4-スペンシー家の真実
「やっぱりって、私だって分かってたの?」
そう質問しながら、プレシスは脱力したように床に座った。
「なんとなく、そんな気がしただけ」
ジエルもまた、プレシスの前に座る。
「アタシが下に逃げた時、プレシスさんはアタシよりも先に下に来ていた。天井に開いている穴を通ったんだろうけど、逃げるアタシに対して先回りするには屋敷の構造を知ってないとダメでしょ? 屋敷に住んでた人はもうアタシしかいないし、そうなると屋敷によく来ていたロックさんとプレシスさんぐらいしか候補がいなくなるもの。でも、ロックさんはもっと背が高いし、当てはまるとしたらプレシスさんだけかなって」
「消去法なのね?」
「まあ、そうなんだけど。でも、プレシスさんなら納得できる点もあるんだよ。10年前の新聞を読んだんだけど、事件の時に騎士団に通報した人の情報が何もなかったの。『善意ある一般市民』としか書かれず、通報の内容も書かれていない。通報によって騎士団が駆け付けたという情報とプレシスさんが通報を受けたという情報以外、ハッキリしたことは何もない。組織ぐるみの隠ぺいとか通報者が自分の名前を出さないでくれと頼んだとか理由はいくつか考えられるけど、例えばこんな理由はどうかしら?」
ジエルは人差し指を立てる。
「通報者なんて最初からいなかった」
プレシスの顔が強張る。どうやらジエルの予想は当たっていたようだ。だが、同時に悲しくもある。通報者がいなければ、騎士団はスペンシー家に駆け付けることなどできなかっただろう。だが、プレシスは通報があったと嘘をついた。それはつまり……。
「まさか、プレシスお前……知ってたのか? 事件が起きることを……」
玄関の扉の近くに立つロックが震える声をあげながらプレシスを見つめる。
「何故だ? 知ってたならどうして黙っていた⁉ 相談でもしてくれれば事前に準備だって……ストーネを、ジエルちゃんの家族を助けることだって!」
「……」
「プレシス!」
「……そうですよ。ロック副隊長。私は知ってました。あの日ジエルちゃんの家が襲われることも、襲うのがイフナ強盗団だってことも」
プレシスは淡々と語る。
「……プレシスさん、話してくれる? あの日あったこと、全部」
ジエルの言葉にプレシスはコクリと頷いた。
「最初にぶっちゃけるとね、私、ジエルちゃんのお父さんと男女の関係を持っていたの」
「……は?」
「……あ?」
突然のカミングアウトにジエルとロックは思わず固まった。
「ストーネさん、奥さんとうまくいってないようで、副隊長に内緒でジエルちゃんの家に遊びに行った時とか、時々奥さんの愚痴とか聞いてたのよ。それで何度か話しているうちに段々気が合うようになって。それでお互いなんだか好きになっちゃって気が合うどころか体の相性も……」
「ちょちょちょっと待って! プレシスさん⁉ これ何の話⁉」
とりあえずジエルはストップをかける。事件の話を聞いたら男女の痴情のもつれに発展しそうな話を聞かされてしまった。確かに事件には違いないが。
「ストーネがまさかそんな奴だったなんて……」
ロックはロックで別の方面にショックを受けていた。
「まあ、簡単に言うと私はジエルちゃんのお父さんと浮気してジエルちゃんのお母さんにバレたのよ」
「アタシの過去のなんか重そうな部分が軽々しく語られてる⁉」
「今だからこんなに軽く言ってるけど、当時はかなり絶望したのよ? 下手すれば騎士団にいられなくなるかもってね」
そうプレシスは言うが、浮かべている表情が苦笑いのため、本当かどうなのか判断しずらい。
「私がイフナに出会ったのは、そんな絶望を抱えていた時よ」
突然、場の空気がガラリと変わった。
「イフナと出会ったのは本当にただの偶然だった。有名だった彼は姿を隠すため今の私のように長いローブを着ていた。逆に私はその日騎士団の制服を着ていなかったし、2年ちょっとの経歴で騎士としても全然有名じゃなかった。彼はなんてことない調子で私に話しかけてきたわ。『私は国中巡り歩いて訪問販売を行っているのですが、この近くで金払いの良さそうなお宅はありますか? 金持ちだと特に好ましいのですが』ってね。そこで私は答えたの。『スペンシーって宝石商の家があるからそこにしな』ってね。」
「なんだってそんなことを……」
「最初はただなんとなく答えただけです。よく知ってるお金持ちなんてジエルちゃんの家しか知らなかったですし。金払いがいいかまでは知りませんけど」
ロックの言葉にプレシスはぺらぺらと答える。いろいろ諦めているせいか、少し饒舌になっているように思える。
「そしたらイフナは『宝石商ですか。きっと良い観察眼をお持ちでしょう。早速、今日の夜訪れてみます』って言って去って行ったわ。彼と別れる時、ローブの隙間からナイフが見えた。護身用に武器を持ち歩くなんてよくある話だし、その時はなんとも思ってなかったけど、その後で騎士団に行ったら、イフナ強盗団の正体を掴む証拠を手に入れたとかで、騎士団は大騒ぎしてたわ」
「ああ、確かにそうだった。イフナの物と考えられるナイフを現場から発見したんだったな……まて、ナイフだと?」
驚きと気付きに冷や汗が頬をつたうロックの姿を見て、プレシスはクスリと笑う。
「そう、騎士団にあったナイフとローブの隙間から見えたナイフは全く同じ物だった。そのナイフを見て私は彼がイフナだったのだと理解したわ。そして同時に、私がイフナの次の標的を決めてしまったのだと理解した」
「その時、何で騎士団に相談しなかったの? ロックさんならプレシスさんの話だって聞いてくれたかもしれないのに……」
「……私はね、こう思ってしまったのよ。『もしかしたら、イフナ強盗団ならジエルちゃん達も殺してくれるんじゃないか。そうすれば、私のしたことは全てなかったことになるんじゃないか』って」
「ッ‼」
プレシスのその言葉を聞いた瞬間、ジエルは言葉を失った。
「ジエルちゃんは私のことを大人の女だって言ってくれるけど、私は周りが思っているよりも臆病で、性悪で、とんでもない小物なんだよ」
ショックで言葉も出ないジエルにプレシスは自虐気味に笑う。
「ま、待て。お前が本当にストーネ達を殺すつもりだったんだとしたら、どうして『通報があった』なんて嘘をついて騎士団を動かしたんだ? お前自身も屋敷に乗り込むなんて真似までして……」
努めて冷静になろうとしながらも動揺した様子が見え隠れするロックは慌てて口を開く。その質問にはジエルを守ろうとする意味もあったのかもしれない。
「……何故、でしょうね?」
「……アタシも、知りたい」
ジエルもまた、ゆっくりと口を開く。
「何で、プレシスさんがアタシを助けてくれたのか」
ジエルの記憶に残っている事件の光景。血まみれの部屋、倒れる人々、その中に立つ、ナイフを持った1人の影。それはプレシスの姿に他ならなかった。
「プレシスさんなんだよね? 強盗団を殺してアタシを助けてくれたのは……」
「……本当は、イフナ強盗団が殺し損ねた時に、ジエルちゃん達を殺すためだったんだけどね。通報があったなんて言ったのも、屋敷に堂々と入るための口実だった。それなのに、殺されそうになってるジエルちゃんを見た瞬間、気付いたら強盗団の方を殺してるんだもんなあ。安心したように眠るジエルちゃんを見たら、殺せなかった」
そう言いながら、プレシスはじっとジエルを見つめる。
「ここ10年間、私はジエルちゃんが事件の内容を覚えていないのをいいことに自分の罪からずっと逃げて来た。だけど、久しぶりにジエルちゃんに出会って。本当にびっくりしたわ。本当、お母さんにそっくりになっちゃって……」
ゆっくりと手を上げて、プレシスはジエルの頬にそっと触れる。
「軽蔑したでしょ? 憧れた大人の女の正体が、こんなどうしようもない奴だったなんて……」
「しないよ!」
プレシスの言葉を遮るように、ジエルは叫ぶ。
「がっかりした! 悲しかった! どうしてって思った! だけど守ってくれた! だから軽蔑だけは絶対にしない! 嫌いには絶対にならない!」
叫びながら、ジエルはプレシスに抱き着く。
「だから、罪を償って、またアタシに『プレシスお姉ちゃん』って呼ばせてよ!」
そしてついに、ジエルは泣き出した。
「本当、いつまで経っても子供なんだから……」
「いいよ、今だけは子供のままで……」
「そっか……」
ジエルの頭を撫でながらプレシスも笑う。2人共笑いながら、泣いていた。
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