私のプロローグとエピローグ

 それから程なくして、テトラフォリアは全滅し、ジオベルは騎士団に逮捕された。3体ものテトラフォリアがいたとはいえ、屋敷の中で操る魔物がいなかったことが幸いしたのだろう。

 コアクトの殺害、ケジャキヤの少女達の誘拐、テトラフォリアを外へ放す、彼の罪は決して軽くはなく、受ける罰も小さくはないだろう。

 だが、それでも彼は憑き物が落ちたように晴れやかな表情をしていた。

「罪を償ったらもう1度、ステラに誇れる父親になってみせる」

 彼はそう言っていた。もう彼が暴走することもないだろう。

 行方不明となっていた少女達は全員ジオベルの屋敷に捕らわれており、ジオベル本人の手で解放された。ステラの精神を入れる器とするためだったらしい。

 ステラはユキが掛け合ってサラマンダーのところで暮らすこととなった。マスコットとして頑張ってくれるだろうとサラマンダーは言っていた。

「ウチがどんどん賑やかになっていくな!」

「あらあらあら、女の子ばっかり増えてなんだか店長のハーレムが作られていってるみたいねェ」

「あれ? ウチって、メイド喫茶系のお店じゃないよね? 料理にソースかけてあげるサービスとかないよね?」

 というのが『俺の料理屋』の面々の反応である。

 何はともあれ、一件落着だ。


 ユキがシロニカ、ステラと共に攫われた次の日。

 事件に巻き込まれた後でも仕事の時間はやってくる。

 ステラという新しい従業員も加え、いつものように接客に励むユキだったが今日はなんだか仕事に集中できなかった。というのも、どうしても考えてしまうのだ。


 抱き合うステラとジオベルの親子愛を見て、ユキは羨ましいと思ってしまった。

 ステラはユキによく似ていた。運命のいたずらで最初の人生を終え、姿を変えて2度目の人生が与えられる。ユキは女になり、ステラは魔物になった。

 だが、ステラは2度目の人生でも家族がいる。自分のことを思ってくれる家族がいる。それがたまらなく羨ましい。

 散々諦めた諦めたと繰り返しながら、ユキは未だに自分が生前の人生を諦めきれていないことに気付いてしまった。

 生前の自分を諦めきれず、今の自分を諦めている。きっとこれからも、この悩みを抱え続けて生きていかなくてはならないのだろう。

 家族に会いたい。現実に帰りたい。そう願うのは傲慢だろうか? 今となってはこの異世界もユキにとって紛れもない現実となっているが、それでも彼女は元の世界が忘れられない。忘れることができない。

 家族の温かさを今になって思い出す。


「マーさん、昼食いに来たよ」

 店の扉を開け、ロクトが入ってくる。

「おう! いらっしゃい! ゆっくりしていけよ!」

 サラマンダーが豪快な声で返事をする。この挨拶も見慣れたものだ。

「肉肉セットとムギティー頼む」

「はい、肉肉セットとムギティーですね? 少々お待ちください」

 注文をとり、ユキは奥へ引っ込もうとする。

 ロクトはそんな彼女の手を掴む。少しばかり強引に。

「ロクトさん……?」

「何か、悩んでる?」

 戸惑うユキにロクトはそう投げかけた。

「え? ……いえ、別に」

 見つめる目はまるで見透かしているようで、ユキは言葉とは裏腹に思わず目を背けてしまった。

「そっか」

 どうしようかと思ったが意外にも簡単にロクトはその手を離してくれた。何故急にそんなことを言うのか、戸惑って困惑してばかりのユキにロクトは口を開く。


「まあ、何かあったら相談してくれ。力になるからさ。それに、俺じゃなくてもいい。マーさんでもヒルマさんでも、ジエルでもステラちゃんでもいい。なんたってアンタにとって彼らは家族も同然なんだから」


「か、家族?」

「だよね? マーさん?」

「あったりめーよ!」

 ロクトがそう言うと、サラマンダーは腕を組んで笑う。

「もうわんぱくな娘みたいなもんだな! ユキもジエルも!」

「女の子にわんぱくって表現はどうかと思うけど……でもでもでも、そうなるとお母さんは私かしらァ?」

 サラマンダーの隣にヒルマがやって来て、彼女もまた笑う。

「まあ、アタシも姉として頼りにしてくれていいわよ?」

「いや、お前は比べるまでもなく妹だって」

「何ですってェ⁉」

 胸を張るジエルに対してサラマンダーの冷静なツッコミが入る。口では起こりながらも、やはりジエルも笑っている。

「ギィ!」

「もちろん、ステラちゃんも家族よォ」

 ヒルマがステラを抱き上げると、彼女は嬉しそうに腕を上げる。

 笑顔。

 優しくて温かい空間がそこにあった。

「な? こうして見てると家族みたいだろ?」

 そう言ってロクトも笑う。

 本当に、どうしてこうも欲しいものをくれるのか。こちらまで温かい気持ちになってくる。

「ロクトさん」

「ん?」

「いつかきっと……貴方に相談する日が来るのかもしれません。その日まで、待っていてくれますか?」

「……ああ、もちろんだ」

 力強い返事を聞いて、ユキは笑った。


 この胸に根付いた悩みは、現実に帰りたいという思いは、これからも抱えていかなければならないのだろう。抱えたまま生きていかなくてはならないのだろう。

 だけどきっと大丈夫。きっと何とかなる。どんな思いがあっても、どんな悩みを抱えていても、いつかは前をしっかりみて、足を踏み出して進むことができる。

 だって、こんなにも温かい場所が私にはあるのだから。

 それは、諦めてばかりのユキに芽生えた、小さな希望だった。

 そうして今日も、1日は過ぎてゆく。



 1章 転生の転落と適当な適応に少女はただ諦める 了

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