第107話 サシャ―8

 カヤがぷんすか怒っている――ふりをしています。尻尾はご機嫌に右へ左へ。鼻唄まで聞こえてきました。……ほんと仲良しですね。

 制止を振り切り、侍達が宮殿内を疾走して行きます。

 途中途中で兵達が立ち塞がりますが……この人達、かなりやります。止められませんね。

 ――どうやら、ルピアさんの所へ報告が来たようです。


『……何だと?』

『如何なされました?』

『いやなに、姉上への御目通りを願い、遠国よりお客人が来られたようだ』

『遠国、ですか?』

『……もしや、極東、秋津州皇国の方々では?』

『ほぉ。同盟大使殿は心当たりがおありか?』

『噂程度のものです。秋津州より、かの『大剣豪』直系を含む一団が海を渡ったと。誤報だと思っておりました』

『王妹殿、我等もお手を御貸しいたしましょう!』

『王国大使殿、御言葉、有難く。だが、私とて『四剣四槍』と共に戦場を駆けて来た身、早々遅れは取らぬ。妹達もいる。何より――』


 外から大使の護衛達が駆けこんで来ました。

 王国大使の護衛達は、剣や短剣を抜き、幾十もの魔法を紡ぎつつ大使を守って円陣を組みます。

 同盟大使の護衛者は静かに後方へ。何かを囁いています。流石に聞き取れないですね。


「『……アンドレア、いざとなったら私が盾になる』『フリート? 何を言って?』『……ここは死地だ。百度踏み込めば百度死ぬ程、絶望的な。私が逃げよ、と言ったら振り返らず、全力で逃げよ』『まさか……侍とはそれ程なのか?』『……違う。すまない。気付くのが遅れた。否――泳がされたんだ。おそらく』っと。どうやら、お出ましのようっすね」

「……カヤはぁ、ラカン兄と一緒にいてぇ、変な子になったですかぁ?」

「し、失礼っす! あ、あちしは何処からどう見ても、普通の可愛い女の子じゃないっすかっ! 読唇術とか、お師様にも教えてもらったじゃないっすか」

「……そうですけどぉ」


 確かに私は、魔法以外は駄目な子ですけど、釈然としません。

 映像では、部屋の奥に人影が見えました。人数は一人?

 同時に、入り口の幕を切り裂き、武装した侍達が突入してきました。

 ルピアさんの周囲を、ルビーさん達が囲み、防御態勢を取ります。


『失礼する。突然の来訪、火急の事故、御容赦。我は『大剣豪』が一子、八幡小五郎義教はちまんこごろうよしのり。『四剣四槍』殿に尋ねたき事あり。汝かな?』

『……私はルゼが妹、ルピアだ。お客人よ。これはいったいどういう事か? いきなり押しかけ姉上との面談を、とは……秋津州の国法とは、他国の宮殿に踏み込んで良いというものなのか?』

『いやいや。まさかまさか。我等とて、事を荒立立てるつもりは毛頭ござらんよ。ちと、人探しに御助力願いたいのだ』

『……人探しだと? それだけの為に、このような狼藉に及んだと?』

『仕方あるまい。何せ』


 にやぁ、と男が嫌な笑みを浮かべました。

 ……私が読んできた本では、秋津州の侍と言えば、忠義に篤く、弱きを助け、強きを挫く、そんな存在だったのですが。

 カヤも、辟易した表情を浮かべて、ぶつぶつ、と呟いています。「……ここで、少しは減らしておいた方が、世の為、人の為なような気がするんすよねぇ」。ハル先生が許可されたら、ですね。


『この国には、我が祖国の大罪人である『緑夢りょくむ』がいると聞いている。『国崩し』『万鬼夜行』もいるらしいが……それは、あの魔女を狩った後の話だ。心当たりあるならば、即答願いたい。それで、我等は此処を去る』

『……『緑夢』だと? そんな者は』



『その呼び方は嫌いでございます、とお伝えしたと思ったのですが』



『『『『『!?』』』』』

『貴様……!』


 部屋の奥から姿を現したのは、平素と変わらぬ様子のアザミでした。

 八幡小七郎義景がはちまんこしちろうよしかげ、今にも刀の鯉口を切らんと、姿勢を前傾させています。

 当の本人は小首を傾げつつ、口を開きました。


『ルピア様、どうやら、私目当ての御客人の御様子。ささ、大使様達の御会談をお続け下さいませ』

『だ、だが……』

『ほぉ……やはり、国として隠していた、と。ならば――我等が、ここでこの女を

斬っても、文句は言うまいなぁ?』

『ま、待てっ!』

『貴方方が、私を、でございますか? ――あは。あはは。あはははははははははははははは』


 ――映像越しですが、背筋が凍り付きました。

 アザミは私やカヤよりも年下とは思えない、妖艶な笑みを浮かべ、背中を丸めて、笑い転げています。

 その場にいる人間全員が絶句。一部の人間は後退りしています。

 そんな中、八幡小七郎義景が、高速で距離を詰め、抜刀。狙いは、アザミの細く白い首筋。明確に殺す気です。

 ――美しい刀はあの子の首を両断することなく止まりました。薄い。けれど、とんでもない魔力量が込められた障壁。


『っぐっ!』

『遠路遥々、御苦労様でございます。ですが――私の命は主様のモノ。この髪も、爪も、血の一滴すらも、全て全て、主様のモノなのです。残念ではございますが、虫けらにくれてやることは出来ませぬ。私はか弱き女子ならば殺生は好みませぬが、貴方様は自ら武器をお取りになられた。端正な御顔の半分では足りぬ、と。仕方ありませぬ。では、此度は――』

『アザミ、そこら辺でお止め』


 優しく、穏やかな声。

 アザミの姿が掻き消え、ハル先生の前で正座し深々と頭を下げます。


『嗚呼、主様!』

『こーら。着物が汚れるだろう? ――さて、御客人方。少し話を聞かせてもらおうか。王国と同盟には確かめておきたいことがある。秋津州の子等は……僕の教え子に何の用かな?』

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