくらいするのが礼儀じゃない?」 


 気配もなく、部屋の入口に立っていたのはタチアナだった。ドレス姿ではなく、軽装だけれど、表情は何時も通り穏やか……この子、やっぱり恐ろしく美人ね。

 質問には答えず、歩き出し廊下へ出る。

 すると後ろから声。


「まだ、競売は終わってませんよ。レベッカさんがいないと」 

「ヴォルフ家に全部任せるわ。細かい話はメルに押し付けて」

「……仕方ないですねぇ」


 タチアナが溜め息をつきつつ、並んでくる。何よ。

 両手をわざとらしく掲げ、首を振りつつ口を開いた。


「レベッカさんだけだと、心配なので私も同行します」 

「……あんたには関係ない話よ。私の問題だから」

「それ、ハルさんにも言えます? お説教されると思いますけど」

「クランはどうするのよ。迷宮都市の封鎖、解かれるんでしょう?」

「うちの団長はサクラさんと、楽しそうに悪だくみをしています。当分、『薔薇の庭園』はお休みです。レベッカさんの里帰りに付き合う時間はあります」

「……どうなっても知らないわよ。あそこは、こっちよりも遅れてるから」

「みたいですね。ただ、帝国・王国・同盟首脳の会談が近々開催されるようです。これは勘なんですが、ハルさんも関わるような気が――偵察も兼ねてですね」

「……あっそ。なら、付いて来れば」

「はい♪」


 この子と話していると、どうも調子を狂わされる。

 ……気が重たかったら道連れがいるのは正直ありがたいけど。タチアナなら、腕に不安もないし。


「レベッカさん、ヴォルフ家とメルさんへは伝えたんですか?」

「手紙は残しておいたわ」

「あ~……きっと大変ですね」


 タチアナが、困ったように笑う。

 分かっている。本当は私だって……嫌々だけれど、付き合うつもりではいた。

 けれど。


「妹さんはなんて?」

「……つまらない話よ。少し有名になり過ぎたみたい。父と母に『雷姫らいき』の異名を得た特階位の少女が、私だってバレたわ。死んだと思ってた娘が、というわけよ。妹は、いい子だからそれを報せてくれたというわけ」

「それが、どうしてわざわざ王国へ行く理由に?」

「……あそこはね」


 気分が滅入るのを感じながら、タチアナへ視線を向ける。


「未だに、ガチガチな貴族制を維持しているの。延々続いた家柄だけを誇るのが当たり前だと思ってて、受け継がれてきた技や魔法を発展させるのには及び腰。積極的なのは、婚姻によって血を濃くすることだけ。魔力を高める為だけ、にね」 

「なるほど。つまり妹さんは」

「そ。私の代わりに、結婚させられそうなんですって。相手は、今年五十七になる、侯爵様だそうよ。ああ、因みに第七夫人? 第八夫人? まぁいいわ。そんな感じ」

「……レベッカさん、身代わりになるのは駄目ですよ」 

「当たり前でしょう。何で、私がそんな奴に抱かれないといけないのよっ! 私の初めてはあいつに――……と、とにかくっ! 面倒な話なの。それでも付いてくるの?」

「勿論です。王国旅行も悪くはありません。美味しい食べ物とお酒を見つけて、ハルさんへのお土産にしましょう」

「……あんたって、案外と図太いわよね……」

「レベッカさん、酷いです。図太いだなんてっ。私、これでもか弱いんですよ?」

「はいはい」


 呆れながら、軽口を叩き合う。ま、悪い子ではない、と思う。

 ――あいつは今頃、どうしているのかしら。そろそろ『杖』の作成は終わる筈だろうけど。

 タチアナの耳元が目に入った。すぐさま、気付かれニヤニヤ笑われる。


「残念ですけど、この耳飾りじゃハルさんの近くには飛べませんよ? 辺境都市近くへ行けるだけです」

「べ、別に、そ、そんなつもりで見てたわけじゃないわよ……ただ」

「ただ?」

「その…………顔が見たいなって、思っただけで」

「うふふ♪ レベッカさんって」

「わっ、な、何するのよ!?」


 突然、タチアナが抱き着いて来た。

 こ、この子、いい匂いが……それに、胸も私より全然大きい……。

 優しく頭を撫でられる。


「ち、ちょっとぉ?」 

「余りにも可愛いので、つい。はぁ、ハルさんが甘やかされるわけですね。少し、嫉妬してしまいます」

「あ、甘やかされてなんて、いないわよっ。むしろ、あんたの方が甘やかされてるじゃないっ。正式に教えてもらったわけでもないのに、色々貰ってるし」

「……少し、違うと思います。確かにとてもよくしてはいただいていますが、これはきっと、私がどなたかに……」

「タチアナ?」


 珍しく、笑みが崩れ少しだけ切なそうな表情。

 えっと、えっと、こういう時は――手を伸ばし、頭を撫でる。


「レベッカさん?」

「あいつは、ハルは、純粋に貴女を気に入っているんだと思う。誰かに似ているから、とかじゃない、って……ちょっと、どうして、笑うのよ」 

「うふふ……ごめんなさい。ありがとうございます。そうですよね。ハルさんは、そういう御方じゃありませんよね。つまり、私は大事にされているんですね♪」

「む……」


 それはそれで面白くないんだけど。

 とにかく、この子と一緒なら王国への旅路も退屈することはないだろう。

 

 ――こうして、私達は王国へと旅立ったのだった。

 そこが、やがて世界的事件の中心になる事を、この時の私達はまだ知らない。

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